第3話 精霊さん
依頼の薬草ですが、一つは川の中、もう一つはとある洞窟の中で、洞窟は初めてなので、最初に水草の方を取りに行きました。
川の中を見つめながら歩くこと一時間、ようやく見つける事ができました。
見つける事ができました! 見つける事ができただけです。生えている場所が深いです! 私は泳げないのですよ。
何か良い方法が無いでしょうか?
あ、そうだ。ツバキ。ツバキは泳げますか?
ふむふむ、泳げるけど、あ。そうですね。薬草を取ってこられないですね。無茶を言ってすみません。
私が悩んでいると、ツバキが川の中に入りました。
そして、前足を岸に乗せ、身体は水に浸かっている状態になりました。後ろ足は川底についているようです。
なるほど、私がツバキを
自分の身長よりも深く、流れもある水に恐怖を感じながらも、覚悟を決め、ツバキにしがみつき、川底まで行き、なんとか薬草採取に成功しました。
おかげさまで私もツバキもずぶ
しかし、急がなければ、今日中に村へ帰れないので、そのまま洞窟を目指します。
そうして洞窟についたのですが、少し後悔です。
その洞窟は、中が雪山のように寒く、壁も天井も、もちろん地面も凍り付いていました。
こうしたことは、このような深い森ではよくあることです。木、と言うのは魔力を貯め込みやすく、それが集まり、森となれば、貯め込んだ魔力は地面や空気を伝い、循環し始めます。そういった魔力循環が行われているため、魔物や魔獣が生まれやすく、住みやすくなっているのです。
そうして、その魔力循環の吹き溜まりと言いましょうか。魔力が留まってしまう場所が所々にありまして、そう言うところは異常に植物が生育していたり、常に雷雲を呼び寄せてしまったり、溶岩が噴出しやすくなっていたりするのです。
この洞窟は魔力と洞窟の鉱物が反応したのか、熱を奪う方向に異常が起きたのでしょう。
そう言った場所なので、その洞窟に入りさえしなければ、寒くはありません。
しかし、用事があるのは、その洞窟の中であり、洞窟に入らねばなりません。
今の状態で入れば間違いなく、凍え死んでしまいます。
取り敢えず、服を乾かしましょう。
落ちている枝を集め、
ツバキはいつもの様に狩りに行きました。そうですね。もう、今日中に村へ帰ることは出来ないので、夕食の準備をしておいた方が良いです。
枝を集め終えたので、火を点けます。
ここは魔力が留まる場所ですから、精霊さんが集まりやすいです。精霊魔法もスムーズにいくでしょう。
そう思い、精霊魔法を使おうとしたら、真っ赤なトカゲさんがひょっこりと草影から出てきました。
魔獣かと思いましたが、違います。高位の精霊、サラマンダーです。
私の魔力に反応してこちらに来たようですね。くりくりしたお目目でこちらを見ています。可愛いです。
私が、おいで、と手招きすると、サラマンダーさんは嬉しそうに近寄り、私の手の中に納まりました。
手の中がじんわりと暖かいです。
私のマルチエレメントのアビリティが発動し、髪の色も赤色になると、私の魔力は火の精霊さんにあう魔力の質に変化します。
サラマンダーさんにその魔力を渡すと、それを美味しそうに平らげ、お礼に焚火に火をつけてもらえます。
私が焚火で温まっていると、ツバキが帰ってきました。
ツバキはサラマンダーさんが見えているようで、私の隣に居るトカゲを不思議そうに見ています。
サラマンダーさんはその視線に居心地が悪くなったのか、それとも、もう、魔力が貰えないとわかったのか、私の元から離れていきました。
さて、そろそろ温まりました。
ツバキはまだ少し濡れていますね。枝を追加しておくので、存分に温まってください。
私が薬草を採りに行っている間、この場を見張っておいてくださいね。
私は必要最低限のものを身に着け、洞窟へ行きます。
すると、先程のサラマンダーさんが洞窟に吸い寄せられていくのが見えました。
精霊さんは魔力が大好きですからね。この洞窟はとても
しかし、火の精霊さんと、この洞窟は相性最悪のはずです。
