嫌い嫌いも、好きのうち
「ほんっとにムカつく後輩! いなくなっちゃえばいいんだよね、あんなヤツ!」
と私は言い、テーブルに缶ビールを叩きつけた。
大学のゼミ仲間数人と定期的にやっている仕事のグチ大会。もう十年近く続いている。開けっぴろげに何でも言えて、貴重なストレス解消方法だった。
今回の開催場所は私の家。みんなで料理とお酒を持ち寄り、一人用の小さなテーブルを囲むと、大学時代に戻った感じがして懐かしい。きっとこの瞬間だけで、ストレスは半減しているだろう。
ざっと片付けをして、さっきまでの熱気が残る部屋で独り、缶ビール片手に見るともなくニュースを見る。先週と同じ、土曜日の二十三時担当キャスターが、淡々と今日の出来事を読み上げていく。
『それでは、次のニュースです。今日の十五時頃、神奈川県三浦市の沖合約十八キロの海上でヨットが
一気に顔から血の気が引き、持っていた缶が手から滑り落ちた。
――こんなことって……。
亡くなった人の情報は、「消えちまえ」と願った後輩と全く同じだった。
ビールがカーペットに染み込んで広がっていく。私はそれを
天罰だ、いい気味だ。そう思えたらよかったのに……。私の心は無理矢理むしり取られたように痛んだ。悲しい気持ちが溢れてくる。
私は社用スマホを探し、香華に電話をかけた。こんな時間に、しかも休みの日に迷惑だと思ったけれど、それよりも彼女の無事を確認したかった。
何度も呼び出し音が鳴るが、香華は出ない。
留守番電話に切り替わったところで電話を切った。
香華が入社してから四カ月。彼女は私の部下のくせに自分の意見をはっきり主張してくるから、私も負けじと本音で応戦した。意見のぶつかり合いは、ムカつくことがほとんどだった。でも、今思い返してみると、大学のゼミ仲間のように気の置けない、貴重な存在だったのではないか。
それに、彼女が時々見せる
香華を失ったことで浮かび上がってきた自分の想いにたじろぐ。
「なにこれ……私、あいつのこと――」
テーブルの上で社用スマホが震えた。慌てて
「あー、
「よかった……生きてた」
「は? そりゃ生きて……って、サツキ先輩、もしかしてニュースを見て?」
「……木曜日にヨットが、
電話口の向こうで香華が吹き出した。
「あははは! 『あの』サツキ先輩が、『この』あたしの心配とか! マジウケる!」
高らかな笑い声が耳に突き刺さる。
ああ、そうだった。こういう鼻につく態度をとる後輩だった。彼女を心配するなんて、きっと酔った勢いに違いない。でも……声を聞いて、
「あー、面白かった! ってことで、お礼に明日、デートしてあげます」
「え!?」
「どうせ暇ですよね?」
「……悔しいけど……はい」
「ふふ。じゃあ明日、十二時に六本木駅で」
こちらの返事を待つことなく、ブツリと一方的に電話が切られた。
「全く、しょうがないヤツなんだから!」
電源を落としたテレビ画面に、私のニヤケ顔が映った。
「あー、もう! 同じく私も、しょうがないヤツだわ……」
私は
――あいつはどんなのが好みかな。
なんて思いながら、クローゼットに足を向けた。
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