第20話 途切れた信仰とお祭り

 コタツは冬の季節に欠かせない素晴らしい暖房器具だ。冷え切った足先に温もりがじんわりと伝わってくる。灯油が焦げた匂いを合図に、背中にもストーブの熱を感じる。


 冷めきった全身が体温を思い出した様に、私は鼻水を啜る。


「はい。これ使うといいよ」


 老婦人が床マットに置かれていたティッシュ箱を私に差し出してくれた。私はお礼を言って有り難く使わせて貰う。


 私と不方さん。そして齢百歳になる老婦人は仲良くコタツの中に入っていた。ここは町内会長である遠道さんの自宅だ。


 この老婦人の名はキヌエさん。遠道さんのお母さんだ。界隈町の早朝掃除の後、私と不方さんは遠道さんに朝食を誘われて自宅にお邪魔していた。


「はーい。お待たせ」


 遠道さんがお盆に四つの器を乗せて持って来てくれた。器には美味しそうな雑炊が盛られ、私は急にお腹が空いて来た。


 コタツテーブルには何かの封筒。ハサミ。

みかん。袋が空いたおかき。新聞のチラシなどが雑然と置かれていた。


 なんだか人のお家って感じがしてその光景だけで楽しい。私達は両手を合わせて遠道さんの手作り雑炊を頂く。


「朝早くから二人共ご苦労だね。偉い偉い」


 キヌエさんは曲がった腰を更に丸めながら私達にそう言ってくれた。遠道さんの話によると、キヌエさんは生れも育ちもこの界隈町だそうだ。


 ······百年。その長い月日をキヌエさんはこの界隈町で過ごして来た。その途方も無い時間に、私は自然とこの町の過去について興味を抱く。


「昔の界隈町かい?そうだねぇ。今は無くなっちまったけど、祭りが盛んな賑やかな町だったよ」


 キヌエさんはしっかりとした口調で私達にこの町の事を話してくれる。今の界隈町にも夏のお祭りがあったが、商店街が中心となって商売色が強かった。


 昔の界隈町はそれこそ町を挙げて季節ごとのお祭りを開催していたと言う。


「この界隈町は大昔から猫の神様を祀っていてね。その神様を称えるお祭りもあったのさ

。私が子供の頃にはだんだんと廃れて来てね

。とうとう無くなっちまったけどね」


 食後の緑茶を飲みながらキヌエさんはそう言った。その内容に、私は急に頭の中の記憶から思い当たる名を引っ張り出した。


「あ、あの。キヌエさん。その猫の神様って

「尊楽能猫神」って名前ですか?」


 コタツから身を乗り出した私の質問に、キヌエさんは口の中の金歯と銀歯を私に見せながら小さい両眼を見開いた。


「······驚いたね。アンタ若いのに良く知ってるね。大昔、この界隈町はその猫神様を信仰していたらしいよ。何でもこの界隈町はやたらと猫に縁があったのがその理由らしいよ」


 界隈町の生き字引であるキヌエさんの貴重な話を聞きながら、私はあの屈強な顔をした地主神を思い出していた。


 あの少しも協力的でない地主神「尊楽能猫神」とは、あの猫髭を生やした地主神の名前なのだろうか。


 地主神と初めて相対した時、あの地主神は確かに言った。人間が自分達を敬う筈が無いと。


 大昔の界隈町は猫神を信仰していた。だが

、時の流れと共にその信仰は薄れ、猫神を称えるお祭りも無くなった。


 界隈町の人々の中から猫神は忘れ去られていった。私はあの地主神の投げやりな態度と何処か寂しそうに瞳を思い返す。


 ······地主神は絶望していた?そして諦めていた?この界隈町の地主神として存在し続けて来た自分を忘れた町の人々に。


 私は「理の外の存在」の一員である玲奈に心の中で問いかける。地主神がやる気を無くすと、その土地に何か影響があるのかと。


『大アリよ。ふさよちゃん。地主神のモチベーションが下がれば、地主神の影響下にあるその他の神々も活力が停滞するわ。それは町にとって悪影響そのものなの。町にとって不運な出来事。つまり不幸な事件や事故も多くなるわ。対照的に地場霊の活動も活発になるとも言われているわ』


 玲奈の説明を聞いた私は、背筋が冷たくなる様な気がした。界隈町の近くに大型ショッピングセンターが出来た影響で商店街が苦境に陥った。


 秋の台風で鯨河が氾濫し、周辺に水害が毎年の様に発生している。深夜、商店街の大通りにたむろする若者が商店のシャッターに落書きをしたりゴミを撒き散らし景観を損ねる


 私はそれらを地主神にやる気が無くなったからと理由付けしようとして思い留まる。この界隈町の諸所の問題は特段珍しい物では無い。


 他の町でも似たような問題を抱えている筈だ。ん?似たような問題?私はその瞬間、玲奈に聞いた話を思い出していた。


 玲奈が属する組織「理の外の存在」はその力を弱めている。それは、組織の下部組織でもある八百万の神々も同様なのでは無いのか


 更に神である自分の存在を忘れ、歯牙にもかけない人間に対して絶望するのはごく自然な事ではないのか?


