第2話 VS勇者

 目を覚ますと、もふもふに包まれていました。

 寝ぼけまなこで空を見ると、お月様がきれいにかがやいています。

 ……夜? 不味まずいです! 解決法も思いつかないまま夜になってしまいました!

 次のお昼までに陸につかなければ、依頼不達成で違約金が……、あれ?

 今、私、土の上に立っています。

 ぐるり、と見渡すと、私が立っている場所は陸地で、眠る前に居たはずの木は沼の真ん中に見えました。そう。陸に戻っています。

 あれ? もしかして、薬草を採取したことや、あの美味しい果実を食べたのは夢だったのでしょうか?

 いいえ、夢ではありません。なぜなら、ちゃんと薬草は袋の中にありますし、果実の種もあります。

 どういうことでしょうか。……まあ、戻れたのならそれで良いです。

 ツバキ、起きられますか? 少し眠そうですね。でも、時間には余裕をもって行動したいので、申し訳ありませんが、夜でも歩きましょう。今から帰り始めれば、お昼にはギルドに着くはずです。

 はい、良い子ですね。私を乗せなくても良いですよ。ゆっくり帰りましょう。月明かりがあるとは言え、危ないですからね。あと、夜行性の魔物などに、気を付けなければなりません。

 帰りはまっすぐに帰れたので、朝にはスタン村に着きました。

「ヴィンデさん、依頼達成です」

「おっ、流石ねー。薬草を査定班さていはんに見てもらうから、ちょっと待っててー」

 私は了解し、何か良い依頼が無いかと、掲示板を見に行きます。


 査定が終わりました。

 採り方がきれいだ、とめられて嬉しかったです。

 掲示板に昨日と同じように、薬草採取の依頼があったので、それを2件ヴィンデさんに渡し、昨日と同じように準備をして、出かけます。

 村を歩いていると、ツバキがちらちらと後ろを気にしているようです。

「ツバキも気付きましたか」

 何者かにけられています。

 私何も悪いことしていませんよ。……していませんよね?

