聖なる夜のキセキ

 キラキラした地上の灯りが綺麗だ。街中が電飾でラッピングされたみたい。

 そういう私もドレスアップに余念がなかった。何せ、今日はクリスマス。ホテルの最上階にあるレストランでディナー。しかも目の前には好きな人。なにこれ最高!


 ……なんだけど、これは私の上司である放射線環境工学研究室(略して放環研)の准教授、二階堂千穂子にかいどうちほことの契約書に基づいたイベントで、今年で三回目になる。


「今年もキレイね」

「そうですね。でも、先生が一番美しいです」

「そう? ありがとう」


 ワイングラスを片手に真っ赤な唇をほころばせた。


 先生は学生から《致死的 Gy(グレイ)》と呼ばれている。難解な講義で学生が睡魔に倒れることと、豊満な身体から溢れるフェロモンに魅了されて卒倒した人がいたことが由来らしい。

 ああ、今夜は私もやられそう……。



 千穂子先生との契約は、放環研の助教になる時に交わした。

 大学院生から持ち上がりで研究室に就職できるのはラッキーだし、先生と同じ職場なんてこれ以上のことはない。と浮かれていて、内容はよく読まなかった。


 サインをして契約書を先生に差し出すと、

「本当にいいの?」

 と不安に揺れる瞳で見つめられる。


「何も迷うことなんてないです!」

 そう胸を張って答えた。


 先生はとても嬉しそうに「そう、そうなのね」と繰り返していた。きっと男性職員ばかりの研究室に女性の私が加わったから嬉しいのだろう。


 就職祝いだと友人と飲み明かし、誓約書のコピーはもらったその日に失くした。

 だから正確な契約内容は分からないが、先生から聞いたものは、


【週末は予定を開けておくこと】

【クリスマスなどのイベント時は一緒に過ごすこと】

【年に一回は旅行に行くこと】


 などだった。これは助教の契約としておかしいと言わないのは、どんな形であれ、先生と一緒にいたいから。だけど、年々辛くなる。先生との思い出が増えて、好きな気持ちが大きくなってしまった。



 厚めの牛フィレ肉のステーキにナイフを入れる先生を見ながら赤ワインを呷る。コンビニで買う安いものと違い、重厚で芳醇な味。先生への膨れ上がった気持ちを飲み込むために、グラスを傾ける手を止められない。


「ワイン、気に入ってくれた?」

「すごく美味しいです」

「よかった。これね、鈴木さんのために選んでおいたの」


 褒められてはしゃいでいる子どものような笑みだった。


 ずきん、と胸が痛む。こんな顔を見せられても、私はただの暇つぶし要員でしかない。悲しくて悔しくて、酔いが回って軽くなった口が滑った。


「もう思わせぶりな言動は止めてください。このままじゃ私……」

「そんなつもりないわ。今日はこれを」


 先生はバッグから白い封筒を取り出してよこした。封筒の中には婚姻届けと家の鍵が入っていた。


 私の背筋に冷気が走る。もしかして気持ちがバレた!? ハニートラップ!?

 放環研は職員五名の小さな研究室だ。この返答次第ではクビになりかねない。それを避けるためにシラを切り通すしかない。


「もー先生、クリスマスだからって、からかってます?」

「いいえ、本気。もうお付き合いして三年目だし、頃合いでしょ?」


「え? 付き合う? 誰と誰が!?」

「私と、あなたが」


「……? って、えぇぇぇーーー? いつの間に私たち付き合ってたんです?」

「あなたが助教になった時から」


 私は驚きのあまり言葉を失った。先生は大きくため息をつく。


「あの時、私の目を見て『迷いなんかない』って断言してくれたのに」

「たたた確かに、そう言った記憶はあります! けどあれって、助教になるための契約じゃ!?」


「……信じられない。内容を理解せずにサインして今まで付き合うなんて…………」

「あの、こんなことを聞くのも恐縮ですが……千穂子先生は、私のこと……」


「ええ、誰よりも鈴木さ……いえ、愛のこと、好きよ」


 不敵な笑みを浮かべて先生が続ける。


「これから、嘘じゃないって証明してあげる」


 顔の横でホテルのルームキーを揺らして見せた。


 これは現実? どうか酔い潰れて見ている夢じゃありませんように……。

 初めて触れる先生の熱を身体に刻み込みながら、私は手を引かれて部屋に向かって行った。

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