第4話 VSビッグスラグ

 リリエお姉さんが起きてから共に、考察こうさつしたのですが、どうも、冒険者たちが出会したのは本体で、昨日、私達が見つけた個体はそれから分裂したのではないだろうか、という説が浮上しました。

 今もなお本体は大きくなっており、大きくなりすぎて維持いじできなくなった体積を分裂体として、解き放っているのです。

 そうなれば、その分裂体をやっつけても、粘液が残ることが納得できます。

 リリエお姉さんはその説を聞いて、探知魔法を使いました。

「うん、確かに反応が増えてる」

「ひときわ大きな反応はありますか?」

 リリエお姉さんは首を横に振りました。

 冒険者さんの話にあったように魔法が効かない。つまりは、探知魔法に引っかからない場合、分身体は能力が減衰していると考えれば、辻褄つじつまは合います。

 若しくは、そもそもその説が間違っており、ただの大量発生したところに強い個体が偶然生まれた。こちらの場合、粘液が残る原因が見当つきません。

「どちらの想定で動きますか?」

「うーん、どっちも会敵した時、私無力だから、嫌だけど、そうね……」

 結局、大量発生の方で考えて行動することにしました。

 理由としては、そちらの方が厄介だから、です。

 嫌な方、苦手な方を想定して行動する方が、もし、間違っていた場合、色々なことに対処しやすいからと言うことです。

 そうなると、捜索も難しくなります。

 ですので、可能性を潰すと言うことも考慮して、この集団の中心に向かうことにしました。

 分裂を繰り返してこの集団を形成しているのならば、本体は集団の中心にいると考えられます。

 それにしても、集団と呼ぶには個々が離れすぎているので、分裂説では無い気がしてきました。

 それは置いておき、リリエお姉さんの探知魔法で、集団を把握し、その中心に向かいます。

 しかし、そこには、今までと同じように普通サイズよりも少し大きいビッグスラグが居るだけでした。

「はずれかぁ。じゃあ、やっぱり、こいつら全部やっつけないとね」

 リリエお姉さんが残念そうなつぶやきを耳にしながら、気付いたことがありました。

 ナメクジの這った後の粘液が残っていたのです。これまでの物とは比べ物にならないほど幅が広いものです。

 そして、その太い跡から枝分かれして、普通サイズのビッグスラグの跡が四方八方に伸びています。

 その太い跡は一直線と呼ぶには蛇行していますが、一本線に伸びていて、森の木々の中へ消えており、その粘液の主は視認する事ができませんでした。

「リリエお姉さん、これって」

「なるほど、そりゃ移動しているから、中心にいなくて当然か」

 どうやら、分裂説で正解だったようです。ならば、本体を叩けば解決ですね。

 問題は左右のどちらに行くか、です。

 私はスタン村しか知らないのですが、もし、この近くに村や集落があるのならば、早急に対処しなければなりません。

 リリエお姉さんの探知ではどちらへ行ったのかもわかりません。

「……この近くに村はあるのでしょうか?」

「ええと、地図地図。えーと、なになに。困った、近くに町がある」

 人間の足で一日ほどの所に町があるそうです。

 早く見つけ出して、討伐するなり、報告するなりしなければなりませんね。

「多分だけど、あの冒険者たちが出会した地点が四日前でしょ。だから、たとえこの群れの先頭に居たとしても、四日掛かって、そんなに進んでないってことよね」

 なるほど、時間的な猶予ゆうよは結構あると言うことですか。

 リリエお姉さんは取り敢えず、町に近づいていく方向へ進むと言いました。

 私も異論はありません。

 昨日の地点では粘液が消えてしまっていたのに対して、こちらは残っていることから、こちらの方が新しいと考えられます。

 なので、恐らく、間違っていないはず。

 ほどなく、巨大ナメクジを発見しました。

 木々の隙間が多少狭くとも、その軟体なんたいを生かして強引に進んでいるようです。

 いつぞやのドラゴンさんよりは小さいですが、それでも辺りの大木の背丈の半分ほどの体長を誇り、太さは大木よりも圧倒的に太いです。

 これなら、巨大ナメクジと言っても差し支えないでしょう。

 しかし、害意があるのか分からない何とも言えない無表情。これだけゆっくりとした歩みならば、急いで討伐する必要もない気がします。今のところ、害意も敵意もなさそうです。

 そして、にゅるん、とビッグスラグが分裂して、普通よりも少し大きいビッグスラグが出てきました。少し気持ち悪いですね。

「このスピードなら、色々試せるね。いざとなれば逃げれる」

 と、リリエお姉さんは魔法を使うために詠唱を始めました。

 ギルドへ報告するために、あわよくば討伐出来ないか、探るためですね。

 ふむ、何か忘れているような?

 最初からこの件を振り返りましょう。

 まず、冒険者さん達がこのナメクジさんと出会し、どうにか逃げ帰ります。

 ギルドへ報告、私とリリエお姉さんに依頼、……うん? 冒険者が逃げ帰る? ボロボロの傷だらけになって? こんなにゆっくりとした動きの魔物にやられて? それは妙ですね。

 取り敢えず、下手な行動はやめておいたほうが良さそうです。

 もっとちゃんと観察してから、

「あの、リリ――」

「凍りなさい、『カルト・ゲリュル』」

 リリエお姉さんの魔法が発動したようで、杖の先から氷礫ひょうれきが混じった冷気が巨大ナメクジに向かいます。

 その魔法はナメクジさんに触れるや否や霧散むさんしてしまいました。

「ホント、魔法が効かないのね」

 何にも気付いていないリリエお姉さんは、違う魔法を試すために、再び詠唱します。

「リリエお姉さん! 嫌な予感がするので、一度、この場を――」

 ですが、ナメクジさんの様子に変化が起きました。

 明後日の方向を向いていた頭を、こちらの方に明確に向けてきました。

 そして、次の瞬間、身体が淡く光ったと思えば、無数の何かが発射されてきました。

 私は急いで、たじろぐリリエお姉さんの前に割り込み、鈍器とも呼べる剣を抜きました。

 この鈍器では切れないので、全てを弾くつもりで、振ります。

「動かないでください。私の後ろから」

 いつものように、弾いた勢いを利用して、剣速を上げようとします。

 一振り、二振りするたびに重くなっていく鈍器。

 剣は粘液にまみれていました。

 ナメクジさんから打ち出されている弾丸は、粘液だったのです。

 これは、不味いですね。思うように剣速が上がらないです。

 重くなっていく鈍器に、腕がだるさをうったえてきました。

 私の後ろで詠唱を続けていたようで、リリエお姉さんが炎を放ちます。

 しかし、その炎は粘液の弾丸で打ち抜かれて、ナメクジさんに届く前に欠片も残らず消えてしまいました。

 厄介な。

 この粘液、当たった瞬間は鉱物を打ったかのように硬いくせに、その後すぐにスライムのように粘性を取り戻して、まとわりついてきます。

 振り回すついでに振り落としているのですが、キリがありませんね。

 時間にすれば十秒に満たないくらいですが、何とか防ぎきりました。

 そう言えば、ツバキは――?

 姿を探しますが、姿が見当たりません。

 ふと、視界に影が差しました。

 ツバキが上空から降ってきました。

 いえ、巨大なビッグスラグに跳びかかったのです。

 言われずとも、あの粘液を全て避けていたようで、傷らしい傷はありません。良かったです。

 ツバキはその鋭い牙でビッグスラグに噛みつきましたが、当のナメクジさんは素知らぬ顔。

 一旦諦めたのか、ツバキは私の元へ帰ってきました。

 周りを見ると、昨日見た戦闘痕せんとうこんと同じような光景になっていました。

 なるほど、護衛達は、あの攻撃をらって撤退したのですね。賢明けんめいな判断ですね。

 私も出来るのなら逃げたいです。逃げても良いですよね?

 ツバキの攻撃も効かなかったようですし、私に出来る事は無さそうです。

「逃げましょう」

「そうね。それがいいわ。私達はよくやった」

 リリエお姉さんはそう言うと、すぐに反転。

 私も走りだしました。

 幸い、あのビッグスラグは動きが鈍いです。粘液の弾丸にさえ気を付ければ、なんなく逃げられるでしょう。

 そう思っていたのですが、後ろを振り向くと、ナメクジさんが居ません。

「ツバキッ!」

「わふわふ(ぱくり)」

「え? なになに!? 食べられるの!?」

 私のその声で通じたらしく、ツバキはリリエお姉さんを咥えて跳躍ちょうやく。私は横っ飛びでその場から逃げます。

 その直後、突進してきたナメクジさんがリリエお姉さんの居た場所に現れました。

 そうですか。さっきまでの動きはただ歩いていただけ。本気を出せばもっと速いのですね。

 これは仕方がないですね。ごろごろと受け身を取り、立ち上がって言います。

「応援を呼びに戻ってください!」

 私達の中で、ツバキが一番速いです。しかし、ツバキだけでは話が通じません。相手は魔法が通じず、リリエお姉さんは役に立たず、このナメクジさんが本気を出せばすぐにでも近くの集落に行きつく可能性がある以上、私が可能な限り足止めをするしかありません。

 ツバキも理解したようで、リリエお姉さんを背に乗せると、森を駆けて行きました。

「さて、ツバキが近くの集落まで往復すれば、2,3時間と言ったところでしょうか」

 それまで耐えられますかね。

 無理に攻めたりせずに、守りにてっしましょう。

 そう考えて、剣を構えます。


 ピロンッ


 いつぞやの、聞きなれない音が聞こえました。

 ナメクジさんを警戒しつつ、視線を上へ。

 そこには、チュートリアルさんが現れていました。

『異世界転移特典、初回精霊魔法チュートリアルを開始いたします。よろしいですか?』

「チュートリアル先生! チュートリアル先生じゃないですか!」

 やったっ! これで、ナメクジさんに有利な攻撃を教えてもらえます!

『どうやら、ご理解があるようですね。では、開始します。』

 文字が消えて、現れて、また煙のように消えました。

 さあ、あのナメクジさんに有効な攻撃は何でしょうか。

『まずは目をつむり、己の内側に眠る、魔力に意識を傾け、感じ取ってください。』

「了解です」

 これは前の世界でよくやっていたので、難無くできるでしょう。

 私は目を瞑ります。…………って、もおおおおおぉぉぉっ!

 ナメクジさんの気配が近づいてきたので、急いで身を転がして、攻撃をかわしました。

 相変わらずですねぇ! 敵が攻撃してくるのに、目を瞑らせるとはいったいどういう了見りょうけんですか!! 出来ないですよ!

「つ、次! 次の作業を! 次の作業に進めてください!」

『多少辛くても、やるべきです。基礎きそおろそかにすると、後で』

「経験済みです! やったことがあるので、今は勘弁かんべんしてください!」

『後悔しても知りませんよ、ぷんぷん』

 何でしょう、可愛く怒っているようですが、状況が状況なので腹が立ちますね。

『いいですよーだ。では、お好きな属性をお選びください。』

 その文字の下に、ずらり、と属性が書き出されます。

 それは良いのですが、ナメクジさんが淡く体を光らせます。

 これは粘液の弾丸を打ち出す前の兆候ですね。

「あの、ナメクジさんに効く攻撃を教えて頂けると嬉しいのですが」

『おや? そこのビックスラグですか。良い的がありますね。』

 今、気が付いたのですか。何と言うか、もう……。いや、何も言いますまい。

『雷、をお勧めします。どうも、魔力に対して抵抗を持っているようですので、本当なら神雷じんらい属性をすすめたいところで……おや? 貴女、神雷の適性を持っておられますね。珍しいです』

 わざとですか、わざとですよね?

 こんな攻撃が激しい時に、そんな長文を読ませるとか、何の嫌がらせですか。

 ナメクジさんが例の粘液の弾丸を打ち出してきたので、必死になって弾いているところにこれですよ。怒って良いですか?

