第12話 乳児プレイフレンドを賭けて
一月が終わり、一年の中で最も寒い二月に入った。私が住む界隈町にも身も凍る冷たい風が吹いてくる。
早朝、私は「またたび商店」の裏手にいた。私が勝手に「猫神様」と名付けている古びた祠を掃除する。
祠の周囲の雑草もいつもより多く刈り取り
、近所で摘んだ花とお供え物の鰹節まで置いた。
私は祠の前に座り込み、両手を合わせてこの界隈町の地主神にお祈りをする。すると、朝散歩をしていた白猫のミケランジェロが私の膝に乗ってきた。
私はミケランジェロをホッカイロ代わりにして両目を閉じる。お願い。地主神様。
ちょっとそのお姿を見せて私の愚痴。い、いや違うわ。お話を聞いて下さりませんか?昨晩は大変だったんですよ。
部屋に乱入して来た稲荷兄妹を無理やり外に追い出して、かつ不方さんと乳児プレイを続行したんです。
乳児プレイも三度目になると······い、いや
。その話はいいわ。ともかく。
今日から一体どんな顔をして稲荷兄妹と顔を合わせればいいんですか?これもそれも、どれもあれも、皆迷惑な地場霊が不方さんに呪いをかけたせいなんです。
地主神様。その呪いを解けるのにちょいと協力してくれてもいいじゃないですか?私は寒さで鼻水を出しながら、必死に石碑に願いをかける。
だが祠は沈黙を守り、聞こえるのは自分の鼻をすする音だけだった。
「ちょっと!ずっと無視するつもり!?少しは人の話を聞いてくれてもいいんじゃない!
?」
私は猛然と立ち上がり、祠を睨みつける。ミケランジェロが慌てて地面に着地する。すると、私の視界の端に人影が映った。
「······金梨さん?」
私の名を呼んだのは、スーツの上にコートを着た稲荷孝さんだった。そして孝さんは一人では無かった。
ピンク色のコート姿の稲荷果歩ちゃんが神妙な面持ちで立っていた。二人はこの「またたび商店」に立ち寄った際、店の裏手から聞こえた私の大声を聞いてやって来たらしい。
うう。昨日の今日で稲荷兄妹と会うなんて気まず過ぎるわ。孝さんと果歩ちゃんの目的は薄々分かる。
兄妹は出勤前に昨晩の私と不方さんの乳児プレイの真相を確かめに来たのだろう。私が立ちすくんでいると、背後から枯葉を踏む音がした。
「······金梨さん。稲荷?果歩ちゃんも」
それは、箒と塵取りを持った不方さんだった。な、なんで不方さんがここに?期せずして四人が揃い、私は更に動揺する。
「······不方。金梨さん。今朝は言いたい事があって来たんだ。二人が付き合っていたとしても、俺は······俺は!!」
孝さんが身を乗り出して叫ぶ。あ、朝から何を言い出す気なの稲荷さん!?
「稲荷?お前何を言っているんだ?」
不方さんが怪訝な表情で稲荷孝さんに問いかける。
「え?だ、だから。ふ、不方。お前と金梨さんは付き合っているんだろ?」
「いや?付き合ってないけど?」
不方さんの即答に、稲荷兄妹は大口を開けて固まる。そして孝さんの握っていた拳が震えていた。
「······そうか。全部分かったよ。二人は。金梨さんと不方は······」
稲荷孝さんの拳の震えは彼の全身に伝わり
、その両目には強い意志を思わせる光が宿った様に見えた。
な、何?稲荷さん?何を言い出す気?さっきから私、嫌な予感しかしないんですけど?
「二人は乳児プレイフレンド!!略して幼フレなんだな!!」
稲荷孝さんの断定に、私は口から唾を吹き出した。信用金庫勤務の大誤解男は更に畳み掛ける。
「不方!!俺は目が覚めたよ!これからはもう自分の気持ちを隠さない!俺は金梨さんが好きだ!金梨さんの幼フレの座は必ず俺が奪ってみせる!!いや!みせまちゅー!!」
兄がそう叫ぶと、妹も間髪入れず続く。
「わ、私だって!不方さんの事が好きなんだか!!幼フレの相手は金梨さんに譲らないから!!ううん。譲りまちぇん!!」
徹頭徹尾大誤解をしたまま、稲荷兄妹はそう宣言して各々の職場へ去って行った。残されたのは、両手で頭を抱える私と無言の不方さんだった。
「······何を言ってたんだ?あの二人」
不方さんはそう言うと、持っていた箒と塵取りで裏庭の掃除を始めた。
「ふ、不方さん。どうしてお店の裏庭の掃除をするんですか?」
私が問いかけると、不方さんは細い髪質の頭を指で掻きながら私を見る。
「······金梨さん。たまにこの裏庭を掃除しているでしょう?俺も金梨さんを見習おうと思って」
え?わ、私を?い、いえいえ。そんな褒められる程の事では無いですよ。不方さんは続ける。
最近はこの界隈町の有志で行われる町内会の掃除ボランティアにも参加していると言う
。
この前の休日、不方さんが朝早く出かけたのはそのボランティアだったそうだ。
「······あと二ヶ月だけど。この「またたび商店」に少しでも恩返しがしたいんだ。小さい事だけど、金梨さんのおかげで掃除って方法が思いついたんだ」
······不方さんはそう言うと、黙々と裏庭の掃除を続ける。不方さんは無愛想で分かりにくいけど、この「またたび商店」に愛情をしっかり持っている人なんだ。
私はなんだか胸の中が温かくなり、お店の営業時間まで私達二人は掃除を続けた。祠の側に立っていたミケランジェロは、そんな私達を欠伸をしながら見つめていた。
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