急いでサラマンダーさんの後を追いました。
案の定、サラマンダーさんは入り口から少し奥へ行ったとこで、丸まっています。
拾い上げて保護しました。
しかし、私の体温もすぐに洞窟の魔力によって吸収されてしまい、寒さに震え始めます。
このままでは、薬草を探すどころではありません。
あ。そうだ。
マルチエレメントを発動させ、サラマンダーさんに魔力を送ります。
回復したサラマンダーさんは暖かさを取り戻しました。
「私も寒くて凍えてしまいます。温めてもらえますか?」
と、魔力を追加で渡したら、薄く柔らかい炎で体を
熱くはありません。洞窟に奪われる分だけ発熱しています。
一応解決ですが、サラマンダーさんと私、二人分の熱量を供給し続けるので、魔力がいつまでもつか……。急いだ方が良さげですね。
幸い、この洞窟はそこまで奥行きが無いようです。すぐに、薬草を見つけられました。
この恐怖の森の中でも、この洞窟でしか発見されていない薬草です。特別、魔力が必要な植物なのでしょうか。
すぐに回収したつもりですが、この洞窟の主に見つかってしまいました。
身長2mを越えた二足歩行、身体は灰色の毛が全身に生え、人間の比率と比べ長い手足は、しかし、がっしりとした筋肉で覆われており、胸筋や腹筋はその体毛の上からでも十分すぎるほど発達しているのが分かります。
グロウスフースと呼ばれる魔物でした。
自身のテリトリーを侵された、とグロウスフースが私にとびかかります。
私は手に持っていた薬草を落とし、その長い腕を掴んで後ろの壁に叩きつけました。
その後で、落とした薬草を袋に入れます。
初代勇者様おかげで、私の認識と実際の能力のズレが少なく調整できたので、それに合った戦い方にシフトします。
しかし、その所為で、少し大雑把になったのか、反撃を食らっていますね。
腕をつかんだときに、左手を凍らされてしまいました。
サラマンダーさんに魔力を渡し、溶かしましたが、凍ったせいで感覚が鈍くなり、元に戻るまでもうしばらくかかりそうです。
反撃など、喰らうはずのない捌き方だったはずですが……?
取り敢えず、サラマンダーさんが振り落とされないように、肩に置くと、髪の毛の中に潜りました。
確かに、その方が良いですね。
それで気付いたことがあります。
グロウスフースの灰色の体毛に、白い何かが紛れています。
それは小さな雪だるま。なるほど、あれは、ファザーフロスト。氷属性の高位の精霊さんですね。サラマンダーさんよりは見劣りしますが、それでも、実体を持つので、すごい精霊さんなのです。
ここが魔力の吹き溜まりだからでしょうね。精霊さんが集まりやすいのです。
厄介なことに、この洞窟の環境とファザーフロストさんの相性はすこぶる良いことが予想されます。サラマンダーさんの方がより高位なのですが、その優位性が完全になくなってしまいます。むしろ、あちらの方が優位ともいえます。
体勢を立て直したグロウスフースがこちらへ向かってきます。
剣を抜き、斬りつけますが、精霊魔法によって刃の部分が凍らされ、ただただ、棒を叩きつけるだけになってしまいます。いま、左手は使い物にならず、右手だけで剣を持っていることも原因の一つですね。
ここに来て、初代勇者様との戦闘で消費した魔力や体力が、影響を与えます。
今の私の全力なら、棒を振るだけでやっつけられたでしょう。そもそも、精霊魔法を使われる前に対処していたはずです。
しかし、疲れから、判断が鈍り、腕の振りもいまひとつ、常にサラマンダーさんに魔力を供給しているのもあって、本来の一割も力を出せていません。
せめて、剣を封じられていなければ、まともなダメージを与えられるのですが……。
「サラマンダーさん。あとどのくらい出力に余裕がありますか?」
……、ふむ。仕方がありません。短期決戦です。
私の纏っている炎のベールを解き、なるべく多くの魔力をサラマンダーさんに受け渡します。
握っている剣に火が宿り、氷が解けて、芯からどんどん赤くなっていきました。
「てい、やー」
