閑話 とある男の話

 ある時、俺は魔族の住み着いている草原へ、狩りに出た。

 各地で勇者様が活躍し、魔族を次々に倒していると、話が聞こえ始めてから一年位経った頃だ。

 対抗意識で言うのではないが、俺だって、魔族を倒したことくらいある。

 だから、この草原で仮に魔族と出くわしても、勝つ自信があった。

 いつも通りに、野生動物を狩り、帰路きろにつこうという時、目の前に魔族が居た。

 魔族を殺したら、皆認めてくれる。

 そう言う下心も手伝い、魔族と戦ったが、負けてしまった。ああ。ボロ負けだ。

 最初の一撃で、こちらの武器は破壊され、俺は攻撃を懸命に避けていたが、魔族は愉悦に浸った表情で、恐らく、俺で遊んでいたのだろう。

 もう、体力も底を尽き、岩を背に、もたれかかって立つのがやっとと言う状況。

 魔族も飽きたのか、とどめを刺しに来た。

 しかし、その凶刃きょうじんは心臓に届くことなく、くうで止まっている。

 一人の女性が魔族の腕を掴んで、止めていたのだ。

 あっ、と言う間だった。

 流れるような剣さばきで、魔族の反撃さえ利用して、すぐに終わった。

 魔族が光となって消えていく中、鞘に剣を収めた女性に手を差し伸べられた。

 美しい白髪はくはつらして、その女性は優しく微笑ほほえんでくれた。

「よく耐えたね。怪我は無いか。そうか、ん。これは、かすり傷だね。ちょっと待ってて」

 俗に言う、一目惚ひとめぼれと言うやつだった。その姿に、息をするのを忘れていたほどだ。

 その女性はその場で薬草をペースト状にし、大きな葉に塗りたくったものを傷口に貼ってくれた。調合が上手なのか、貼った後みる事は無く、寧ろ痛みは引いていく。

 噂にしか聞いていなかったが、もうわかっている。

 目の前のこの女性が、各地で魔族を倒して回っている、勇者、カミリヤだ。

 旅立ちの時は、腕の立つ兵士を数人付けて送り出したとの事だったが、今は別行動をしているのだろうか。

 辺りも暗くなってきていたので、お礼にと、村に招待した。

 知り合いの宿屋にお願いし、カミリヤさんの部屋を取って貰い、別れる。

 勇者が来たと言う話は、夜だというのに、あっという間に広まり、朝には村人全員が知っていた。

 朝一で村長が村人を助けたお礼がしたいと言うことで、カミリヤさんを村長宅へ連れて行ってしまった。

 村長から解放されたカミリヤさんは集まっていた村人に向かって、今日一日ゆっくりさせてもらう、とお礼も言った。

 その後、話す機会があり、旅の仲間の事を聞いた。

 戦いに付いて行けないと逃げる者が数名、戦いの中で傷を負って離脱した者が数名。

 そして、カミリヤさんに戦い方や心構えを教えてくれた、第二の親のような存在、最後まで一緒に戦った元兵団長は、四天王の一人と戦い、討ち死にしたという。

 俺は、ちょっとした好奇心で聞いたことを詫びた。


 その次の日も、さらに次の日も、カミリヤさんは村に留まった。

 村長が呼び留めているらしい。

 用心棒として、飼殺すつもりだろうか。

 俺は申し訳なくなり、カミリヤさんを夜、皆が寝静まったころに村の外へ連れ出す。

「すみません。俺の所為で、余計な時間取らせてしまって。村長の事は、俺が何とかします」

「違うの。村長さんの言っていた問題を解決するためには、どうすればいいのか考えていたの」

「だから、それは、俺が強くなれば、それで良いんです」

 カミリヤさんは世界の希望だ。小さな村のために勇者を足止めするなんて、許されない。

「ん、わかった。今晩、君を鍛える。そうすれば、私は何の憂いも無く、旅を続けられる」

 それで良い? と俺に聞いてきた。

 俺はもちろん、その申し出を有り難く受ける。

 カミリヤさんは厳しかった。それは無理のないことだ。たった数時間で、俺を強く仕上げようとしたのだから。

 俺は期待に応えられるように、必死について行った。

 そして、朝陽が昇る頃、ボロボロの傷だらけの俺は、布団に倒れ込んだ。

 強くなった実感がある。カミリヤさんは、これで、何の心配も無く旅を続けられるのだ。

 ホントはもっと一緒にいたかった。もっといろいろなことを話したかった。

 俺の失恋など、些細なことだ。誰にも知られずに、俺の初恋は終わった。


 だけど、俺はいつか、今よりももっと強くなって、カミリヤさんの元へ駆けつけるんだ。もっともっと強くなって、あの人の役に立てるようになった時にはきっと!


 その為には、他の人達にも協力してもらい、俺が強くなると共に、この村の防衛力を高めないといけない。

 村長の説得からだな。

 よし、頑張る。




 死んだ。

 死ぬときはあっさり死ぬんだな。

 かなり実力をつけたと思っていたけど、あれだ、チョー強い魔族に会ってしまった。

 カミリヤさんの噂を聞くに、もう、魔族の城に乗り込む秒読み段階だったから、焦ってしまった。

 死ぬと、眠った状態がずーっと続くもんだと思ってたけど、違うみたいだ。

 何とも言えない、不思議な空間が目の前に広がっていた。

 目の前に美しい女性が現れた。もしかして、女神様?

