第31話 魍魎堕ち

 ······長い前髪。前髪以外は短く切り揃えれている。襟詰めの白い道着の様な衣服を身に着けており、身体は小柄で右手には槍の様な物を持っている。少し細い両目に高い鼻。秀麗と言って差し支えないその男は、二十歳前後に見えた。


「······玲奈。お前らしからぬ失態だな。何故こうなる前に地場霊を始末しなかった」


 白い道着の男が倒れている玲奈に声をかける。こ、この人、玲奈と知り合いなの?


「······李(リー)君。助太刀のタイミングは完璧ね。貴方が白馬にまたがった王子様に見えたわ」


 白い道着の男に弱々しく返答する玲奈。助太刀?さっきの雷みたいな物はこの人が起こしたの?


「減らす口を叩くな。お前は実戦向きじゃない。何故こんな事態を招いた」


 李と呼ばれた人の言葉を遮る様に、私は玲奈とミケランジェロの元へ駆けつけた。


「玲奈!ミケランジェロ!だ、大丈夫!?」


 意識を失っているミケランジェロを抱きながら、可憐な笑顔を見せる玲奈の手を取る。そして、地場霊こと南耕平に視線を向ける李さんを私は見上げた。


「······ふさよちゃん。彼の名は李君。組織の荒っぽい仕事専門。実戦部隊に所属する人よ 」


 そ、組織。じゃあ、この李って人も「理の外の存在」に属する人なの?李さんは私を一瞥すると、再び玲奈を見下ろす。


「玲奈。もう一度問うぞ。お前の任務はあの地場霊の処理だった筈だ。何故悪戯に時を浪費して地場霊を放置した?あの地場霊は魍魎堕ち寸前だぞ」


 れ、玲奈の任務が南耕平の処理?ど、どう言う事?初めて玲奈に出会った時、彼女は私に言った。


 私が不方さんの呪いを解く為のサポートに来たと。玲奈は私の手助けに来てくれたんじゃないの?


「······ごめんね。ふさよちゃん。李君の言う通りなの。私の本当の任務は地場霊になった南耕平を消し去る事だったの」


 首元に痛々しく残る瘴気の痣を擦りながら、玲奈は私に突然謝罪する。


「ど、どうして?なら、何故わざわざ私の協力に来たなんて嘘を言ったの?」


 私の問いに、玲奈は静かに両目を閉じた。


「······ふさよちゃんに前に言ったかな。私ってね。時々未来の事が視える時があるの。南耕平がふさよちゃんの親しくしている小夜子さんの父親だと分かった時、私はどうしても南耕平を消し去る事が出来なくなったの」


 玲奈は続ける。どうにかして南耕平を成仏させる方法は無いかと模索した。組織に近い人間の私なら、地主神や地場霊に接触させて

打開策が見つかるかもしれないと考えた。


「······でもやっぱり難しかったわ。ふさよちゃんを危険な目に遭わせるだけだった。ごめんね」


 ······玲奈は自分の職務の範疇を超えて南耕平を救おうとした。それは、私と小夜子さんと為にしてくれた事だったの?


「覚悟しておくんだな。玲奈。この失態は査問会物だぞ」


 李さんが倒れる玲奈に冷たくそう言い放つと、手にした槍を南耕平に向ける。


「あ、あの!李さん!南耕平さんをどうするつもりですか!?」


「話を聞いていなかったのか?あの地場霊は危険だ。魍魎になる前に魂を破壊する」


 ······は、破壊?南耕平さんの魂がこの世から消えて無くなるの?目の前に、今彼の目の前に愛する娘の小夜子さんがいるのに?


「待って下さい!まだ、まだ方法はある筈です!私が!私が彼を説得します!!」


 私が李さんの腕に手をやると、組織の実戦部隊の戦士はその手をすげなく振り払う。


「今しがたお前は地場霊に引きずり込まれそうになったんだぞ?人間のお前に出来る事は無い。黙って下がっていろ」


 白い道着の上からも分かる引き締まった背中を私に見せ、李さんは槍を空にかざした。


「雷光招来!!」


 李さんがそう叫ぶと、槍の先が波打つ眩しい光に包まれる。あの光の槍を受けたら間違い無く南耕平さんの魂は消滅する。


 何故そう思うのか自分でも説明出来なかったが、私はその破局を防ぐ為に李さんの腰にしがみつく。


「駄目!!止めて!!」


「邪魔だ!退けと言っただろう!!」


 李さんが私の肩を掴み力づくで離そうとした時、倒れていた筈の玲奈が私と李さんの間に割って入って来た。


 ······甘い薔薇の香りに私の嗅覚は一瞬むせる程だった。気付くと、李さんの槍から光が消えていた。


「······玲奈。何のつもりだ?如何なる理由があって邪魔立てする?」


 手にした槍を一瞥し、李さんが玲奈を睨みつける。


「······すべては縁で繋がっているのよ。李君


「······玲奈?お前何を言っている?」


 私から見ても、明らかに玲奈は消耗していた。だが、可憐な美女は花が開いた様な笑みを私と李さんに見せる。


「······私とふさよちゃんが出会った。ふさよちゃんが人間では無い私の事を、存在を感じる事が出来た。これには必ず意味があるの。ふさよちゃんは様々な人との出会いを経て地場霊の正体に、南耕平と言う存在に辿り着いた。ねえ李君。信じてみない?人と人とが紡ぎ出す出会いと運命を。そこには、この世界の理さえも手の届かない領域があるのかもしれない」


「······世界の理が届かない領域だと?」


 李さんが怪訝な声を発した時、それまで沈黙していた南耕平の周囲から再び瘴気が広がり始めた。


 玲奈はそれに動じず、私の頬に手を添える


「ふさよちゃん。貴方なら出来るわ。私が南耕平の魂を消滅させるしか無いと断言しても、あなたは諦めなかった。南耕平を、小夜子さんのお父さんを救うの」


 可憐な美女は、力強い微笑みで私にそう言った。私もそれに応えるように頷く。


「······任せて玲奈。必ず南耕平さんの記憶を取り戻すわ!!」


 李さんの静止の叫び声を無視しながら、私はミケランジェロを胸に抱いたまま黒い瘴気の闇に向かって駆け出した。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る