第7話 制限

「健太、間合いをとって!」


サヤの声が響く。


「ああ、わかってる!」


僕は魔物の攻撃を剣で防いだ。


どうやら、体力は魔獣の方が上のようだ。


このままではどんどんこちらが不利になっていくのは目に見えていた。


一気にケリをつけるなら、やはりザゲキか。


いや、当たらなかった時のリスクを考えると踏み切れない。


でも、早くこの戦闘を終わらせたい。


そんなのとを考えていると、父親のことを思い出した。



「健太、もし道に迷ったとき、楽な道と厳しい道なら厳しい道を選べ」


「えっ、なんで?」


幼い頃の僕は聞いた。


「楽な道は、今を楽にしてくれるだけだ。お前の人生全体を楽にしてくれることは少ない。どちらかというと後々苦労することになるぞ」


父さんはそう言うと「ほら、目の前にチョコレートがあるだろ?こいつを食べると確かに甘さで元気が出た気がするな。でも、あまりにも食べ過ぎると太ってしまって後々後悔することになるぞ。楽な道にはそれ相応の代価を支払う羽目になる」と言いながらチョコレートを口にした。


「えっ、食べたらダメじゃないの?」 


「そうだ。あえてダメな例をみせてやってるんだ」


「ずるいよーそれ!」


僕も目の前のチョコレートを手に取って、口に入れた。


そのチョコレートは子供には少し苦かったが美味しかった。



なんでこんな時にこんなこと思い出すんだろう。


僕は魔物の攻撃をかわしながら思った。


きっと今が楽をしてはいけない時なんだと思った。


父さんのことは好きではないが、言っていることは本質を突いてくる。


僕は厳しい道を選ぶことにした。


そうなると、ここは肉体強化のマッチョンしかない。


今が互角だとすると確実に魔獣を追い込むことが出来るはず。


「サヤ、呪文だ!」


「はい!」


「肉体強化呪文、マッチョン!」


サヤの口から光の玉が飛び出し、僕の身体に入り込んだ。


筋肉がより盛り上がり、ガタイも良くなった。


そして、何よりも一気に僕のスピードが上がった。


「グゥァー!!」


僕の剣が魔物の脇腹を裂いた。


「くそっ!もう少し深く入れば!」


もう一歩だけ深く斬り込んでいたら致命傷を与えられたかも知れない。


魔物は脇腹から血を流しながら、僕を睨んだ。


僕は奴に休みを与える訳にはいかないと思い、一気に間合いを詰めようとした。


しかし、魔物は自分がやや不利になったことを感じたのか、僕に背を向け逃げようとした。


「待て!そうはさせないぞ!」


僕は魔物の後を追った。


魔物はどんどん上のフロアに逃げていく。


「なかなか逃げ足が速いですね」


サヤが僕の後ろで言った。


「あいつ手負いのはずなのにしぶといな」


僕の呼吸はどんどん荒くなっていった。


魔物が目の前の扉を破ると、明るい光が差し込んだ。


「まずい、外だ」


僕は自分のミスに気がついた。


そう魔物は屋上に出ることが出来た。


飛行能力のある奴なら空を飛んで逃げることが出来る。


僕が屋上に出た頃には魔物は既に屋上から4メートルほど上を飛んでいた。


ゲームオーバーだ。僕はやってしまった。


何故か時間がゆっくり進んでいる感じがした。


もう間に合わない。


ザゲキを残しておくべきだったか。


いや、あの時マッチョンを使わなければとっくにやれていたかも知れない。


ごめん、美香…


僕の脳裏に妹の笑顔が浮かんだ。

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