西暦2238年、レンアイ成就は水星で!?

きっかけは何だっただろう。食器の片付けをしないとか、ほんの些細ささいなことのような気がする。それでも今回ばかりは気持ちが収まらなくて、啖呵たんかを切って家を飛び出した。


 朔平さくだいらショーコは公園のベンチで独り、夜風に吹かれる。


 同棲している来海崎くるみざきミルは追いかけて来ないし、このまま家に戻るのもしゃくだと思い、ポータブル端末〈モビタン5〉をいじる。


 SNSを流し見していると、ショーコの幼馴染がリツイートしたイベントが目に留まった。


【地球第八ターミナル発! 女性限定! 今、話題のパワースポット 《水星》 へ! 宇宙船内で出会いまSHOW!!】


 詳細ページには一週間の旅行兼お見合いパーティーと書いてあった。出発は明後日の月曜日。定員は五十名、参加枠の残りは四人。


 これからビジネスホテルで寂しくカップラーメンをすするよりマシ、とショーコは「参加」をクリックした。


 一呼吸おいて、ミルにメッセージを打つ。


【来週の月曜日まで帰らないから ショーコ】


 送信後、少しだけ胸が痛んだ。

 ちらちらと〈モビタン5〉と夜空を交互に見ていると、


【了解 ミル】


 と敬礼しているパンダのスタンプだけが届いた。

 

 ミルのあまりの素っ気なさに、沸き上がる怒り。


「絶対いい人、捕まえてやるんだから!」


 両拳を握りしめ、ショーコはお見合い旅行への闘志とうしを燃やした。



 仕事を休み、服装もメイク道具も厳選して臨んだ出発当日。

 地球第八ターミナルには着飾った女性の群れ。早くも参加者の熱気が立ち込めていた。


 ミルと一緒に住み始めてもう三年が経つ。ショーコは久しぶりに浴びるギラついた視線に戸惑った。


「それでは参加者の皆さん、ご乗船をお願いします。座った席の番号でイベントを組みますので、よく選んでくださいね」


 そのアナウンス直後、我先にと搭乗ゲートに参加者が駆かけていく。


――ミルだったら、これを聞き逃して出遅れるだろうな。


 ショーコは小さく笑った。


 けれど、すぐに、


「はっ! だめだめ! ヤツのことは忘れなきゃ!」


 頭を左右に振って思考をリセットした。



 宇宙船内は広かった。

 イベントホールや個人部屋まできらびやかな装飾がされていた。


 地球を出発してから三日間。

 ショーコは金星を横目に、様々な人とお見合いをした。


 相手の条件はただ一つ。ミルと正反対であること。

 洗濯物をタンスに閉まったり、使ったものを元の場所に戻したり、きっちりしている人だ。

 

 しかし、結果は振るわなかった。会話は弾んでも、ずっと一緒にいたいとは思えない。似たもの同士の方が衝突しなくて済むはずなのに、どことなく物足りなさを感じた。

 それは相手も同じらしく、ショーコに「付き合ってください」の声はかからなかった。

 

 日程の半分が終わり、既に十組のカップルが誕生していた。


「パワースポットのはずなのに……」


 どんどん近づいていく水星に向かって、ショーコは独り言ちた。


 ベッドに寝転び、パートナーのいない参加者のプロフィールを開く。

 そこで目に留まったのは、


【陽だまりのような生活をいっしょに】


 という一文。

 相手の吟味ぎんみに疲れ切っているショーコは、それ以外の情報を見ずにお見合いを取り付けた。


 丁寧にメイクを施して待ち合わせ場所のベンチに向かう。すると、そこには見慣れた女性が座っていた。


「な、なんでミルが!?」

「なんとなーく、ショーコさんはここかなって」


 ミルは自信たっぷりの顔を作って続ける。


「探しに来て欲しかったんでしょ?」

「……それが分かるなら、食器の片付けくらい、ちゃんとしてよね」


 口を尖らせて、ぼそっと言った。


「うん、がんばる。だからショーコさん、一緒に帰ろう」

「……うん」


 窓の外には、ひんやりと冷たそうな灰色の大地が広がっている。


「水星って、水色じゃないんだね」

「知らなかったの!?」


 呆れた口調で言い放つも、ベンチに座ったショーコはミルとの距離を詰めた。 

 それに気づいたミルが優しくショーコの手を取った。


 手の温もりを感じながら、ぼうっと水星を眺める。

 乾いた大地にぽつん。朱色しゅいろ鳥居とりいがあった。


――ずっと一緒にいられますように。


 そうショーコは願い、ミルの手をぎゅっと握りしめた。

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