第28話 集められた善意

「いやあ。ごめんよ。ふさよちゃん。スマホの電池が切れちゃってね」


 湯呑をコタツのテーブルに置きながら、蔵さんが申し訳無さそうに私に謝罪する。お店の二階にある社長夫妻を尋ねると、部屋には権蔵さん。小夜子さん。そして不方さんがコタツに入っていた。


 不方さんと目が合うと私は赤面してしまう

。ミケランジェロを膝に乗せた不方さんも少し恥ずかしそうに目を逸していた。


「ふさよちゃん。何も言わずにこれを受け取っておくれ」


 コタツに入った私に、権蔵さんは厚みのある封筒を差し出した。今日は封筒を良く見る日だ。


 そして、大金が入った封筒を二度も見るなんて。


「百三十万入っている。猫神祭りの為に使うといい」


 権蔵さんの優しい口調に、私は不思議と落ち着いている自分に気づく。今朝の不方さんの申し出で驚きを使い果たしたせいか。


 私は笑みを浮かべ首を横に振る。


「······権蔵さん。小夜子さん。そして不方さん。ありがとうございます。皆さんのお気持ちは本当に嬉しいです。でも。受け取れません。これは私が勝手に始めた事です。私が何とかしなければならない問題です。皆さんに甘える訳にはいきません」


 静かに。でも、絶対に譲らない気持ちで私は三人に決意を表明する。すると、小夜子さんが私の手を握ってきた。


「ふさよちゃん。難しく考えないで。私と主人はね。ふさよちゃんと泰山君の事を自分達の子供だと思っているの。娘が困っている時に協力する。それが家族じゃない」


 ······娘。家族。内定先の会社が倒産し、路頭に迷いそうになっていた私を雇ってくれた社長夫妻が。私にとって救いの神の二人が。


 私を身内だと言ってくれた。私は小夜子さんの手を握り返し、溢れた涙のせいで言葉が発せられなかった。


「······ありがとうございます」


 やっとの思いでその一言だけを口にした私の背中を、誰かが優しく撫でてくれた。俯き号泣する私は、それが誰の手か分からなかった。



 ······その日の夜。不方さんの部屋を訪れた私は驚愕した。居間には、純白の白無垢の着物が生地掛けにかけられていた。


 ······こ、これって結婚式に着る着物よね?な、何でこれがここに?台所から現れたパパ(不方さん)が、私の前で正座する。


「······ふさよ。高校卒業おめでとう。そして

、結婚おめでとう」


 パパはそう言いながら既に半泣き状態だ。

私はいつの間に高校卒業。そして嫁入り前の状況らしい。な、なんて展開が早いの?


「······ごめん。涙は本番に取っておかないと駄目なのにね」


 パパは眼鏡を外しハンカチで涙を拭う。私は恐怖の乳児プレイから今に至るまでのパパの表情を思い出していた。


 不方さんは地場霊によって呪いをかけられた。これは正真正銘の呪いだ。でも、パパは私に一貫して優しく接して来た。


 それは正に愛娘に愛情を深く持つ父親の姿だった。娘の言動に一喜一憂し、娘の成長を喜び、涙する。


 ······私は自然とパパを抱きしめた。そしてパパの胸の中で娘としての感謝の気持ちを伝える。


「······パパ。今までありがとう。私、パパの娘で本当に良かった」


 パパは震える両手で私の頭を抱く。地場霊の呪いによって誕生した世にも奇妙な父娘は

、近付く別れを何時までも惜しんでいた。



 ······深夜自分の部屋に戻ると、甘い薔薇の香りと共に玲奈が立っていた。あの白無垢を用意したのは疑いようも無く玲奈だ。


 パパ(不方さん)の呪いの進行を妨げ無いように必要な物を揃えただけ。以前ならそれだけの話で済んだ。でも、今回だけは違った


「······玲奈。呪いの設定は娘がお嫁に行く段階に来たわ。お嫁に行くと言う事は、父親の家から娘が出ると言う事よね。その先は、この呪いはどうなるのかしら?」


 私の問いかけに、玲奈は波打つ長い髪を揺らし首を横に振る。

 

