閑話 ヴィンデの発散

「急に何なのよ、もう!」

 あたし、ヴィンデは急にさわがしくなったギルド内で悪態あくたいきながら書類の作成や検査に追われていた。

 と言うのも、荷物の輸送中にビッグスラグにおそわれたのだという。

 『変異種』に関する報告書のチェックや、書類の作成で忙しいのに、ビッグスラグごときに構ってらんないわよ。

 そう思ったのだけれど、無視するわけにもいかないから、話を聞きます。

 護衛として冒険者を雇っていたけど、歯が立たなかったそうよ。いや、ビッグスラグってFランクの魔物よ。冒険者の歯が立たない訳ないじゃない。動きは鈍いし、攻撃も貧弱なただただ通行を邪魔する邪魔な魔物よ。

 放って置くと周囲の草を食い散らかしてしまうから、定期的に討伐依頼を出してはいるけど、今まで荷馬車が襲撃を受けて逃げてきた話は聞いたことが無いわ。

 それに妙なことを言っているのよね。ビッグスラグが巨大化したとかなんとか。

 確かに巨大化の魔法はあるけど、持続させるのは結構魔力を食うし、それに、ビッグスラグは魔力量が少なくてほとんど魔法を使わないのよ。

 そう考えると、他の魔法を使える奴がビッグスラグに巨大化の魔法をかけたと言うことになるけれど、メリットが無いじゃない。あの森なら、もっと高ランクのそうね、ヘルハウンドとか、デモンリンクスとか色々いるじゃない。知能のある魔物や魔獣ならこのくらい考えるわね。間違いない。

 だけど、冒険者たちが嘘を言っているわけではないし、ホントにわからない。

 各地で『変異種』が確認されて、調査で人が出払ってるし、報告のまとめなんかで忙しいのに!

 等と考えながら作業をしていると、終わったみたい。みんなが、お疲れー、と奥へ引っ込んだり外出したり。あたしも、休憩しようと思ったのだけど、受付のカウンターからひょっこり、カミリヤちゃんが顔を出したから、とどまる。

 ああ。きょうもかわいいわあ。特に今みたいなタイミングだといやしね。

「何かあったのですか?」

「え? ああ。さっきの人たち?」

 あたしは何と言っていいのか迷って、最終的に、魔物が巨大化した、答えたら、カミリヤちゃんも魔法で大きくなったと思ったらしく、あたしに尋ねます。

 あたしは素直に答えました。しかし、何か違和感があるようで頭から跳ね上がっているアホ毛が『?』の形になっているわ。

「小さくする方は私の魔力でも、一日持つようですが、大きくする方は、消費魔力が多いのですか?」

「あ、そうなんだ。でも小さくする方も……、」

 うん? 何だって?

 なんでそんなことが分かるのかな? まるで縮小化の魔法を使って試した、みたいな言い方ね。

 あたしはふと、気付きました。気付いてしまいました。気付きたくなかったけど。

 カミリヤちゃんの足元に居る可愛いワンちゃん。大きさ以外の特徴がハンターウルフなのよね。そしてさっきの発言。縮小魔法。ああああああぁぁぁ。気付きたくなかった。

 あたしは何かにすがる気持ちでカミリヤちゃんに聞いたわ。

「あの、カミリヤちゃん、もしかしてその可愛いワンちゃんは」

「ツバキです。私の大切な家族です」

 残念。やっぱりそうなのね……。アホ毛が「自慢じまんです」と言うように、ぴょこぴょこ、と主張してるわ。このハンターウルフのことを、誰かに紹介したかったのね。

 村に来たときの、手荷物エンシェントドラゴン事件の衝撃以来、特に問題のある行動は見られなかったから……、いえ、あったっちゃあったのだけれど、そうよ、この子は規格外だったのよ。冒険者登録はしてないのにエンシェントドラゴン狩るし、ハンターウルフと村の端にある家で暮らしてるし、恐怖の森に躊躇ためらいなく入って食料調達してるっぽいし! あとあと、それからぁ!! ――――……

「うん、まあ、大人しいみたいだし、もういいや」

 前向きに考えよう。どんな魔物や魔獣が村を襲ってきても、このハンターウルフが居る限り大丈夫。そう、考えるようにしよう。そうしよう。

 え? なに? ああ、お仕事? ちょうど良いのがあるわね。

 受付の奥から出てきた職員に目配せをして、書類を受け取って、それをカミリヤちゃんに渡したら、何か言いたそうな表情だったわ。ていうか、アホ毛がそう主張してる。

 それから軽く説明して、ギルド内で待っておくようにお願いして、同伴の冒険者を考える。

 いま、恐怖の森や巨木の森、その他周辺地域で起きた異変の調査で人員が割かれていて、動ける人が少ないのよね。尚且つ、カミリヤちゃんに合わせて動けるとなると……、……まあ、その為に残って貰ったから、呼びましょうか、リリエを。ある程度事情を説明して、協力してもらってるし、リリエが適任ね。

 リリエを呼び出そうと、通信魔具を取り出すと、先輩が声をかけてきたわ。

「リリエさんを呼ぶつもりなら、用があるから、私にも声をかけるように言っておいてくれる?」

「あ、はい。わかりました。もしかして、また書類が?」

「そうなの。催促してるんだけど、なかなか書いてくれなくて。今日なら、この後は暇だし、この場で書いてもらえるわ」

「了解です」

 早速、リリエを呼び出したのだけれど、なんでこの娘しぶるのよ。素直に来なさいよ。後ろめたい事でもあるの? あるわよね。提出しないといけない書類が溜まってるもの。

 仕方がないので、カミリヤちゃんをえさに呼び寄せたら、すぐに来ると言ったわ。最初から言えばよかった。

 この様子なら、カミリヤちゃんとじゃれ合いたいがために、書類作成も頑張るでしょう。

 その間に、カミリヤちゃんが退屈しないようにからかい――もとい、話し相手になってあげますか。そうしよう、うん。


 あたしは、さっさとリリエに今回の依頼の説明を終わらせ、カミリアちゃんの元へ行ったわ。

丁度いいことに、頼んでいたコーヒーが着た所みたい。

 コーヒーをブラックでチャレンジしようとしているみたいね。

 じゃ、さっそく、気付かれないように、クリームと砂糖をあたしの手元に引き寄せて……。視線がコーヒーにだけ向いていて、丁度いいわね。まったく気づかれてないわ。

 ロールパンを一口食したカミリヤちゃんがカップを手にしているわ。

 楽しみにしていたのか、アホ毛が嬉しそうに揺れたわ。でも、においを嗅いだ時に、警戒するように、ぴくん、と跳ねたわね。

 どうなってるのよ、そのアホ毛。可愛いけど。

 カミリヤちゃん、においで警戒するくらいなら、クリームと砂糖を入れればいいのにと思っていたけど、言わないわ。面白そうだから。

 何も入れずにコーヒーを口に含むカミリヤちゃん。あー、ほら、言わんこっちゃない。涙目になっちゃったわ。無理に大人ぶるから……。…………。…………。

 …………ちょっとそそるわね。

 クリームと砂糖を求めて、視線を彷徨さまよわせるカミリヤちゃん。

 あ。私が持っているって気づいたわね。

 もう一回飲んでみたら? 今度はおいしく感じるかもしれないわよ?

 うん、そうそう。女は度胸。ささ、グイッと。

 ……。ほぅ……。これは、良いものね。

 カミリヤちゃんが再び、涙目で砂糖とクリームを求めてきたわ。そうよね、苦いわよね。

 はい、砂糖とクリームって、あぁっ! 体が勝手にっ。体が勝手に砂糖とクリームを頭上高くにあげてしまったわっ! ごめんね、カミリヤちゃん。でもこれは仕方がないの。カミリヤちゃんが可愛いからいけないのよ。あたしは悪くないわ。ぴょんぴょんとあたしに縋るカミリヤちゃんも可愛いわ。いま、あたし、とっても幸せよ。


 砂糖とクリームの入ったコーヒーを口に含み、幸せそうな表情のカミリヤちゃん。

 うんうん。女の子は笑顔が一番よね。あたし、間違ってた。でも、偶には良いわよね?

 その後、リリエと少したわむれた後、カミリヤちゃんとリリエは巨木の森に向かっていったわ。




 翌日の夕方。

「たっだいまー!!」

「はやない?」

 三日くらいかかると思ってたのに。

 ちゃんと調査したのか不安になるくらいだわ。

 とりあえず話を聞いてみた。

「やばそうだったから、討伐したー」

「やばいなら逃げるのが普通だと思う」

 詳しく聞くと、理由が分かった。

 理由は分かったけど、未知の魔物を討伐してしまうのは、流石ね。

 カミリヤちゃんは疲れたのかしらね。ちょっと眠そうな顔で、リリエの服をつかんでいるわ。

 リリエはカミリヤちゃんにあとは自分がやると言い、休むように言ったわ。

 書類苦手なのに……、いや、小さな女の子がこんな状態なら、苦手でも、やらないといけないと思っちゃうわよね。

 カミリヤちゃんは素直に礼を言って、椅子に……って、あらら、座る前に力尽きたわね。

 ツバキが寄りってくれているから、良しとしましょう。

「さて、リリエ。カミリヤちゃんにああ言ったからには、書類から逃げないでね」

「くっ……。悪魔ね。後で覚えておきなさい」

 理不尽ね。

 まったく、実力はあるから、書類さえちゃんと書けるようになれば、一ランク上のⅭランクに上がれるのに、ちゃんと書かないのよね。どんだけ苦手なのよ。

「ほらほら、手伝ってあげるから、今日中に書きなさい。カミリヤちゃんだってそのくらいするわよ」

「うぐ……。わかった。頑張る」

 あ、その前に、カミリヤちゃんにタオルケットでもかけてあげないと、風邪ひいちゃうわね。

 あたしが、そう思ってタオルケットを持って行くと、まだ起きていたツバキがこちらをまじまじと見てきたわ。な、何かしら?