と、私は掛け声と共に斬りかかります。
やはり、ファザーフロストさんに剣を凍らされてしまいそうになりますが、サラマンダーさんの熱と相殺され、凍ることはありませんでした。
通常の剣ならば、温度変化に耐えきれず、砕けていたでしょう。しかし、初代勇者様から頂いたこの剣は聖剣相当の特殊な剣。急激に冷やされ、通常の鉄色になっても、
グロウスフースがただ黙ってやられるわけも無く、当然反撃してきます。
私は この戦い方が一番合っていますね、と
剣はグロウスフースの腕を浅く斬り、その勢いを殺さずに、寧ろ加速させ、私の身体を軸に一回転し、再びグロウスフースを斬りつけます。
その間にも剣を凍らせてくるので、サラマンダーさんに魔力を渡し続け、防ぎます。
何度も斬りつける度に、加速していく剣。当然反撃がきますが、その反撃よりも速い攻撃で防ぎきります。
次第に剣身が赤くなっていきます。
これはグロウスフースが弱ってきた事により、ファザーフロストさんに供給する魔力が減ってきた事を意味します。生み出す冷気を、サラマンダーさんの火力が上回ったのです。
ついには燃え盛る剣と化した私の剣によって、グロウスフースは両断されました。
きらきらと消えてゆくグロウスフース。
ファザーフロストさんがちょこんと、その場に残っていました。
グロウスフースの魔石は回収します。
さて、障害は無くなりましたし、目的も果たしました。
帰りましょう。ファザーフロストさんは元々、この洞窟に適応していますし、放って置いても大丈夫でしょう。
ガタガタと、体が震えてきました。炎のベールを無くしたままでしたね。
再びお願いし、温まったところで、出口に向かいました。
体力も絞り出した感じですし、魔力も使い過ぎましたね。少し、歩く足がふらふらします。
そして、洞窟を出たところで、ぷつり、と意識を失ってしまいました。
目を覚ますと、頭に何やら柔らかいものが敷かれています。
ああ、ツバキの尻尾ですかね。ふかふかでぽかぽか暖かく、心地よくて好きです。
もっと堪能しようとした時、気付きました。
あれっ? もふもふじゃない……? むしろ、すべすべ? それでいてふかふかと柔らかく、人肌のような温かさもあります。
一気に目が覚めました。
目を開けた時に視界に入ったのは、にこにこと私の頭を撫でている赤髪……いえ、灼髪と呼ぶのが相応しいでしょうか。鉄が燃えた赤を
「…………おはようございます」
「あら、おはよう」
私は何と反応したらよいか、取り敢えず、あいさつしたところ、にこやかに返されました。
いつまでもこの体勢は気恥ずかしいので、起き上がろうとしたのですが、頭を撫でている手に押さえつけられて、起き上がれません!
助けを求め、ツバキに視線を送りますが、お利口さんにお座りをしていて、私の訴えに首を傾げるのみでした。く、やっぱり視線だけでは伝わりませんね。
「貴女には、お礼を言わなくてはなりません」
その女性がそんなことを口にします。
でしたら、解放してもらいたいのですが。
「まだ、そこまで元気が出ないでしょ? 大人しくこうされてなさい」
優しい微笑みで、有無を言わさず、膝枕を続行する彼女。
確かに、撫でられるたびに、どんどん疲れが抜けていくような感じがあります。
お言葉に甘え、膝枕されることにしました。
「カミリヤさん、この子を助けてくれて、ありがとう。手塩にかけて育てている子だから、とんできたの」
女性の左手にはサラマンダーさんが乗っています。
洞窟に入ってしまったことを言っているのでしょうか。
「いえ、私も助けられたので、お気になさらないでください」
「いいえ。だって、カミリヤさんは渡した魔力を、最初に、この子の体温を保つために使ったでしょ? 他の人だったら、どうなっていたことか」
それに、と、続けました。
「洞窟に居る間、どんな不利な状況でも、この子のための魔力は供給し続けてくれたし、ホント、感謝してるの!」
私はなんだか小恥ずかしくなり、顔が赤くなったのが分かりました。
