第15話 界隈町の歴史

 二月も半ば、粉雪が微かに降る極寒の日。私は界隈町内にある図書館にいた。私は長机に座り、分厚いカバーでこしらえた過去の新聞記録を読み漁っていた。


 過去、界隈町の大通りで発生した事故や事件の記録を私は探していた。私は無益だと承知で「理の外の存在」の一員である玲奈に問い質した。


 不方さんに呪いをかけたあの地場霊の身元を。だが、玲奈は少し困った様に微笑み首を横に振った。


「······ごめんなさい。ふさよちゃん。それは出来ないの。組織はその力を弱め、余計な事に力を使えないの。今回の地場霊の件が余計って意味じゃないわ。もう組織には余力自体が残っていないの。それにね」


 玲奈は続けた。この世界で起こる全ての出来事は必然と言う名の運命であり、それに対処するのは生きる人間達の役目であり義務だと。


 そんな訳で私は自力であの地場霊の身元を調べる事になった。だが、玲奈はヒントを私に教えてくれた。


 地場霊は死んだ人間が成仏出来ずに闇に取り込まれた存在。徘徊している周囲で何らかの理由で命を落とした可能性が高い。


 そして生前に強い後悔と未練を抱いている人間が地場霊になりやすいと。


 私の結論はこうだ。地場霊は「またたび商店」の目の前で不方さんに呪いをかけた。つまり、地場霊はあの界隈商店街の大通りで命を落とした。


 もしその事件や事故が過去の新聞記事に乗っていれば、あの地場霊の身元が分かるかもしれない。


 私はひたすら過去の新聞記事を目を皿にして追っていく。細かい文字を長い時間見ていると流石に疲れてくる。


「うわぁ。休日に寂しく図書館ねぇ」


 私が新聞記事から目を離し凝った腰を伸していると、突然隣の席に坐って来た赤い髪の女が失礼な事を言ってきた。


「こ、小夏?」


 私が驚くのを無視して、小夏は私が読んでいた新聞記事に顔を近付ける。


「ふさよ。アンタ何が楽しくて休日にこんなモン読んでの?」


 私はこの失礼な女に地場霊との出来事を話した。どうせ信じて貰えるとは思えなかったが、小夏の反応は意外な物だった。


「よく分かんないけど。その地場霊が自分の事を思い出す何かキッカケがあればいいんじゃない?」


 小夏は長机に頬杖しながら私にそう言った

。き、きっかけ?


「ふさよ。アンタ有名人とかの名前を忘れた時どうやって思い出す?」


「え?名前?そ、そうね。その有名人が出てたドラマとか先に考えるかな。そうするとたまに思い出す事があるよ」


「私なら五十音順に一つずつ当てはめて行くね。面倒だけど結構高確率で思い出すよ」


 小夏にそう言われ、私は頭の中で想像する

。あの地場霊に相対して提案する様を


『はい。地場霊さん。貴方の名前をこれから五十音順で調べていきましょう。先ずは「あ

」から行きますよー。思い当たる名前はありますか?』


 私はその呑気な想像を必死に振り払う。あの危険な地場霊にそんな悠長な事をしていたら間違い無く闇に引きずり込まれるわ。


 私と小夏に会話に、近くの席に座った人達が奇妙な物を見る視線を送ってくる。ちょ、ちょっと声が大きかったかな?


 昔から小夏と一緒にいると何時もこうだ。何時も周囲から奇異な目で見られる。やはりこの派手な赤い髪の女が原因だろう。


 その癖に店では小夏は店員さんに気づかれないのだ。本人は存在感を消してるからと言うが、私から言わせて貰えば小夏は存在感の塊だ。


 小夏は小さくくしゃみをした。私は鞄からポケットティッシュを彼女に差し出す。小夏は昔から上は赤いジャージに下ジーパン姿だ


 服やお洒落に全くお金をかけないし関心すらない。美人は得だ。すっぴんでもいいんだから。


「小夏。アンタ部屋にちゃんと暖房器具あるの?真冬なんだから風邪引くわよ」


「大丈夫よ。私は寒さに強いんだから」


 小夏はそう言うと手を振りながら去って行った。彼女とは大学時代からの付き合いだが

、私はこの赤い髪の女の部屋に行った事がない。


 本人曰く部屋は足の踏み場が無いらしいが

、健康上問題が無いのか少し心配だ。私は少し休憩する為に席を立った。


 元々私は図書館に来るのが嫌いじゃない。本の種類を気にせず、本棚を当てもなく見ていくのが私の本の探し方だった。


「郷土資料?」


 たまたま私の目にその文字が映った。図書館の一番端に設けられたそのコーナーには、地元に関する資料の本が並んでいた。


「へえ。界隈町の歴史かあ」


 私はその資料を手に取り、ページをめくっていく。界隈町の名前の由来や町の発展がその本には記されていた。


 界隈町の歴史は長かった。なんと七世紀頃から町の記録が残っていると言う。そして、古来よりその界隈町で信仰されていた神の名の記述があった。


「······尊楽能猫神?」


 私はその神の名前から何故か目を離せなかった。遥か昔から界隈町の人々が崇めていた神。


 私はその時、あの猫髭を生やした地主神の屈強な顔を思い出した。まさか。この本に書かれている「尊楽能猫神」ってあの失礼な地主神の名前なのかしら?


 その時、胸ポケットに入れていたスマホが振動した。それは、社長の権蔵さんからのラインメッセージだった。


 メッセージには、小夜子さんが怪我をしたと書かれていた。


 


 


 


 

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