 そしてそれが地場霊の跋扈をもたらした。

私は不方さんの呪いを何とかしようと躍起になっていた。


 でも、私の心の中で何かモヤモヤとした物が渦巻いて来た。仮に私が不方さんの呪いを解いても、あの地場霊はまた他の誰かに同じ呪いをかけるかもしれない。


 そして地主神がやる気を失った以上、この界隈町に良くない影響がずっと続いて行く。

根本的に解決しなければならない問題があるのでは無いか。


 遠道さん。キヌエさん。不方さんは朝の名物番組を観ていた。私は一人コタツ布団に視線を落とし、答えの出ない考えを巡らしていた。


 ······その日の夜。私は毎夜の義務である幼児プレイ。否。児童プレイの為に不方さんの部屋を訪れる。


 不方さんの目には、私は小学生に見える。もうお風呂に一緒に入る年齢では無いし、夕御飯を共にするだけだ。


 幼児プレイに比べれば、そんな事など造作も無かった。不方さんは夕飯が並べられたちゃぶ台越しに私を見つめる。


「······ふさよ。大きくなったね。本当に月日は早いな。ふさよにミルクを飲ませていたのが昨日の様に感じるよ」


 不方さんに片思いしている私にとっては胸キュンの優しい笑顔だ。パパは昔を懐かしむ言葉を口にする。


 ······そうですね。パパ(不方さん)とミルクプレイにお風呂プレイ。止めは紙パンツプレイと思い出すだけで私は全身に火がついたように恥ずかしくなります。はい。


「いよいよ明日から中学生だね。ふさよ」


「······え?」


 突然のパパ(不方さん)のその言葉に、私は手作り餃子を口に挟みながら固まってしまった。パパ?今なんと仰いましたか?


 すると、突然パパが立ち上がり、台所から何か衣服の様な物を持って来た。それがハンガーに掛けられた白いセーラー服だと認識した瞬間、私は口に挟んでいた餃子を吹き出した。


「じゃーん。ふさよ。中学の制服だよ」


 パパは嬉しそうにセーラー服が包まれた透明のビニール袋を取って行く。


 ······何で?何で独身男性の部屋に女子中学生用のセーラー服が用意されているの?お前か?お前か玲奈!!力使えないとか言ってて余計な所に力使い過ぎでしょう!!


「ふさよ。サイズが合うか心配だから着て見せてよ」


 パパの何気ない要求に、私は餃子に続いて唾を吹き出した。に、二十六歳のこの身にそのセーラー服を着れと申されますか!?


 な、何これ?何の罰ゲームよ!?これ言わいるセーラー服プレイなの!?まだ恥ずかしいプレイ続くの!?


 ······私は内心で激しく葛藤したが、元々私に選択権は微塵も無かった。パパ(不方さん)の欲求を満たさなければ、呪いは収まらないのだ。


 私は覚悟を決め、洗面所で恐る恐るセーラー服に袖を透して行く。サイズは驚くほどピッタリだ。


 どうやらこのセーラー服を用意したあの女(白いフリフリドレスを着た茶色い波打つ髪の顔面偏差値百点女)には私のスリーサイズなどお見通しらしい。


 ふ、ふふ。私、一体何をしているのかしら

?片思いの男性の部屋で、夜な夜なセーラー服を着ている私って何者?


 私は虚ろな表情のまま制服姿をパパに披露した。パパが感激した様子で拍手をしようとした瞬間だった。


 またしても施錠を怠った玄関の扉が開かれ

、見知った男女が部屋には言って来た。


「不方!今日こそ話をつけるぞ!勿論、金梨さんの事だ!!お前は彼女の事をどう思って

······」


「不方さん!聞いて下さい!!私は不方さんの事が本気で好き······」


 同時に叫びながら部屋に押し入って来たのは、稲荷隆、及びその妹である稲荷果歩だった。


 稲荷兄妹はセーラーを着た私を見て土偶の様に固まる。私はこの恥ずかしい姿を目撃され、口から魂が抜け出る程大口を開けて驚愕する。


「く、くそ!今度は制服プレイか!!金梨さん!!俺、そう言う店で制服プレイ経験済みだから!!押入れにまだ学ラン残っているから一緒に制服プレイ出来るから!!あ、俺どっちかって言うと教師役がいいな!」


「わ、私だってまだ制服押入れにあるんだから!!ふ、不方さん!!私だって制服プレイ出来ますから!!あ、スカートはちょっと調整しないと入らないから少し待って下さい!

!そ、それともスカート履かない方がいいですか!?」


 ······稲荷兄妹の乱入によって、私の人生の黒歴史に新たなるページが付け加えられた。


 

 


 


 

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