当たり前だと思っていたことだけに、いざ、それを褒められると、恥ずかしく感じてしまいます。
「……ところで、貴方は一体、どなたでしょうか?」
「ああ。ごめんなさい。早くお礼が言いたい気持ちが先走っちゃって」
こほん、と咳払いをして、お姉さんは、私が薄々感じていたことを口にしました。
「名前はカマエル。火の力を
その後、体温もすっかり元に戻り、元気になったので、きちんと座り、お話します。
お話を聞いた限り、私は一晩ぐっすり眠り、目覚めた時はもう既に朝日が昇っていました。
魔力の濃い、この場で休息したおかげで、すっからかんだった魔力も半分以上戻ってきた気がします。
せっかくなので、紅茶を入れ、お菓子も出します。
「あ、おいしー」
カマエルさんはさくさくと、クッキーを食べ、お砂糖とミルクを加えた紅茶を飲んでいました。甘党さんですね。私もですが。
サラマンダーさんは、お出ししたお砂糖の残りをちろちろと、ちっちゃな舌で舐めています。火の精霊は甘党さんですか。
「それでねー。カミリヤさんの事気に入ったから、契約したいの」
「それは、私に力を分けてくれると言うことですか」
「うん。なんか
「一度だけですが、『トール』と言う精霊さんと契約しました。今も継続中です」
「ん? 聞いたことが無いな。新人? ま、いいか。それより、他の連中が
一人で頷き、指先から火を出すカマエルさん。
その火は文字を
「このわたしに、美味しいお菓子とお茶を
そう言ってから、お菓子とお茶を口に運び、おいしー、と言います。
「はい、試練修了。わたしの力、受け取って」
カマエルさんの掌から、火の玉が出てきて、私の胸に吸い込まれます。
どくん、と鼓動したかと思えば、目の端に映る髪が、赤みがかった黄金色に輝くのが確認できました。
「知っていると思うけど、三回まで、貴女を助けます。だから、使う場面はちゃんと選んでね」
「良いのですか、こんな簡単なことで」
トールの時は、トール自身と三十分近く戦った末に認められた記憶があります。それと比べると、あっさりしすぎです。
「良いのよ。そもそも、わたしがカミリヤさんのこと気に入っちゃたんだし。それに、この森のこんな奥まで甘味を届けるのは、かなり難しい試練だと思うわ」
そう言えば、そうですか。普通の人は近寄らない森でしたね、ここ。
カマエルさんはお茶を飲み終えると、空気に溶けるように消えていきました。
また、いつか。の言葉を残して。
カマエルさんが消えると、サラマンダーさんも森の奥へ帰っていきます。
私達も帰りましょう。
そう、ツバキに声をかけようとしたら、私のお腹が盛大になりました。
昨日の夜、何も食べていませんでしたね。お菓子程度では空腹が満たされません。
食事の用意をしていると、ツバキが持ってきていたのか、私の苦手なパープルバーを焼き始めました。
うぐっ。そ、そうですね。好き嫌いは、駄目です。ええ、分かっています。
ツバキのまるで母のような
私が
皮に爪で切れ目を入れ、器用に紫色の皮をむきました。そして、中身だけを食したのです。
な、なるほど。たしかに、皮が一番苦手な部分だったかもしれないです。
早速真似して、皮を剝きました。すぐにお口直しできるように、手元に何時ものお肉を準備しています。大丈夫、せっかく、ツバキが考えてくれたのです。大丈夫です。ツバキを信じます。
お塩を振りかけ、
焼いたパープルバーは生の時とは違い、とろとろに
やはり、お口直しは要りますが、それでも、食べる事ができました!
そうです。苦手だと決めつけて、何もしないのは駄目なのです。
ありがとうございます、ツバキ。
そして、満腹になった私はいつもの通り、ツバキに背負われ、スタン村に戻るのでした。
そう、自分のしでかしたことに目を背け、知らんぷりをするのは、駄目なのです。
いい加減、気付くべきでした。自分のしでかしたことに。
しかし、この時点では、私は何にも気付いていなかったのです。
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