 村から出て後にツバキに乗って逃げるのも手かと思いますが、この村で暮らしている以上、早めに解決しておかなければ、厄介なことになるかもしれません。

 そう考えて、気付かないふりをして、恐怖の森をしばらく歩いてから、ツバキをけしかけます。

 そこに居たのは、ビッグスラグの件の時に助けてくれた男性でした。

 ツバキはその男性を前足で押さえつけようとしていました。

 しかし、その男性は抜剣ばっけんし、疾風はやての走りで、私に向かってきます。

 ツバキはそこへ置いてけぼり。それどころか、右前足から血が滲んでいました。

 すれ違いざまに斬ったのでしょう。何と言う早業。

 この傷。ツバキは立つ事ができないでしょう。

 私はすぐさま、男性に借りっぱなしであった剣を抜き、迫りくるやいばを防ぎます。

 私の腹を狙ってきたひざに、前に足を突き出し、足の裏で蹴ってその場から離れました。

 早くツバキの傷の手当てをしてあげたいところですが、目の前の男性がそうはさせてくれません。

 距離を取った私に対して、肉薄にくはくしてきます。

 男性の膂力りょりょくは知っているので、一発目から弾こうとはせず、最初は剣身の上を滑らせるようにらして受け流します。

 両手で剣を支えますが、これは……っ、重いですっ。

 剣と剣が離れたタイミングで身を捻り、男性のわきを狙って剣を振ります。

 男性は何でもないように、ごく流れるような動作で、軽く身を引いてそれを避けます。

 やはり、戦い慣れていますね。

 そのまま、攻撃を加速させて、何度か当てに行きましたが、軽くいなされてしまいました。

 埒が明かないと考え、再び距離を取りましたが、男性は見計らったかのようにすぐにこちらへ突進してきます。

 体の前に突き出した剣の狙いは、私の首。

 斜め前に倒れ込むように走り出すことで、それを回避し、ツバキの元へ駆け寄ります。

 男性は勢いそのままで、恐怖の森の大木に剣を突き刺してしまい、動きが止まっていました。

 なぜかは分かりませんが、男性は私の命を狙っているかのように見えます。

 ならば、ここから離れれば、ツバキに危害を加えることはないでしょう。

 背負っていた荷物をツバキの元へ置き、精霊さんにお願いしてから、森の中を走ります。

 怪我をしているツバキが魔物や魔獣に襲われそうになったら、精霊さんが教えてくれます。ひとまず安心ですね。

 既に剣を引き抜いていた男性は、私の考えた通り、後を追ってきます。

 私は、そこで少しの違和感を覚えました。

 しかし、その違和感が何なのか、考える間もなく、男性から剣戟けんげきが飛んできます。

 それを腕がしびれるような感覚がしながら、弾き逸らします。

 この力の差、前世での魔王との戦いを思い出しますね。

 まあ、その時とは全然、違って、私の力は8歳の頃に戻っているので、成人男性の冒険者さんを相手にすれば、このくらいの力の差は当然と言えるでしょう。

 私は反撃と、いつもの様に剣速を加速させていき、五連目で見切られたのか、上手く受け止められ、加速を殺されてしまいました。

 力では勝てず、剣で押し返されて大きく後退する私です。

 男性が口を開きました。


「流石は異界の勇者。そこいらの冒険者とは身のこなしが違う。その力、初代勇者が試させてもらおう」


 一瞬、息が詰まりました。

 その言葉を聞いて、私は油断なく剣を構えなおします。

 私が異世界の勇者であることは、ヴィンデさんを含めたギルドの皆さん、それに、ツバキにさえ言ったことがありません。

 何故、目の前の男性がそれを知っているのか。

 それに、今の男性の言葉。

 『初代勇者』、と男性は言いました。

 今まで興味が無かったので、この世界にも勇者と言う存在があること今、認識しました。

 それに、『初代勇者』とは、どういうことでしょうか?

 勇者とは唯一無二の存在のはずです。

 わざわざ、初代、と言うのなら、二代目、三代目、と続いていくことが考えられます。

 そして、そんな勇者様が何故、私に斬りかかってきているのか。

 勇者様からの攻撃を捌きながら、気付くことがありました。

 明らかに。そう。明らかに、

「この前のビッグスラグでの戦い。貴方は力を抜いていましたね?」

「それはキミもだろう」

 私は攻撃を見切られないようにフェイントを織り交ぜ、剣を加速させていきました。

 しかし、フェイントを加えたことにより、加速が甘くなり、自分の感覚と実際の剣速の違いが現れ、そこを突かれて止まってしまいます。

「ふん。自覚無し、か」

 勇者様は攻撃の手を止め、近くの木に向かって剣を構えました。

 何をするつもりか様子をうかがいつつ、腕の痺れの回復に専念する私。

 剣を振うと、大木がたったの一振りで切り倒されてしまいました。

「これは、普通の冒険者では、まず切り倒せない恐怖の森の木だ。先日一緒に戦ったリリエと言う魔法使いは巨木の森の木を魔法で切り倒していたが、この森の木には傷一つ付けられないはずだ」

 そういう、特別な木々なんだ。と続けました。

「それを一太刀で切り倒す、僕の剣を受け続けられるキミは、いや、そんなキミがあの程度の相手に苦戦するわけないだろう」

 どういう訳か、目の前の男性は、もう戦う気配がありません。いえ、油断はしませんが。

 しかし、先程までの殺気が見事に消え失せています。

 そこを狙ったかのように、精霊魔法に『感』がありました。

 全速力でツバキの元へ戻ると、大きな、ツバキよりも大きなイノシシさんが襲い掛かろうと、ツバキの周りをぐるぐる回っています。

 ツバキは襲われまいと、牙をむき、威嚇いかくしており、イノシシさんもその唸り声で対抗しています。

 私は精霊魔法を使い、イノシシさんの足元に火を投げます。

 驚いて、後ろに下がった所を、私はイノシシさんの下に駆け込み、前足のけんを斬りました。

 駆け抜けた後、イノシシさんは前のめりに倒れ込み、残っていた火が目の前に来たことでびっくりして、ひっくり返ります。

 あらわになった腹部に、心臓を狙って剣を突き刺し、イノシシさんは絶命しました。

 あとから歩いてやってきた『初代勇者』さんは、ツバキの元へ行きました。

「すまなかったね、グニル――いやごめん、ツバキ。今治すよ」

 手元が光ったと思えば、三枚の魔法陣がツバキの傷を囲い、見る見るうちに斬られた腱が繋がり、皮膚も再生し、元のふさふさに戻りました。

 恐らく、自分の魔法で治せて、且つ、ツバキの動きを封じる最善の攻撃だったのでしょう。

「この魔獣は、鼻先が鋼鉄のように硬く、普通の剣は効かない。かと言って、飛び上がって頭を狙えば、空中にいる間に鋼鉄の鼻先で討たれてしまう。Bランクの魔獣だ。討伐にはAランクの冒険者が2人以上。Bランクの冒険者なら5人以上必要だ」