 しばらく見つめ合ってたけど、ツバキが興味を失ったようにカミリヤちゃんを包むように頭を戻したので、あたしはタオルケットを二人ともにかかるようにしたわ。

 それにしても、改めてツバキをしっかり見たけど、なんていうのかしら、あまり野生を感じないというか、いえ、カミリヤちゃんに飼われているのだから、野生じゃないのはそうなのだけど、そう言うことではなく、見た目はほんとハンターウルフにそっくりなんだけど、少し違和感があるのよね。

 そもそも、ハンターウルフは人間に懐かないわ。気性が荒い訳ではないのだけど、賢い魔獣だから、個の人間よりも自分が強いことを理解できるし、群れた人間が恐ろしいことも知っている。だから、人間の目の前には現れないし、人里にも近づかない。

 でもこの仔はカミリヤちゃんになついているし、小さくなる魔法をかけて偽装ぎそうしているとはいえ、人里に入っても平気そうにしているわ。

 喫茶の卓で書類を書くことにしたリリエが、ツバキを見て

「そう言えば、私、ハンターウルフを一回しか見たこと無いから、自信無いけど、このの額の色が違う気がするのよね」

 と言った。

 額の色とは、額にある宝石のようなものの事でしょう。

 リリエの言ったことが気になって、事務室から図鑑を持ってきてみると、確かに普通のハンターウルフは額の宝石のような物(表出した魔石らしい)が赤く描かれているわね。

 それに対して、ここにいるのは透き通った緑色の魔石の仔。

 もしかして、このハンターウルフも、今、各地域で調査対象になっている変異種?

 変異種だから、カミリヤちゃんに懐いたのかもね。在来種は懐かないという性質が変異したのかも。

 考えても仕方ないわね。

 リリエを見てみると、手が止まってた。

「ほら、さっさと書く! やればできるんだから」

「うへ~……」

 なんて嫌そうな顔するの……。これが同い年だと思うと恥ずかしいわ。

 手が止まらないように口出ししながら、今回の事を考える。

 今回二人に行ってもらったのは、ビッグスラグの変異種の討伐と言うことになる。

 今各地で頻発している、変異種の発生と関係しているでしょう。

 リリエの話だと、少なくとも、Bランクの魔物と同等だという。

 ビッグスラグの能力値は冒険者カードの数値に置き換えると、能力平均30前後といったところで、Bランクの魔物は弱くても600はあるから、五倍以上、能力がね上がったことになる。

 各地の変異種の能力がすべてこれに当てはまるのなら、Cランクの魔物・レッサードラゴンの変異種でも400×5=2000となり、余裕でSランクになってしまう。恐ろしいわね。

 ちなみに、エンシェントドラゴンは3000くらいだと図鑑に書いてあるわ。ただ、集計データが少ないから、誤差±1000と書いてあるわね。

 ただこれは、あくまで五倍と見る場合の話であり、そうじゃない場合、プラス600と見る事ができて、その場合、脅威ではあるけれど、それほど絶望的でもない。

 レッサードラゴンが400から1000になるだけだもの。うん、前言撤回。十分やばい。

 そもそも、変異種の能力値に何の規則性も無い場合も考えたら、考えるだけ無駄ね。もっとデータがそろわないと意味がない。

 それとは別に、討伐を手伝ってくれたという、謎の男。

 話通りだと、Bランクの魔物相手に一人で立ち向かえる実力。冒険者ランクだとAランクオーバーと言うことになるわね。

 でも、そんな強い冒険者が来ていたなら、話題にならない訳がない。

 ツバキが真っ先に頼ったという話も気になる。ツバキは男の実力を知っていた、と言うことになる。いったいどんな関係があるのかしら。これも知りようが無いわね。

 そんなことを考えていると、ギルマスがいつの間にかこちらに来ていました。

 え? もう閉庁時間? リリエは……、そう、あと少しなのね。明日も付き合ってあげるから、今日はもう帰りなさい。カミリヤちゃんは……どうしよう。起こすのもしのびないし、ツバキもいつの間にかぐっすり眠ってる。え? ギルマスが残るですって? ……いえ、なんだか……、前々から思ってたのですが、カミリヤちゃんに対して凄く優しいので、その、オブラートに包んで言いますと、ロリコンなのかな、あイタッ! ぶちましたね! 暴力反対です! オブラートに包みなおせ、って、オブラートに包んだ結果が、イタッ。に、二度もぶちましたね! 覚えてろよ、ロリコンクソジジイ!

 まあ、ギルマスは結婚して奥さんもいますし、大丈夫だと思うことにします。

 そもそも、ツバキが居る時点で手は出せないでしょう。

 では、ここはクソジジイ、もとい、ロリコンギルマスにお任せします。

 待ちませんよ。ぶたれるとわかっていて、戻るバカは居ないですよーだ。

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