第24話 資金集めに奔走
「まあ。猫神様のお祭り?楽しそうね」
町内会の集会所を後にした私は、その足で自宅に戻った。不方さんを訪ね、不方さんと一緒に同じ二階に住む社長夫妻の部屋にお邪魔していた。
私。不方さん。権蔵さん。そして私の思いつきを優しい笑顔で歓迎してくれた小夜子さんの四人は、揃ってコタツの中に入っていた
。
白猫のミケランジェロが四枠ある席の中で私の膝を選び、緩慢な動きで乗ってきた。私はミケランジェロの喉を撫でながらこの白猫に心の中で感謝していた。
ミケランジェロは地主神である尊楽能猫神に私を地場霊から救ってくれと懇願してくれた。
それ以降、私のミケランジェロへの愛情は以前よりも増していた。そんなミケランジェロともあと一ヶ月弱でお別れと思うと切なくなる。
「それで?そのお祭りの資金集めはどうするの?金梨さん」
不方さんが小夜子さんの淹れてくれたよもぎ茶の湯呑みを持ちながら、私に質問してくる。
「はい。駅や商店街。人通りの多い所で寄付を募るチラシを配るつもりです。それで「またたび商店」に募金箱を置かせて貰いたいんてす。いいですか?」
「勿論。それは構わないよ。私達も喜んで寄付させてもらうよ」
権蔵さんが老眼用眼鏡の中で優しそうに目を細めてそう言ってくれた。
「ありがとうございます。でも。これは私が勝手に言い出した事ですから。皆さんに御迷惑はおかけしません」
私は昼間に町内会の皆さんに宣言した勢いの余韻を引きずり、権蔵さん達にそう伝えた
。
その日の晩、何時もの様に不方さんの呪いの相手をする為に私は不方さんの部屋を訪れた。
すると、すっかり見慣れたちゃぶ台の上には苺がたくさん乗ったワンホールのケーキが置かれていた。
「ふさよ!合格おめでとう!」
パパ(不方さん)がノンアルコールのシャンパンをお盆に乗せながら嬉しそうに叫んだ。
私は高校合格と聞いた瞬間、即座に玄関に駆け出し扉の施錠を行った。この後必ず高校の制服の試着プレイが待っている。
また某兄妹が乱入しないように私は先手を打つ。パパ(不方さん)の中では私は高校生になるようだ。
······早い。やっぱり乳児時期に比べて幼児
、小学生、中学生の期間が明らかに短い。あの地場霊には乳児の子供がいた。
そしてその乳児を残してこの世を去った。乳児の世話をした経験しか無いから幼児以降の期間が極端に短い。
私は勝手にそう推測していた。地場霊の心残りが乳児プレイと言う形の呪いになって不方さんに降りかかった。
だが、こうして考えると、これは呪いと言うよりも地場霊の願望では無いだろうか?嬉しそうにケーキを切り分けるパパ(不方さん
)を見つめながら私は心の中で首を横に振った。
例え願望でも呪いでも。現実問題として不方さんの呪いを何とかしなければならないのは変わらない。
その現実問題で不方さんは笑顔を表に出せる様に私と必死に毎朝練習している。
······こんなに優しく笑えるのに。笑顔を自然に出せる様に四苦八苦している不方さんの悩みを一蹴するかの如く、パパは終始微笑み続けていた。
······翌日、私は早朝六時から商店街の最寄り駅に立っていた。昨晩、半ば徹夜で募金を募るチラシを作った私は、まだ真っ暗な朝方コンビニでそれを数百枚コピーした。
そのチラシには界隈町のお祭り、また猫神を信仰していた事柄をなるべくわかり易く簡潔に記した。
「おはようございます。よろしくお願いします!」
真冬の朝、通勤通学の為に駅に急ぐ人達に私はチラシを渡して行く。会社に向かう社会人達は総じて機嫌が悪そうな顔をしていた。
半分は無視され、受け取ってくれた人達も殆どの人達が怪訝な顔をしていた。
「金梨さん。俺も手伝うよ」
私の背後から突然聞き慣れた声が聞こえた
。振り返ると、そこには茶色いコート姿の不方さんが立っていた。
「ふ、不方さん?な、何で?」
「金梨さんには練習に付き合って貰ってるし
。それに、お祭りが実現すれば権蔵さんと小夜子さんのいい思い出になるしね」
不方さんはそう言うと、紙袋に入っていたチラシを抱え道行く人達に配り始めた。手足が痛くなる程の寒さの中、私は心の中がじんわりと温かくなる事を感じていた。
好きな人と好きな町の為に共同作業をする。その喜びと幸せを私は噛み締めていた。
「でも金梨さん。期限は一週間だよね。流石に募金だけじゃ難しいんじゃないかな?」
「はい。それは承知しています。このチラシは猫神祭りの存在をアピールする事が主な目的なんです」