「なにが言いたいのですか?」

「いい加減、自分の力を自覚するんだ」

 そう言われ、確かに、自分の能力は確かめておく必要性を、最近感じておりました。

 冒険者カードに記された能力数値と、私の感じている能力値がかなりズレているのです。

 そのせいで、自分は本気を出しているつもりでも、身体の方はまだ全力を出し切っていないという、不満足感を覚えています。

 これを解消するには――

「この世界の初代勇者様。一試合、していただけませんか?」

 一度、己の能力数値を意識せず、身体のギアを一段ずつ上げる感覚で、限界まで戦ってみることが必要です。

 恐らく今まで、自分の数値はこのくらいと、無意識にリミッターをかけている状態でした。

 それを取っ払い、遠慮なく力を振うしか、方法を思いつきません。

 その能力値かわからない以上、なるべくお強い相手が必要です。

 なので、今、目の前にいらっしゃる『初代勇者』という、強者はとても適性のある対戦相手でした。

 『初代勇者』は了承してくれました。

 試合の間、ツバキが周りを警戒けいかいしてくれるみたいですが、すぐにそんな必要はなくなります。

 この試合に割り込むことのできる存在は、私の知る限り、前世の魔王くらいなのでした。


 試合が終わった後、ボロボロになってしまった『初代勇者』と少し、お話をしました。

 この世界の勇者と言う存在について。女神様について。この世界の歴史。精霊魔法がすたれてしまったこと。勇者の加護について。この国の外について。そのほか、他愛の無い事柄。

「僕は、新たな勇者が現れたと思って、キミと接触した。でも、この度の災いと君の能力が無関係だとわかった。だから、不思議に思って、今回試させてもらった」

 今回の薬草採取の依頼は全て、この勇者様が出したものでした。

 でも、ツバキが傍に居るせいで、魔物や魔獣との戦闘が無く、仕方なく、直接対決を仕掛けたと言うことでした。

 確かに、討伐系の依頼だと、私は高ランクの依頼を受けられないので、低ランクの依頼で偶然高ランクの魔物・魔獣と会敵した場合でしか、戦わせることしかできませんよね。

 試すための依頼だけど、本当に必要なものだから、達成すれば報酬は払ってくれると言うことでしたので、遠慮なく薬草採取を続けます。

 疑問が残るのは、冒険者カードの数値です。何故、数値が正確に表示されないのでしょうか。

「初めての事だから、憶測おくそくでしかないけど、異世界での力を引き継いでいるからではないだろうか。キミの話だと、異世界とこちらの世界で、使える魔法が違うのだろう? となれば、他の力、能力値とかも強さを判断するための何かが違うと考えられないか」

 そう言えば、女神様は「勇者の加護を取り除くことは出来ない」と仰っていました。何か関係あるのでしょうか?

 まあ、この話は、神のみぞ知る、と言うやつですか。考えるだけ無駄っぽいです。

 やっつけたイノシシさんは勇者様に手伝ってもらい、綺麗きれいに解体しました。

 それぞれ、半分こにし、私はそれをツバキに背負ってもらい、勇者様は空間系の魔法が付与されている魔道具の皮袋にその素材を収納しました。

 それ便利ですね。お高いのですか? ……うわぁ。

 勇者様は、この後、新しい勇者の元へ行くと言っていました。

 つい先日とある村で、勇者の加護が確認されたようで、その確認らしいです。大変ですね。

 初代勇者であるというのは秘匿しているらしいです。あと、見た目、若い成人男性ですが、かなりお年を召されているらしいです。勇者の加護の不老の部分が如何なく発揮されていますね。

 歳を聞いたら、笑って誤魔化されました。けち。

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