色づき始めた今日

 あと数日で透明化する。

 その儚さの中でも、私はあることを決めた。

 幸せになりたい、だから私は恋をすることにした。


 いつもは下ろしているだけの髪を三つ編みにし、後ろで束ねた。かけていた眼鏡も外した。

 雰囲気をがらっと一変させ、私は学校へと向かう。


「あ!小雪さん!?」


 皆私の姿に驚いているようだった。

 地味で影が薄い私がしばらく休んだ後、急に雰囲気を一変させて学校にやって来たのだ。私と分かるだけで褒めてやろう。

 男たちの視線は私に釘付けになっている。やはりイメチェンは効果絶大らしい。


 だが当然、それを気にくわない者を現れる。


「ちょっとあんた、その格好は何よ」


 クラスの中で最もかなり権力を持っているであろう加藤鈴。

 だがもうすぐ消えてしまう私には彼女に虐められることになろうともどうでも良かった。私は最後くらい楽しみたいだけ。

 だから私は言ってやった。


「何か文句でも?」


「ちっ……」


 私は彼女の横を素通りする。

 そして席へつく。


「それでは授業を始めます」


 だが授業は退屈だ。

 まるでひとつの人形箱に押し詰められているかようにとても窮屈だ。


 あまりにも怠惰の悪魔が私に微笑んできたために、私はトイレに行くと言って教室を後にし、屋上へ向かった。

 しかしそこには先客がいた。

 そこで黄昏ている少年は私の方を振り向いた。


「おや?あなたもサボりですか?」


「あ、ああ。お前もサボりなのか?」


「はい、僕はあまり授業が好きではないので。それに教室という空間が少し苦手なのですよ」


 初対面でありながら、その少年に惹かれていた。

 私は彼の横まで移動し、鉄製の柵に寄りかかって少年へ問いかける。


「ねえ、私と付き合ってよ」


 だがそう言ったその時、突如柵が壊れて私の身は空中に投げ出された。前方に重心をかけていたために、すぐに後ろへ身を倒すことができなかった。

 そのまま私は四階以上はある校舎の屋上から落ちる。


(何だ。私の人生は予定よりももっと早く終わってしまうのか。なんて退屈な人生だったのだろうか)


 嘆くように私は落ちる。

 だがその私の手を、彼は固く握りしめた。


「手、離すなよ。絶対」


 少年は強く私を握りしめ、必死に引き上げようとしていた。

 少年になんとか引き上げられた私は、激しい鼓動を鳴らして命が今あることを深々と感じていた。


「そうか。私は……生きているんだな」


 しかし生への感覚を抱くとともに、ある疑念も感じていた。

 それは私が落ちた際に握った少年の腕、その感覚に違和感を抱いていた。少年が私を掴んだ右腕は包帯を巻いている。怪我をしていたとすれば私を引き上げることなどできないだろう。

 だが引き上げた。


 そのことについて私から質問する前に、少年は私へ言った。


「なあ、僕の腕、どうだったかな?」


「君の腕、どこか普通の人とは違うように感じた」


「やっぱ気づいてるよね。なら教えないわけにはいかないか」


 少年は包帯をほどいていく。

 そこで露となったのは、透明な紫紺色に輝く右腕。それはまるで結晶や宝石、のようだった。


「僕は結晶性右腕移行病という病にかかっているんだ」


 初めて聞く病名だ。

 しかしそのような異常現象に近しい病を私も患っていた。だから驚く、というよりかは少し嬉しかった。


「僕の腕は人間じゃない。だからここにいるのは、今日で最後にしようとしていたからなのかもしれない」


 少年は静かに淡々と言う。

 その時の表情はやけに寂しそうで、悲しそうだった。


 でも私は彼のことに尚更惹かれていた。だから私も遠慮なく自分の体を見せることにした。


「ねえ、実は私もある病にかかっているんだ」


 そう呟いて、私は服を脱いで体を見せた。

 上半身は既に完全に透明化し、下半身も徐々に透明化しつつあった。そんな私を見て、彼は驚いていた。


「君も、似たような病を負っていたとは……」


「ねえ、私は君に会ったのは今さっきのはずなのに、どうしてかこんなにも側に居たいと思っているよ」


「うん、僕も」


「私と付き合ってよ。私はいつか消えてしまうけど、その時まで私と一緒に付き合って」


「なら却下だ」


 彼はそう言い、私へ歩み寄る。


「お前が消えても僕は君と居続ける。ずっと側に居るよ」


「なんだ。私の誓いを上塗りしたか。随分と心に響いたぞ」


 私は嬉しくてたまらなかった。


「私、今日が人生で最高に幸せだよ。君に会えて良かった」


 そして二人の世界が動き出した。

 白く透き通っていた二人の世界は、ようやく色づき始めた。


 いつか私が消えたとしても、それでも彼はずっと側に居続けてくれると言ってくれた。

 だから私は彼の手を強く握りしめて、未来に希望を抱いた。

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半透明少女 総督琉 @soutokuryu

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