脳天気な私でもたった一週間で百三十万もの大金が募金で集まるとは思っていなかった
。
社長夫妻に半休を貰っていた私は、チラシ配りが終わるとその足で市役所に向かった。三階にある地域振興課で受付に行くと、予約の有無を問われた。
「す、すいません。予約はしていません」
「そうですか。こちらの書類に必要事項を書いて改めて予約して下さい」
受付の女性が事務的な口調で補助金を申請する為の書類を私に差し出す。焦った私は何とか話だけでも聞いて貰えないかと食い下がる。
「あ、水野さん。こちらの方がお急ぎで相談事があるそうなんですが」
地域振興課に入って来たスーツ姿の男性に受付の女性が声をかける。水野さんと呼ばれた四十代前後に見える男性は私に微笑む。
「分かりました。整理券を取ってお待ち下さい」
水野さんに言われ、私は急いで発券機の紙を取る。幸いにして待つ事無く相談席に通された。
私は向かいの席に座った水野さんに、今回の界隈町のお祭りに行政の協力が得られないか文字通り相談する。
「難しいですね」
今朝駅前で配ったチラシを両手で持ちながら水野さんははっきりとそう言った。
「町内の祭事については各町内会自治会に委ねられています。基本的にはその費用も自治会が負担します。例えば市を上げて市全体で行う祭事ならまだしも、一つの自治会の為に行政が補助金などを出す事はありません」
水野さんは丁寧な口調で無知な私に現実を教えてくれた。私は頭の中が真っ暗になって行く感覚がした。
「そうですね。我々が出来る事と言えば、市の広報にその祭事のお知らせをする事ぐらいですね。もし正式にお祭りの開催が決定したなら広報に載せる事は可能です」
「······わ。分かりました。その時はよろしくお願いします」
私は水野さんに頭を下げ、市役所を後にした。重い足取りで歩く私は、見えない大きな何かに「お前の思い付きなんて無駄なんだよ」と言われている様な気がしていた。
「落ち込んでる暇も余裕も無いわ」
私は顔を上げ、歩く速度を上げて行く。地域振興課の水野さんは他にもアドバイスをしてくれた。
それは、町内の企業にスポンサーを頼む方法だ。私はそれを実行する為に界隈町にある大小様々な会社を訪問する事にした。
······時間は瞬く間に過ぎ、東の空は薄暗くなって行く。仕事終いが早い冬の太陽は、もう今日の役目は終わりだも言わんばかりに急速に西に沈んで行く。
半休のつもりが結局一日お店を休んでしまった。足が棒の様になり、疲労も相重なって私は深いため息をついた。
会社周りの手応えは芳しくなかった。何社か話を聞いてくれた所はあったが、如何せん一週間と言う期限が足枷となった。
余りに検討時間が短い。どの会社でもそう言われた。当然だ。一週間の間にスポンサーになって資金を出すか決めてくれと言っているのだ。
無茶もいいところだった。私の頭の中に最終手段の選択肢がちらいついていた。この方法は出来る事なら取りたくなかったが、現状では他に方策が無いと思われた。
その時、古びた木の看板が私の目に止まった。それは、立派な門構えの入口にかけられた看板だった。
「······北坂味噌?ここって味噌屋さんなのかな?」
私は門の周囲を見渡す。白い壁が左右に何処までも広がっている。そして門の奥には見事に軒が張り出した古き良き日本家屋が堂々と建っていた。
お、大きい。敷地も家もなんて大きさなの
。界隈町にこんな大邸宅があったなんて。私は今日一日の最後にこの味噌屋さんを訪問する事に決めた。
門にインターホンが無かったので、私は恐る恐る敷地の中に入り大声で声をかける。だが、返事は無かった。
私は更に「失礼します」と呟きながら庭に進む。大きな木々と盆栽に囲まれた広い敷地に足を踏み入れると、煙が昇っている事に気付く。
庭の中央で焚火をしている人がいた。すると、急に吠えながら私に突進してくる犬が現れた。
「きゃあっ!」
驚いた私の両腿に犬は前足を乗せて来た。犬はシェルティ犬だった。シェルティは私の足元の匂いを嗅いだ後に私の周りを時計回りに走る。
「誰だ?アンタ」
しゃがれた声で私に質問して来た人は、八十代前後に見える男性だった。北坂兼石(きたさかかねいし)さんとの出会いがこの時だった。
兼石さんとの出会いが、やがて重大な真実を私に知らしめる事になるのだったが、この時の私はまだそれを知らなかった。
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