第10話 目撃された乳児プレイ

 大仏と名乗った鯨信用金庫の男性に、私は一瞬怯んでしまった。おそらくさっきお弁当を買って帰った稲荷孝さんの上司だろう。


「は、はい。少々お待ち下さい」


 私は猫の刺繍入りエプロンのポケットからスマホを取り出し権蔵社長に電話する。社長は今日店に出ていないが、きっと店の二階にある自宅にいる筈だ。


 電話が繋がり、私は手短に権蔵さんに用件を伝える。すると、程なくして杖をつきながら社長が姿を見せた。


「おお。大仏さん。今日はどうしましたか

?」


 笑顔の権蔵さんに、大仏さんは腰を折り突然頭を下げた。


「社長。融資の件。私の力が至らず申し訳ございませんでした」


 突然の謝罪の光景に、私は両手を口に当て

立ち尽くす。権蔵さんが慌てて大仏さんに駆け寄る。


「頭を上げて下さい。大仏さん。こんな小さな商店の融資を検討して下さっただけでありがたいですよ」


 大仏さんは沈痛な表情で社長と二言三言会話を交わす。私は居心地が悪くなり蔵(バックヤード)に移動する。


 すると、そこに立っていた不方さんが社長と大仏さんのやり取りを見ていた。


「······稲荷に聞いた話だと、あの大仏さんは融資担当課長らしい。社長が申し込んだ融資を上層部に掛け合ってくれたらしいよ」


 え?そ、そうなの?じゃ、じゃあ。あの大仏さんはこの「またたび商店」の為に動いてくれた人なんだ。


 不方さんが稲荷さんに聞いた話の続きによると、信用金庫の上層部はこのまたたび商店の将来性に明るい材料が無いと判断したと言う。


 ······途端に私の胸の中で軋む音がする。理解しているつもりでも、この「またたび商店」があと二ヶ月で閉店すると思うとどう仕様も無く悲しくなる。


「······その。金梨さん」


 高確率で悲壮な表情をしていた私に、不方さんが躊躇いがちな声色で話かけてくる。


「この前はごめん。言い方が悪かった。金梨さんがこの店を大事にしている事は分かっているから」


 不方さんはそう言うと、そそくさと蔵から店内に歩いて行った。その後ろ姿を見送りながら、私の頭の中で(何故か)お祭りの掛け声が木霊してくる。


 ワッショイ!ワッショイ!祭りだ祭りだ!

!ひゃっほーっ!!


 的な意味不明なテンションが私の脳内を満たして行く。好きな人に分かって貰えた。ううん。分かって貰えていた。


 小さな事実だけど、それは私にとって途轍もないくらいに大きな出来事だった。この幸せな喜びがあれば、今夜の乳児プレイも乗り越えられる気がする!


 ······そして夜が来た。不方さんが自分の部屋に帰宅した瞬間、不方さんの額に痣が浮き出て呪いは発動する。


 不方さんが部屋に入った瞬間、私は「理の外の存在」に所属する玲奈によって隣の部屋に移動させられる。


「ふさちゃんー。寂しかったでちゅかー?」


 何時もの仏頂面を宇宙の彼方へ捨て去り、満面の笑顔で不方さんは私を抱きしめる。く

、くう。三度目の乳児プレイとは言え、片想いの人に抱かれるのは一向に慣れない。


 三度目になると私はこの乳児プレイの段取りを理解する様になった。先ずは哺乳瓶による粉ミルクの食事だ。


 私はブランケットの上に仰向けになり、不方さんが台所でミルクの用意をするのは大人しく待っていた。


 ······落ち着いて。落ち着くのよ!ふさよ。もう今夜で三度目なんだから。やる事(乳児プレイ)は分かっているわ。


 後はひたすら恥ずかしさに耐え忍ぶだけよ


「ふさちゃんー。マンマ出来まちたよー」


 不方さんが哺乳瓶を自分の頬に当てながらやって来た。そして床に座り、あぐらをかいた膝に私の頭を優しく乗せる。


 さ、さあ!第一関門のミルクプレイよ!これは大して問題無いわ。ただ哺乳瓶の中の粉ミルクを空にすればいいんだから!


 私が哺乳瓶のチクビをくわえ、ミルクプレイが始まった時だった。


 ガチャン。


 何かの音が響いた。私は不方さんとのこれから始まる幼児プレイに全神経を注いでいた為、それが玄関の扉を開く音だと直ぐに気付かなかった。


「不方ー!聞いてくれよぉー。金梨さんが中々誘いに乗ってくれないんだよー。俺今酔ってるからノックしないで入って来ちゃったよー」


 不方さんの部屋に突然侵入して来たのは、頬を赤く染めた稲荷孝さんだった。稲荷さんと目が合った瞬間、私は口からミルクを派手に吹き出した。



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