 何ですか。感動が薄い? 確かに美しいとは思いますが、カミリヤさんに一目惚れしてしまっているので、あまり……。

 あ。女神様もべた惚れなのですね。神様も同性愛に目覚めるのですね。え? 違う? 母性、ですか。そう言うことにしておきます。

 それで、その同性愛の女神様は俺に何の用ですか?

 あ。俺って、転生させられるのですか。問答無用に。しかも違う世界に。

 え? いつか、カミリヤの力になってくださいね、ってどういうことですかもしかしてカミリヤさんも同じ世界にいずれ来ると言うことですかそれなら俺は喜んで転生しますよやっほうそれでいつどのくらいの時に会えるのですかね俺としては――




 俺は今、一人悶えている。

 三十を過ぎ、夫婦仲は円満、息子と娘は順調に育ち、実力が認められ、冒険者ギルドの役職も貰えた。人生絶好調! って時に、だ。

 夜、いつもの通りに眠ったら、妙な夢を見た。それで、思い出した。

 前世の記憶を思い出したんだ。

 三十数年前、おぎゃあとこの世に生を受け、今の今まで、前世の事など全く思い出しもしなかったのに、今日、急に、全て思い出してしまった。

 この世界での初恋は今の妻だ。子供たちの事も愛している! それに嘘偽りは全くない!

 しかし、前世の初恋を思い出してしまった! あの人のために頑張りたいという、熱い思いも蘇ってしまった!

 タイミング悪すぎる! どうして今なんだ!? もっと早く思い出していればあぁぁぁぁぁっ。絶対、あの女神の仕業だっ。そうとしか思えない。

 そして、この気持ちを抱えたまま、いったい妻とどう接すればいいのだ? わからない。突然すぎて、気持ちの整理も付かない。


 結局、妻にはすべて話ました。

 だって、そのまま黙ってすごすの、罪悪感が半端ないから。妻としては複雑な心境になるのだろうな、と思っていたのに、落ち着いている。

 すべてを許してくれた。ありがとう、妻よ。この世界で一番愛してる!


「大丈夫よ、アナタ。きっと疲れているのね。大丈夫。異世界から転生したのね。よく頑張ったわね。偉い偉い。今日はお仕事お休みにして、ゆっくり眠ってね」


 …………あれっ?




 あれから更に数年経ち、ある日のこと。

 ヴィンデと言う職員が大騒ぎして、俺を呼ぶ。

「ギルドマスター、大変です!」

 俺も、昇進し、ギルドマスターとなった。

 このヴィンデと言う職員、うちの娘と同じくらいの年で、なんだかんだ放って置けない。

 うちの娘もよそで、こんな風に迷惑かけてるのかな、と思うと、微笑ましくもある。

 大変だというので、さっそく話を聞く。うわっ、これは大変だ。

 エンシェントドラゴンの鱗じゃないか。俺も見るのは初めてだ。間違ってないよな? 図鑑で確認しよう。……間違いないな。

「しかし、なんで突然?」

 ここ最近、討伐隊が組まれたという話は聞かないぞ。

 そんな大物ならば、噂にならない訳がない。

 え? 持ってきたのは小さな女の子? 身寄りも無く、は? 冒険者登録もしてない? なんでそんな子が持ってくるわけ?

 俺は鑑定眼の力を使い、窓越しからその子を見る。

 すべてアンノウンと表示された。俺の鑑定眼で測りきれない能力だと? 今までそんなことはなかったぞ。

 ちょうど、他の冒険者と話していて後頭部しか見えていなかったのが、見えた。顔が見えた!

 心を撃ち抜かれたような気がした。この感じ、どこかで……?

 いや、けして、俺はロリコンではない。幼女にときめくなんてそんな……。めっちゃドキドキする。ナニコレ?

 俺は妻子持ちのノンケの異常性癖の無い、一般的な男だ。なのに、ときめいてしまうなんて、何か理由があるはずだ。

 一生懸命、理由を求めて、その幼女を観察する。

 ヴィンデからは、ごみを見るような視線を送られている気がするが、そんなことを気にする余裕もない!

 そうして、たっぷり、たーっぷり悩み、一つの結論が出る。


 あ。あの子、カミリヤさんだ。間違いない。


 俺の古い記憶を掘り返し、前世の記憶をたどる。カミリヤさんの顔をしっかりと思い出し、それを幼くする。具体的には八歳くらいにイメージすると、今、受付で他の冒険者たちに怯えた表情を見せる幼女と同じになった。

 このころから、美人になると確信できるほど、可愛らしい幼女だったのですね。あ、怯えた顔も可愛い。いや、いかんいかん。

「いいか、ヴィンデ。あの子が、他の町へ行ってしまわないように、保護するのだ。知られてはまずい事情があるのかもしれん。深く探らずに、ギルドの特権を駆使して、留まらせるのだ」

 カミリヤさん。今の俺の地位はきっとあなたのお役に立てるはずです。あの時の恩を今、きっと報いてみせます!!

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異世界勇者のその後は割と大変 不屈の秋刀魚 @hukutsunosanma

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