「ごめんね。ふさよちゃん。私にも分からないわ。でも、もしこの呪いがふさよちゃんの予想通り地場霊の願望だとすると、目的が達成されて呪いは消えるかもしれない。或いは

、また呪いが最初から繰り返されるかもしれない。はっきりとした事は分からないわ」


 ······呪いが消える?もしそうならそれは大歓迎だ。私は不方さんのこの呪いを解く為に四苦八苦していたのだから。


 でも、玲奈の言う通り呪いがループしてまた乳児から始まったら?私は実際に体験した乳児プレイを思い出して悪寒がした。


 私は分からない事を考えるのを止めた。今は猫神祭りが実現する事にだけ集中すべきだ。


 そして地主神のやる気を起こさせ、地場霊の呪いを解いてもらう。それが確実な方法だと私は確信していた。


 

 ······二日後、私は社長夫妻に半休を頂き、界隈町の町内会集会所に赴いた。町内会長の遠道さんに頼んで緊急招集会を開いて貰い、集会所には町内会の方々が集まってくれた。


「えー。皆様突然の呼びかけに応じて頂きありがとうございます。御連絡の際お伝えしました通り、金梨さんが兼ねてから提案していた猫神祭りの準備資金が用意出来ました」


 長テーブルの前に座る町内会の方々に遠道さんが挨拶する。頷く遠道さんに促され、私はテーブルに百万三十万が入った封筒を置いた。


 社長夫妻から六十万。不方さんから五十万

。そしてなけなしの私の貯金から二十万。私は権蔵さん。小夜子さん。そして不方さんの善意に甘える事にした。


「ここにお祭りの準備資金百万三十万が入っています。今月末まで余り日数はありませんが、何卒お祭りの開催についてご検討をお願い致します!!」


 町内会の方々がざわつき始めた。まさか私が本当にこんな大金を用意出来るとは誰も思ってもいなかったのだろう。


 すると、町内会長の遠道さんが私がテーブルに置いた封筒の隣に別の封筒を置いた。


「金梨さん。これは私の母から持って行くように言われたお金だ。百万入っている。ああ

。遠慮は要らないよ。母曰く「あの世に金なんか持って行けねぇ」だそうだから」


 遠道さんは穏やかに笑った。遠道さんのお母さんであるキヌエさんの顔を思い出し、私は感謝の気持ちで泣きそうになる。


 そして遠道さんは更に別の封筒をテーブルに置いた。


「これは町内会の皆さんが出し合ってくれた分だ。皆さん口を揃えて言っててね。若い者が界隈町の為に汗を流しているのに、年寄りが見て見ぬふりは出来ないってね」


 遠道さんは片目を閉じて私に笑いかける。年寄りは余計だと言う野次に集会所で笑いが起きる。


 すると、石材店を営む重さんがテーブルの前に立ち、お金を封筒から無造作に出し、きっかり四十枚だけ抜き取った。


「······材料費だけ貰って行くぞ。後は祭りの準備に使え」


 重さんはそう言うと、猫神石像の制作に取り掛かると言って帰ろうとする。


「重さん男だねぇ!カッコいいよ!」


 集会所から拍手が起き、重さんは「うるせえ」と返して靴を履く。呆然としていた私は、慌てて立ち上がる。


「猫神の石像をよろしくお願いします!!あ

、ありがとうございます!!重さん!!」


 重さんは片手を上げて去って行った。私は改めてテーブルに並んだ三つの封筒を眺める


 これはただのお金じゃなかった。多くの人達が寄せてくれた大きな善意だった。


「では皆さん。正式に猫神祭りの開催の決を取りたいと思います。賛成の方は挙手をお願い致します」


 遠道さんのこの言葉に、集会所に集まった町内会の人達は全員手を挙げてくれた。私はその光景に、感謝の気持ちを込めて頭を下げる。


 遠い昔に途切れた界隈町の猫神祭りが、今再び甦ろうとしていた。




 






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