最終話 貴方の住むこの町で

 ······三月が終わり、春が到来する四月になった。まだ吐く息が白い午前中「またたび商店」の前に工事車両が停まる。


 店の中には工事関係者が次々と資材や工具を運んで行く。その様子を、私は白猫のミケランジェロを抱いたまま眺めていた。


「始まったね」


 私の隣で不方さんがそう言った。私は頷く

。鯨信用金庫から正式に融資が決定し「また

たび商店」は店内を改装する事になった。


 最新のコンビニには及ばないが、コピー機や各種手続きの端末機器も導入する事になった。


 控えめで小さなお店のスタイルは以前のままだ。それこそが私達の「またたび商店」らしい。


 工事期間は二週間。私と不方さんはその間、それぞれの実家に帰る事になった。社長夫妻の好意で臨時有給休暇を頂けたのだ。


 私は暫しの別れをミケランジェロに告げ、不方さんと共に駅に歩いて行く。その道中

、私達は互いの家族の事を話し合った。


 ······一つ私には懸念があった。地場霊こと南耕平を説得する際、私は不方さんに告白に近い言葉を口にしてしまった。


 私と同様に不方さんも一連の地場霊の記憶は残っている。と、言うことは、不方さんは私のあの告白めいた台詞を聞いていた事になる。


 私はチラリと不方さんを見る。不方さんは何時も通りだ。無愛想と素っ気なさは劇的に変化しなかったが、お店での不方さんの表情は随分と柔らかくなったと評判もいい。


 ま、まあいいか。あの緊急時に私が叫んだ台詞なんて不方さんも聞いてなかったかもしれないし。聞いてても忘れたかもしれないし


 下手な言動は慎み、以前と比べて遥かに良好となった不方さんとの関係をこのまま維持すべき。臆病な私の心はそう警告していた。


『うわあ。これ以上片思い続ける気?キモいの通り越して寒いわあ』


 ······私の頭の中で聞き覚えのある言葉が聞こえた。この失礼極まりない口調。私は猛然と周囲を見回す。


「どうしたの?金梨さん」


 不方さんが不思議そうに私を見る。


「い、いえ。ちょっと空耳が」


 焦った私は両手をコートのポケットに入れる。そのポケットの中には、何かの紙が入っていた。


 私はその紙をポケットから取り出す。それは、へべれケーズのチケットだった。それも二枚も。


 ······なんでチケットがコートのポケットに

? 確かチケットは部屋の机の上にケースに入れて置いていた筈なのに。


「それって何かのチケット?」


 手に握ったチケットを凝視していた私に、不方さんが問いかけてくる。


「え? あ、はい。へべれケーズって言う無名のバンドなんですけど。今年の夏にライブをやるんです。本当は友達と一緒に······」


 私の言葉はそこで途切れた。そして、あの無礼な友人の残して行った台詞を思い出す。


 ······私は頼りない勇気を振り絞り、不方さんに向き合う。  


「あ、あの! 不方さん! 良かったら、このライブ一緒に行きませんか!?」


 緊張の余り大事なチケットをクシャクシャに握りしめてしまった私は、頬を赤くしながら不方さんを誘う。


 途端に不可さんの表情が曇る。う、うう? 私間違った? やっぱり現状維持すべきだった?


「······でも。金梨さんには好きな人がいるんじゃないの? 俺を誘ってもいいの?」


 ······え? 私の好きな人? 好きな人に好きな人いるんじゃねー? って言われているの? 今の私?


「······え? ふ、不方さん。それって?」


「······あの時、小夜子さんのお父さんを説得している時、俺確かに聞いたんだ。金梨さんには好きな人がいるって」


 ······はい。あの時確かに申しました。間違い無くはっきりと言いました。貴方の事が好きだって。


「······無愛想で素っ気なくて。でも笑顔が素敵で眼鏡が似合う人。その人が金梨さんの好きな人だって」


 ······い、いや。だからそれは不方さんの事なんです! 貴方の事を好きな人だって言ったんです!!


 更に表情に陰がかかる不方さんを見て、私は激しく動揺する。なんで? なんでこんな勘違いをされたの?


 何処で間違ったの? 何が至らなかったの? な、名前? そうか! あの時、私がはっきりと不方さんの名前を言わなかったのが誤解の原因なんだわ!!


 ど、どうする私? 今ここで直接伝える?それとも現状維持? どうすればいいの?どうしたらいいの私!?


「貴方と行きたいんです!!」


 思考力が決壊した私は、思わず不方さんの手を握りそう叫んだ。


「無愛想で。素っ気なくて。でも笑顔が素敵で。眼鏡が似合ってる不方さんと一緒にライブに行きたいんです!!」


 私の顔は今、確実に真っ赤になっているだろう。何か見えない力に背中を押される様に、私は想いの丈を叫んだ。


 手を握り合い、見つめ合う私達の脇を小学生達が笑いながら駆けて行く。当初要を得ないと言った表情の不方さんがみるみる内に赤面して行く。


 あ、あれって俺の事だったの? 不方さんは正にそんな顔をしていた。


「······か、金梨さん」


「······は、はい」


「俺、今どんな顔をしているかな?」


「え? そ、そうですね。過去の恥ずかしい記憶を思い出した様な。そ、そんな感じです」


「そ、そう。これでも気持ちは嬉しさがこみ上げている状態なんだけど」


「そ、そうなんですか?」


「······やっぱり駄目だね。まだまだ感情が顔に出せない。そ、その。金梨さん。これからも笑顔の練習に付き合って貰えるかな? この練習は、金梨さんじゃないと駄目なんだ」


「え?あ、はい。勿論喜んで!」


 私達は重い緊張感から解放されたのか、同時に笑い合う。


「へべれケーズってどんなバンドなの?」


「はい。えっと。メンバーが全員元アル中患者なんですけど」


「へ、へえ。何だか凄そうなバンドだね」


 他愛もない無い会話を交わしながら、私達は並んで駅に向かって歩く。世の中がどんなに移ろっても。


 どんな出来事が起きても。私はこれから先もずっとこの界隈町で過ごして行く事を決めていた。


 私の大事な人達と一緒に。大好きな貴方が住むこの町で。


 


 



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明日、界隈町のまたたび商店で @tosa

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