嫌い嫌いも、好きのうち

「ほんっとにムカつく後輩! いなくなっちゃえばいいんだよね、あんなヤツ!」


 と私は言い、テーブルに缶ビールを叩きつけた。


 大学のゼミ仲間数人と定期的にやっている仕事のグチ大会。もう十年近く続いている。開けっぴろげに何でも言えて、貴重なストレス解消方法だった。


 今回の開催場所は私の家。みんなで料理とお酒を持ち寄り、一人用の小さなテーブルを囲むと、大学時代に戻った感じがして懐かしい。きっとこの瞬間だけで、ストレスは半減しているだろう。


 ざっと片付けをして、さっきまでの熱気が残る部屋で独り、缶ビール片手に見るともなくニュースを見る。先週と同じ、土曜日の二十三時担当キャスターが、淡々と今日の出来事を読み上げていく。


『それでは、次のニュースです。今日の十五時頃、神奈川県三浦市の沖合約十八キロの海上でヨットが転覆てんぷくしていると通報があり、乗っていた男女二名の死亡が搬送先で確認されました。海保によると、亡くなったのは東京都世田谷区の鷹司香華たかつかさきょうかさん、二十三歳と……』


 一気に顔から血の気が引き、持っていた缶が手から滑り落ちた。


 ――こんなことって……。


 亡くなった人の情報は、「消えちまえ」と願った後輩と全く同じだった。

 ビールがカーペットに染み込んで広がっていく。私はそれを呆然ぼうぜんと見つめた。


 香華きょうか繁忙期はんぼうきの金曜日に有給休暇を申請し「三連休にして、ヨットで気分転換してきまーす」と言っていた。

 天罰だ、いい気味だ。そう思えたらよかったのに……。私の心は無理矢理むしり取られたように痛んだ。悲しい気持ちが溢れてくる。


 私は社用スマホを探し、香華に電話をかけた。こんな時間に、しかも休みの日に迷惑だと思ったけれど、それよりも彼女の無事を確認したかった。


 何度も呼び出し音が鳴るが、香華は出ない。


 留守番電話に切り替わったところで電話を切った。



 香華が入社してから四カ月。彼女は私の部下のくせに自分の意見をはっきり主張してくるから、私も負けじと本音で応戦した。意見のぶつかり合いは、ムカつくことがほとんどだった。でも、今思い返してみると、大学のゼミ仲間のように気の置けない、貴重な存在だったのではないか。


 それに、彼女が時々見せる可憐かれんな笑顔は、ドクンと大きな鼓動こどうを誘うのだった。また彼女の笑った顔が見たい。どんなことをしたら彼女は笑ってくれるのだろうか。今日はこれを、明日はあれを、と策を練っていた気がする。


 香華を失ったことで浮かび上がってきた自分の想いにたじろぐ。


「なにこれ……私、あいつのこと――」


 テーブルの上で社用スマホが震えた。慌ててつかみ、電話に出る。


「あー、鷹司たかつかさですけど、何ですか? こんな迷惑な時間に」

「よかった……生きてた」


「は? そりゃ生きて……って、サツキ先輩、もしかしてニュースを見て?」

「……木曜日にヨットが、沿海えんかいがどうのって、言ってたし」


 電話口の向こうで香華が吹き出した。


「あははは! 『あの』サツキ先輩が、『この』あたしの心配とか! マジウケる!」


 高らかな笑い声が耳に突き刺さる。


 ああ、そうだった。こういう鼻につく態度をとる後輩だった。彼女を心配するなんて、きっと酔った勢いに違いない。でも……声を聞いて、安堵あんどと共に嬉しさも沸き上がってくる。心なしか胸が高鳴る。これも、お酒のせい?


「あー、面白かった! ってことで、お礼に明日、デートしてあげます」

「え!?」


「どうせ暇ですよね?」

「……悔しいけど……はい」


「ふふ。じゃあ明日、十二時に六本木駅で」


 こちらの返事を待つことなく、ブツリと一方的に電話が切られた。


「全く、しょうがないヤツなんだから!」


 電源を落としたテレビ画面に、私のニヤケ顔が映った。


「あー、もう! 同じく私も、しょうがないヤツだわ……」


 あきれた口調で言い放ったけれど、気持ちはふわふわと浮いたまま。

 私はいさぎよく自分の想いへの抵抗を諦め、軽く歌を口ずさむ。


 ――あいつはどんなのが好みかな。


 なんて思いながら、クローゼットに足を向けた。

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