第30話 届かない叫び
周囲に拡散する黒い瘴気は、私の足元にまでその領域を広げて来た。その一面黒色の中心から、人の形が浮き出て来る。
「······お日様の匂いがする······あれ?また君か」
全身黒衣の地場霊は、眼鏡の中の淀んだ瞳を私に向ける。私は全身を包む悪寒に気後れしないように気持ちを強く持つ。
「地場霊さん!貴方の事が分かったの!貴方の名は南耕平!!七十年前、今私の後ろにある家の前で交通事故に遭って亡くなったの!
!」
私の叫び声に、後ろにいた小夜子さんが怪訝な声を出す。
「······南耕平?ふさよちゃん。何を言っているの?誰に言っているの?」
私は小夜子さんに振り返り、かつて一歳だった小夜子さんを残してこの世を去った父親を指差す。
「小夜子さん!信じられないと思いますけど、今そこに小夜子さんのお父さんが立っているんです!!」
「······父さんが?そこに?」
小夜子さんは文字通り信じられないと言った表情だ。それは当然だろう。目に見えない物を人が信じられる筈も無い。
しかもそれが、七十年まえに亡くなった自分の父親と言われたら尚の事だ。南耕平さんは幼い小夜子さんを残した無念から成仏出来なかった。
そして自分が死んだ場所に何十年も留まる内に地場霊になってしまった。そして無意識に周囲に呪いを振りまく様になり、その呪い不方さんが受けてしまった。
呪いにかかった不方さんの目には、私が乳児に見えた。その呪いは赤子を、娘である小夜子さんを育てられなかった南耕平の無念さと願望が投影された呪いだった。
でも、乳児のごく短い子育てしか経験の無かった南耕平には、乳児以降の子育てが分からなかった。
だから幼児から高校生までの間が極端に短かかったのだ。嫁入り前の状態が二週間以上続いたのは、もしかしたら愛娘が結婚して家を出るのが寂しく躊躇していたからかもしれない。
「······南耕平?七十年前?事故?君は何を言っているの?」
地場霊こと南耕平の周囲が、否。全身から放たれる瘴気が揺れ始めた。
「······何も思い出せない。いや。僕は何も思い出したくないんだ。やめろ。やめてくれ。あれ?君のせいか?君はお日様の匂いがするけど、何だかイライラするな」
······お日様の匂い。私は過去の記憶を無意識に辿っていた。やはりこの台詞。以前、誰かに同じ事を言われた。
言葉の主が朧げに私の脳裏に浮かんだ時、黒い瘴気は縄の様に私の首に巻き付いて来た
。
「······!!」
く、苦しい!!息が出来ない!!その時、白いドレスの裾を舞わせながら、私の前に玲奈が現れた。
玲奈が細い右手を振ると、私の首に巻き付いた瘴気が四散した。
「金梨さん!!」
激しくむせ込む私に不方さんが駆け寄って来てくれた。
「······金梨さん。この黒い霧は?突然現れたあの白いドレスの女の人は?全身黒い服を着ている男は一体誰なんだ?」
······え?ふ、不方さん?見えているの?玲奈と南耕平の姿が?私は小夜子さん、権蔵さん、そして赤子を抱く幸子さん達を見る。
皆一様に驚愕したような表情をしている。
な、何故?なんで皆に地場霊の姿が見えるの
?
「ふさよちゃん。今の南耕平はとても危険な状態にあるわ。地場霊が闇落ちすると魍魎になるの。今の南耕平は魍魎になる一歩手前よ」
······も、魍魎?魍魎になるとどうなるの?
「······成仏出来ず、その魂は永遠に彷徨うわ
。そして今とは比較にならない程周囲に不幸を撒き散らす。ここに至っては方法はただ一つ。南耕平の魂を消滅させるしか無いわ」
そう言った玲奈は、厳しい表情で地場霊こと南耕平に向き合う。え、永遠に魂が彷徨う
?小夜子さんのお父さんが?
「だ、駄目よ玲奈!!まだ間に合う!私が何とかするから!!」
私が手を伸ばすと、玲奈の白い首に瘴気がまとわりつく。途端に玲奈は苦しみ始める
。
「れ、玲奈!!」
私が絶叫すると同時に、突如姿を見せた白猫のミケランジェロが地場霊に向かって行く
。
「シャーッ!!」
あ、あれはミケランジェロの身体を借りた地主神様!?だが、ミケランジェロは瘴気に身体を持ち上げられ玲奈と同じ様に締め上げられる。
「ミ、ミケランジェロ!!や、止めて南耕平さん!!お願い!!」
「金梨さん!そっちへ行っては駄目だ!」
魍魎に堕ちようとしている南耕平に私が近付こうとすると、不方さんが私の肩を掴みその歩みを止める。
どうして!?南耕平の娘である小夜子さんが目の前にいて、どうして何も思い出さないの!?
地場霊こと南耕平の周囲から湧き出る瘴気が更に拡大しようとした時だった。私の視界が光に包まれた。
まるでそれは雷の光が落ちた様に感じた。それを肯定するかの如く、光の一瞬後に雷鳴が轟いた。
私は思わず閉じてしまった両目を開く。すると、南耕平から放たれていた黒い瘴気が霧散していた。
瘴気の戒めから解き放たれた玲奈とミケランジェロは地面に倒れている。そして、玲奈の前には誰かが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます