第9話 涙

「そんなに聞かれたら、まるで存在していることがダメみたいじゃないですか」


サヤは今にも泣きそうな顔をした。


「いや、そういうことを言ってるわけじゃなくて。純粋になんで魔物やサヤが僕の物語から現実世界に飛び出したのか気になるんだよ」


僕は慣れない女性の涙を前に困ってしまった。


「今身体で痛みを感じてますよね?それは現実ですよね?私の姿見えてますよね?現実ですよね?」


サヤは僕の手を強く握った。


「どうですか?手の温もり感じませんか?」

「うん、感じるよ」


というか感じ過ぎて、僕の心臓の調子が狂いそうだった。


えっ、なんでこんなことになってるかって?


流石に一部始終を説明しないといけないよな。


というのも、僕らは魔物を倒すとさっそく家に帰った。


帰ると美香がいつもと同じ様子で「おかえり」と僕らを迎えてくれた。


この瞬間ばかりは涙が出そうだった。


「お兄ちゃんが助けてくれたんだね」


美香はニッコリ笑った。


「うん、サヤと2人で魔物を倒したぞ。もうあいつはいないから安心しろよ」


「うん、ありがとう。はじめは夢だったじゃないかと思ったんだけど、リビングの様子を見て『現実だったんだ』って思ったよ」


そう、あれは現実だったんだ。


いや、僕が現実にしてしまったんだ。


「そうだな。美香に怖い思いをさせてしまったな。ごめんよ」


僕は涙を堪えながら謝った。


「なんでお兄ちゃんが謝るのよ。悪いことしてないじゃん」


美香は僕の胸を叩いた。


「あれ?お兄ちゃん、筋肉すごいね」


美香は驚いた様子で僕の身体を見た。


妹であったとしても人から身体をまじまじと見られるのは緊張する。


「いや、これは…」


僕は呪文の効果で筋肉がついたとは言えるはずもなくバツが悪かった。


まあ、マッチョンの効果もじきに切れる。


「じゃあ、俺は部屋で休むわ。美香も疲れたと思うからゆっくり休むんだぞ」


僕は身体の弱い妹を気遣ったように見せて、その場から逃げた。


サヤと僕は部屋に入るとすぐに地べたに腰かけた。


「いやー疲れたな」


僕は冷蔵庫から持ってきたペットボトルのコーラを開けながら言った。


プシュ!


僕はゴクゴク飲み始めた。


やっぱり肉体を酷使した後のコーラは最高だ。身体に染みる。


「サヤも飲めよ」


僕はもう一本の未開封のコーラをサヤに勧めた。


「はい、ありがとうございます」


サヤはコーラのキップを開けた。


プシュ!


サヤはコーラに口をつけると少し驚いた様子で僕を見た。


「美味しい!これがコーラというものですか!」


サヤの出てくる物語の世界にはコーラは存在しない。


つまり、サヤにとってこのコーラは人生はじめてのコーラだ。


僕らは乾いた身体をコーラで潤すことが出来た。


一息ついた後に、僕はサヤに聞いた。


何故、魔物やサヤが僕の物語から飛び出してきたのか?ということについて。


しかし、その質問はサヤを傷つけた。


聞かれた彼女からしたら、存在していること自体の否定に感じたからだ。


僕は女の子とコミュニケーションをとる難しさを感じた。


「健太は私と一緒にいたくないんですか?」


僕の手を握りながら聞いた。


もちろん、僕の答えは決まっている。


一緒にいたいに決まっている。


でも、僕は緊張のあまり上手く言葉を発することが出来なかった。


「えっ、いや、でも…」


この僕の様子が更にサヤを傷つけた。


サヤは僕の手を引っ張り、強引にハグをした。


「えっ!」


僕達は気づくと抱きしめて合っていた。


僕はもうサヤが現実の世界にやってきた理由なんかどうでもよく思えた。


それよりも目の前の彼女を大切にしたいと感じた。

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