第17話 彼の目には、私は幼児に見えるらしい
パパ(不方さん)はちゃぶ台に夕飯を並べると、どこから持ってきたのか幼児用の小さい椅子を置いた。
「さあ。ふさちゃん。お夕飯食べようね」
普段の無愛想さからは想像出来ない優しい笑顔で、不方さんは椅子に座るように私に勧める。
ど、どう言う事なの?不方さんの目には、私は乳児に見えるんじゃなかったの?私は心の中で玲奈に問いかける。
『ふさよちゃん。とにかく不方泰山君の言う通りにして様子を見ましょう』
玲奈の助言に、私は心の中で頷いた。と、とにかくこの椅子に座ればいいのね。私は幼児用の木造りの椅子に座ろうと試みたが、いかんせんお尻が入らない。
仕方なく私は椅子から少し腰を浮かした状態で着席したように見せかける。幸い不方さんは不審に思わずニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、ふさちゃん。手を合わせて頂きます」
私は不方さんの真似をして取り敢えず両手を合わせた。すると、不方さんがじっと私を睨む。
「ふさちゃん。もう四歳なんだから、ちゃんと「頂きます」言えるでしょう?」
え?よ、四歳?不方さんの目には、今の私は四歳に見えるの?私は戸惑いながらも小声で「頂きます」と言った。
不方さんは再び微笑み、奇妙な夕食が始まった。私の前に並べられた器には白米、お味噌汁。ウィンナー入りの野菜炒めが美味しそうな湯気を立てていた。
「ふさちゃん。今日の幼稚園は楽しかった?
」
突然のパパ(不方さん)の質問に私は驚く。よ、幼稚園?そ、そっか。四歳って幼稚園に行く年齢か。私は不方さんの娘で今幼稚園に通っている設定なのね。
「た、楽しかったよ。皆でお外で遊んだの」
私は四歳児を演じ、それらしい返答を返した。すると、不方さんは満面の笑みで「良かったね」と笑う。
「こ、今度はパパ(不方泰山)とママと三人でお外で遊びたいな」
私は調子に乗って深く考えずにそう口にした。その発言をした途端、不方さんはちゃぶ台にお箸を落とした。
私がそのお箸を手に取り渡そうとした時、不方さんの両眼から涙が溢れていた。ふ、不方さん?
不方さんは物凄い勢いで私を抱きしめる。
「······ごめんよ。ふさちゃん。ママはもう居ないんだ。ママは天国に行ってしまったんだ
。でもふさちゃんにはパパがいるから!絶対にふさちゃんに寂しい思いをさせないから」
······不方さんは震えながら私の頭を撫でる
。私は内心で動揺していた。だが、何とかそれを表に出さないように必死だった。
その後はお風呂に一緒に入り、歯磨きは自分でしなさいと歯ブラシを渡された。あっという間に就寝時間になり、私は玲奈によって自分の部屋に瞬間移動した。
「ふさよちゃん!凄いわ。状況変化の対応力が見事よ!」
ベットの上に腰掛ける私に、玲奈は手放して褒めてくれた。私は少し照れたが、あの不方さんの変化は一体どう言う事だろう?
「······ふさよちゃん。一番最初に私は貴方に不方泰山君がかけられた呪いの設定を伝えたわ。あれは、私の目にその設定が見えたからなの」
玲奈は指を口に当てながら先刻の不方さんの呪いの異変について話す。玲奈の目には不方さんの呪いの設定は変わらなかった。
だが、不方さんの言動は明らかに今までとは違った。
「······呪いの設定が変わるパターンはレアケースなの。その変化は私達にも見えにくくて
」
玲奈の話を聞きながら、私は一つの疑問を持った。あの眼鏡をかけた全身黒づくめの地場霊が不方さんに呪いをかけた。
その呪いは不方さんの目には女性がすべて乳児に見える内容だった。そもそも、あの地場霊は何でそんな呪いを振りまいていたのか
?
玲奈は以前に言った。地場霊は無自覚に、そして無意識に呪いを周囲に撒き散らしていると。
問題はその呪いの中身だ。それは地場霊自身と何か関係はあるのだろうか?
「それはあるわ。ふさよちゃん。呪いの内容は地場霊自身の精神に大きく関わっているの
。例えば欲望。希望。絶望。願望。それらの心の内にある物が呪いに投影されている筈よ
」
······欲望。希望。絶望。願望。ん?願望?それってあの地場霊の望んでいた物って事かしら?
私は俯いて暫く考え込む。そして、一つの考えが頭に浮かんだ。
「玲奈!あの地場霊は言っていたわ。何も思い出せないと。自分の名前すらも。でも!不方さんにかけた呪いがもし地場霊の願望だとすると、あの地場霊の事が分かるかもしれない!」
「え?ど、どう言う事?ふさよちゃん」
以前、稲荷兄妹が乱入した時、パパ(不方さん)は隆さんを無視し果歩ちゃんに反応した。
つまり、呪いは男性では無く女性が対象なのだ。それは、あの地場霊の子供が女の子だと言う可能性が高い。
「呪いにかけられた不方さんは私に言ったわ。ママは天国に行ったと。あの地場霊はもしかして一人の娘の父親で、父娘で暮らしていたんじゃないかしら?」
そしてあの不方さんの幸せそうな笑顔だ。愛おしそうに娘の世話をする姿。そして接し方が乳児から幼児に変化した。
「······まさか?」
私は一つの仮説に辿り着く。あの地場霊は望んでいた?亡き妻の遺したたった一人の娘の世話をする事を?成長を見守る事を?
玲奈に肩を揺らされるまで、私は自分の胸の衣服を掴んでいた事に気付かなかった。
「······玲奈。もしかして、あの地場霊は幼子の娘を残して死んだのかもしれない。その無念さが。あの呪いの設定に投影されているんじゃないかしら?」
私は自分の考えを玲奈話しながら、カーテンの隙間から外を見た。今こうしている時も、あの地場霊は自分の名も忘れた何処かを彷徨っている。
その思考が、私の心を寒々とさせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます