第34話 尊楽能猫神祭り
三月の最後の土曜日。曇が優勢の寒空の下
、神主の祝詞をあげる声が界隈町商店街に響いていた。
界隈町商店街の入口では、厳かに祭祀が執り行われていた。神主の後ろでは、町内会役員、そして商店街で店を営む人達が頭を垂れてその祝詞を聞いていた。
その中に私もいた。いや。決して私は紛れ込んでいる訳では無かった。町内会長の遠道さんに、今回の猫神祭りの発起人として是非参加する様にと勧められたのだ。
そして何と私は巫女さん格好をしている。いや。決してコスプレをしている訳では無い
。
神主さんの神社では今巫女のバイト不足していて、そのサポート役の為に私にお鉢が回ってきたのだ。
そう。今日は百年以上前に途切れた界隈町の古いお祭り。尊楽能猫神祭りが復活する日だった。
界隈町にある神社の神主による祝詞が終わり、祭祀は無事終わった。時間は午前十時。
私達の後方が徐々にざわつき始めていいた
。そう。この猫神祭りの為にやって来たお客さん達だ。
必死の宣伝効果があったのか、界隈町商店街には多くの人達が集まっていた。
そして、商店街入口には黒いシートで覆われた物があった。石材店を営む重さんがそのシートを取ると、そこには台座に乗った猫の石像が出現した。
お客さん達から小さなどよめきが起き、間髪入れず盛大な拍手が鳴り響いた。私はその様子を誇らしい気持ちで眺めていた。
背筋を伸ばして行儀よく座る猫。両目を細め穏やかに笑っているように見える。猫の石像の前に小さな石像があり、猫は右前足をその石像に乗せていた。
この石像こそ「またたび商店」の裏庭にあった元祖尊楽能猫神の祠にあった物だった。
重さんが猫神の石像を制作するに当たって
、私は予めこの石像をセットにしてくれるようにお願いしていた。
「······い、いや。ちょっと待てよ。そんな事をしてバチが当たらねぇか?」
石材店の作業場で、重さんは私の大胆な提案に躊躇していた。強面の重さんも、猫神の祟りを恐れたようだ。
「大丈夫です!許可は取りましたから!ではその方向でお願いします!」
「お、おい?許可って誰にだ?」
勝手が分からないと言った様子の重さんに無理矢理難題を押し付け、私はその場をそそくさと立ち去った。
そう。私は許可を取ったのだ。それも本人に。私は重さんにお願いをする前に、猫神の祠に赴いていた。
「猫神様。今月末の土日に、貴方のお祭りを開く事に決まりました。それで、商店街の入口に貴方の石像を置くの。それで、ここの石像をそこに移してもいいですか?」
腰を下ろし膝を曲げ、私は小さな祠に問いかける。地主神からの返答は無かった。何処から来たのか、白猫のミケランジェロが私の背中に乗ってくる。
「地主神様。沈黙は了解と取りますよ?いいですか?」
私は鼻息荒く最後通告の様に祠の石像を睨む。暫く待ったが、やはり返答は無かった。私はこれを了承と解釈し、歴史ある猫神の祠を移設する事を強行した。
······そして今日この日。猫神の古い石像と新しい石像が一体となって界隈町の人々の目に映る。
簡易設置された台の上で、町内会長の遠道さんが素晴らしく簡潔で短い祭りの祝辞をマイクで述べて行く。
「皆さん、私の話より一刻も早くお祭りを始めろといった顔をしていますね」
穏やかな口調の遠道さんの冗談に、各所で笑いが起こる。すると遠道さんと私の目が合った。
「最後に少しだけお時間を下さい。この猫神祭りを復活させた功労者。いえ、復活させようと必死に奔走したお祭りの発起人に一言挨拶を頂きたいと思います」
遠道さんはそう言うと、微笑みながら私を
手招きする。え?ええ?わ、私が話す予定なんて進行には無かった筈ですけど?
「この祭りはアンタが始めたモンだ。言いたい事を言って来い」
重さんに背中を押され、戸惑う私は壇上のに上がる。お祭りを心待ちにしている人達の前に立った私は、緊張で頭の中が真っ白になる。
「え、ええと。本日はお日柄も良く」
自分でも間抜けな事を口走ってしまい、即座に重さんが反応する。
「結構な曇り空だぞ!!」
重さんの厳しいツッコミに、集まった人達が大笑いする。赤面する私は、この場から逃げ出したくなる。
その時、社長夫妻と並んだ立っている不方さんと目が合った。不方さんは優しく微笑み
、ゆっくりと頷く。
不方さんの笑顔を見た私は、不思議と心が落ちいて来た。私は小さく深呼吸する。
「······私達は、誰もが自分の力でこの世に生まれた訳ではありません。両親は勿論、祖父母やご先祖様がいたからこそこの世に生まれる事が出来ました。界隈町に住む人々のご先祖様達はその昔猫神を信仰し、その存在を称え毎年盛大なお祭りを開いていたそうです」
私はマイクを持ち直し、界隈町の商店街に集まった人達を眺めて行く。
「私は縁があってこの界隈町に住むようになりました。今日この日。百年振りに復活した猫神祭りをご先祖様達はとても喜んでいると思います。そしてここにいらした皆さんもきっと何かの縁があってここに集ったと思っています。界隈町は猫神に縁のある町。そんな事を頭の片隅に留めて頂けると嬉しいです。本日はこの尊楽能猫神祭りに来て頂き、ありがとうございました」
私は聴衆に深々と頭を下げる。すると、大きな拍手が返ってくる。厚い雲に覆われた空の隙間から日差しが地上に下りてくる。私はその眩しさに目を細めた。
その地上では、人間達が百年振りの猫神祭りを始めようとしていた。
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