第13話 地主神が駄目なら地場霊を説得

「同じ職場の男に片想い歴四年半?その間、具体的なアプローチも無し?純情通り越してキモいわぁ」


 私は北欧のアンティークテーブルに置かれたコーヒカップを口に運びながら、髪を赤く染めた女に容赦無い言葉を浴びせられていた


 ここは界隈町商店街にある喫茶店「程々」

アンティーク調で統一された店内は、広くはないがとても落ち着く。


 脱サラした店主が営んでおり、私は大手有名カフェがいいと言うこの赤い髪の女を説得してこの「程々」に来店した。


 私は日々の生活の買い物、飲食をなるべくこの界隈町商店街で済ませると決めていた。微々たる金額だが、私のお財布から出したお金が界隈商店内を回ると思えば役に立てて嬉しい。


「あーあー。二月限定のロイヤルマロンフラペチーノ飲みたかったのになー」


「ちょっと小夏!声大きいわよ!店主さんに聞こえるでしょう!!」


 私は小声で赤い髪の女、小夏を嗜める。すると、ちょび髭に白いワイシャツ姿の店主さんが私達のテーブルにやって来た。


「これはサービスです。良かったら召し上がって下さい」


 四十代半ばに見える店主さんは、笑顔で手作りと言うかりんとうをテーブルの上に置いてくれた。


「わー。店主さん。ありがとう。今度一緒にマロンフラペチーノ飲みに行きませんか?」


 無邪気に誘う小夏。店主さんは笑顔で私に会釈をしてカウンターに戻って行った。


 喫茶店で他店の飲み物を飲みたいと問題発言し、その喫茶店の店主さんを他店に誘う。


 全く持ってこの赤い髪の女はどんな神経をしているのか?私はありがたくかりんとうを頂きながら憤慨する。


「ふさよ。アンタは考え過ぎなのよ。さっきの誘いだって店主さんが嫌だったら断るだけだし。私はそれを受け入れる。それだけの話

よ」


 小夏はかりんとうを指でつつきながら私に説教をする。


 なんでこんないい加減な性格の小夏と私は友人関係を続けているのか。小夏との出会いは大学生の時だった。


 講義とバイトに忙殺される日々の中でも、それが途切れる時があった。小夏は何故かその隙間時間に私の前によく現れた。


「うわあ。アンタ、幸薄い女って感じだね」


 初対面の時、この赤髪女は私にそう言った

。なんて失礼な奴だと思った筈なのに、何故か小夏は友人と呼べる存在になってしまった


 何かそのきっかけになる言葉を小夏に言われた様な気がする。けど、それが思い出せない。


 やはり決め手は共通の趣味だろうか。私と小夏は、偶然にも超マイナーロックバンド「へべれケーズ」のファンだったのだ。


 へべれケーズのメンバーは全員髪の毛を赤く染めており、小夏のこの赤髪もそれを真似た物だ。


 へべれケーズは地を這う様なマイナーバンドだが、私に言わせればその魅力を気づかない世間がおかしい。


 この意見に小夏は唯一私に同意していた。

その魅力とは······いや。違う。今はそれどころではないのだ。


 小夏は私と違い、大学卒業後大企業に就職した。システムエンジニアとして二年間働いた後、小夏は人も羨む大企業を辞めた。


 本人曰く「あのまま勤めていたら人間じゃなくなる」と過酷な労働時間に辟易したらしい。


 以降、小夏はデータ入力の打ち込みバイトを細々と続けて生活していた。稼ぐのは最低限の生活費だけ。


 後は寝て過ごすのが小夏の趣味だった。こんな髪の毛の色が派手な小夏だったが、何故か昔から存在感が異様に薄かった。


 この珈琲店「程々」に入店した時も、店主さんが持って来てくれたお冷とおしぼりは一つだけだった。


 「すいません。お冷をもう一つ頂けますか

?」小夏とお店に入ると、何時もそう言う役回りを私はさせられていた。


 そしてこの小夏は飲食店で一切注文をしない。口を開けば「喉乾いてない」「お腹空いてない」とお店を挑発するが如くの発言を繰り返してきた。


 そして何故だろうか。私達がお店の中で会話すると、何時も周囲からの怪訝な視線を感じるのだ。


 まあ、この赤い髪の小夏が人目を集めているのかもしれない。髪の色は派手だが眉目秀麗と言っていい顔立ちをしている。


 私はそんな友人に、重要な打ち明け話をする事を決めていた。


 不方さんが地場霊に呪いにをかけられた事

。そして「理の外の存在」や地主神の事。私は笑われるのを覚悟して小夏に全て話した。


「······どう思う?どうすればいいと思う?」


 私の質問に、小夏はきょとんとした表情のままだった。意外にもこの赤髪女は私の話を嘲笑する事はしなかった。


「なんかよく分かんないけど。その地主神ってのが駄目なら、地場霊ってのを説得するしかないんじゃない?」


 小夏のこの何気ない一言に、私は頭を鈍器で殴られた気がした。そうよ。そうだわ!!

あの猫髭を生やした地主神が動いてくれないなら、不方さんに呪いをかけた張本人の地場霊に掛け合えばいいのよ!!


「ありがとう!小夏!またね!!」


 私は自分の珈琲代をテーブルに置き、急いで店を出た。木枯らしが吹く界隈商店街を走る私の頭の中に、綺麗な声が聞こえたのはその時だった。


『ふさよちゃん。不方泰山君に呪いをかけた地場霊は「またたび商店」周辺を根城にしているわ』


 それは「理の外の存在」正規雇用者の玲奈の声だった。私は心の中で玲奈に問いかける


『玲奈。どうすればいい?どうすれば地場霊に会える?』

 

『······ふさよちゃん。前にも言ったけど。私と接点を持つ時点で貴方は私達組織側に近い人間なの。貴方は更にこの界隈町の地主神とも顔を合わせた。気付いてないかもしれないけど、それは凄い事なのよ。貴方は確実に私達組織側に近付いているの。そんなふさよちゃんなら地場霊に会うことも可能だわ』


 玲奈がそこ迄言うと、私は彼女から何か気後れするような雰囲気を感じた。


『······でもね。ふさよちゃん。地場霊は危険な存在なの。一歩間違えば、貴方は地場霊側に取り込まれる可能性もあるのよ』


 ······取り込まれる?それって。つまり私が地場霊になってしまうって事?私は胸の辺りに小さな恐怖感を覚えた。


 ······でも。誰かが不方さんの呪いを何とかしないと。不方さんが強制わいせつ罪で捕まってしまう!!


『······玲奈。私やってみるわ。地場霊と会ってみる』


 私が玲奈に決意を表明した。玲奈は地場霊に相対するに当たっていくつかの注意事項を私に伝えた。


 それを聞き終えた頃、丁度「またたび商店」に辿り着いた。私は深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせる。


 そして、玲奈に教えて貰った事を実行する為に誰も居ない商店街の通りに声をかける。


「······現し世の境と狭間に存在する者よ。我が呼びかけに応じよ」


 私は玲奈から教授された言葉を一言一句違えず復唱した。暫く何も起きなかったが、私の前に黒い靄の様な物が現れた。


 黒い靄は時間と共にその色を濃くしていき

、靄は形を変えて行く。私の全身に悪寒が走る。それは、人の形をした闇だった。


 ······全てを闇に引きずり込む。それが、目の前に現れた地場霊へ抱いた印象だった。


 


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