以上、水槽からお届けしました
私が生まれた時から、それはそこにあった。
こちらを楽しそうに覗き込む大きな物体が二つ。
長生きしているシュリンプ、お
水槽に朝と夜をもたらす偉大なものは、人間(メス)という生き物らしい。人間一号は穏やかな瞳をこちらに向ける。人間二号は、一号の髪に顔を埋めて、後ろから抱えるように水槽を覗き込む。
水槽の中は広々していて、赤いシュリンプ数匹と水草、流木などがあるだけで、私を食べるものはいなかった。みんな仲良く暮らしいてる。私は先日生まれたばかりの新参者で、お紅さんの話によると、朝を二十回くらい迎えると死んでしまうとのことだった。
生まれてから十回目の朝を迎えた。
今日も一号は微笑み、二号は一号を大事そうに後ろから抱き込む。
変わらない朝の情景。
今日も水槽の中の一日が始まった。
私は餌を求めて水槽の中をぴゅんと駆けていく。動いている小さな生き物を見つけ次第、口に放り込んでいく。何で食べたいか、うまいかなんて分からない。けれど、食べないといけない気がして朝から晩まで食べ物を探し続ける。
「ちょっとあんた、食べ過ぎるんじゃないよ。子どもたちの分がなくなっちまうよ」
とお紅さんが言った。お紅さんはとても大きいので迫力がある。
というか、私が小さすぎるのだ。お紅さんの目の玉くらいの大きさしかないのだから。
「ごめんなさい、お紅さん」
「分かりゃいいのよ。人間一号は子どもが好きだからね。あいつらがいりゃ餌を頻繁にくれるし、水をキレイにしてくれるからね」
お紅さんはそれだけ言うと、忙しく脚を動かして小石の上を移動していった。
遠慮がちに餌を探して水槽を漂っていると、見慣れないものがやって来た。一号や二号と似た形をしているので、恐らく人間だろう。私はそれを三号(メス)と名付けた。
三号は水槽に顔を近づけ、じっとこちらを見ている。一号の優しい眼差しと違い、品定めしているような目つきが怖かった。私は急いで水草の陰に隠れる。
二号が三号を後ろから抱いて、お互いの口を合わせている。
それからすぐに水槽が暗くなった。
私は思わぬ夜の到来に驚いた。いつもは腹を膨らませながら水を漂っているところに、一号と二号が揃って夜をくれるのに。今日はまだお腹に余裕があるし、別の人間がやって来た。
私はお紅さんを探して問いかける。
「お紅さん、さっきのは人間三号ですか?」
「ありゃ違うね」
どういうことかと、私はお紅さんの前で右に左に動いて見せた。
「あたしが知る限りでは、あれは人間八号さ」
「八号!?」
「ああ、そうさ。もしかしたら明日から、生活が荒れるかもしれないね。五号の時は酷い目に遭ったもんさ。あんたも覚悟しときな」
「覚悟って……」
「汚い水と空腹にだよ。まあでも、ミジンコのあんたは、すぐに死ぬ運命さ。キレイな水で死ねることを願っとくんだね」
お紅さんは重たい身体を引きずるようにして、岩の巣穴に帰っていた。
八号襲来の日から、朝と夜の時間が不規則になった。一号はずっと現れない。
お紅さんの予言通り、だんだんと水槽の水がよどんだ。私やお紅さんの仲間が次々と死んでいった。息苦しくて、空腹で、辛かった。
生まれてから十五日目の朝。
久しぶりに水槽を覗いてくれた一号は、うっすらと張った苔の膜のせいで曇って見えた。一号は目から水を出している。その後ろに、二号の影はなかった。
「そこから水を出すくらいなら、水槽の水を変えておくれよ」と一号の瞳の前で水を駆け、必死に訴えた。しかし、私の願いを叶えることなく一号は去った。
お腹が空いた。身体が動かない。もしかして寿命なのだろうか。
私は、あの穏やかな朝に戻りたかった。
また一号と二号が穏やかに覗いてくれる日を夢見ながら、私は濁った水に身体を預けた。
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