『いくら適性を持っているとはいえ、神雷属性の精霊魔法は難しいので、自身で追々おいおい習得してください。それでは、精霊魔法の説め』

「出来ますから! 使えますから、精霊魔法! それよりも、あのナメクジさんに効く、やっつけられる攻撃を!」

 魔法じゃ、駄目なのです!!


『え? では、私は何のために呼ばれたのですか? 精霊魔法のチュートリアルですよ?』


「知りませんよ、そんなこと! 勝手に出てきておいて、何言っているのですか!!」

『あらまっ。何ですか、その言い様。もう知らないからね。後悔しても遅いからね。ぷんぷんっ。実家に帰らせてもらいます』

「役立たずですー!!」

 何かの冗談かと思いましたが、煙のように消えた後、文字が描かれることはありませんでした。

 邪魔しかされませんでした……。ただ只管ひたすらに、邪魔でした。

 粘液の弾丸を何とか防ぎきり、突進を計五回いなしながらチュートリアルさんの相手をしていた結果がこれです。

 先程の弾丸をはじき返したので、剣が限界です。今にも砕けてしまいそうなひびが幾つも見られました。

 なるべく剣身に負担がかからないようにしていたのですが、仕方ありませんね。

 これが最後です。今しかありません。

 剣を構えて、ナメクジさんを正眼せいがんで捕らえます。

 何故かナメクジさんが、ぶるぶると小刻みに震え始めます。

 いえ、気にしている余裕はありません。

 私は今がチャンスと、ナメクジさんに向かって突っ込みます。

 いくらこの剣が鈍器のように切れ味が無いと言えど、この勢いで突き刺せば、ナメクジさんの核を貫く事ができるかもしれません。

 もう少しで届く、というところで、ナメクジさんから何かが飛び出してきます。

 私の心臓を狙って、突き刺すように飛び出してきたそれを、慌てて剣でぎ払います。

 事なきを得て、すぐさまバックステップで距離を取りました。

 しかし、それはぐんぐんと伸び、私に襲い掛かってきました。

 端的に言ってしまえば、それとは、触手というものです。

 うねうねと独特な動きで、先端は氷柱つららの様にとがっています。刺されたら痛いじゃすまないですよね。後、見た目はきもいです。ナメクジさんの体のいたるところから生えており、当然のように粘液を纏ってぬらぬらとしています。生理的に受け付けません。

 なにより厄介です。これまでの粘液の弾丸や突進は直線的な攻撃で対処しやすかったのですが、この触手は四方八方から襲ってきます。あと、気持ち悪いです。すっごく気持ち悪いです。

 そして、不味いことに、先程触手を払った際、剣が砕けてしまいました。それはもう綺麗に、粉々に。長い間ありがとうございます。無事に帰る事ができたら、きちんと供養します。

 無事に帰れたら、ですけどね!

 迫りくる触手の側面を掌底しょうていで叩き、攻撃をらし、その時の力を利用して足をじくに少し回ります。

 正面に来た触手に、上から下へ叩き込むように打ち込み、その勢いで宙返りし、後ろへ迫っていた触手に蹴りを入れ、二本とも地面に沈めました。

 攻勢が弱まった所で、更に距離を取ります。

 再び襲ってくるので、その度に躱して、叩いて、そして大木の後ろに隠れます。

 あうぅ……。粘液で手がぬるぬるします。気持ち悪い……。

 しかし、ずっと隠れているわけにもいきません。もし、ナメクジさんが私を諦めて他の場所に行ってしまうといけないからです。

 なので、程よいタイミングでナメクジさんに姿を見せ、攻撃をさそいます。

 そういうことを繰り返すこと数回、とうとう追い詰められてしまいました。

 と言うのも、音もなく、分身体のナメクジさんが数匹集まってきていたのです。この戦闘中でも分裂していたようですね。

 倒すにしても打撃はあまり効果が無く、私の魔法では威力が無さ過ぎて分身体のナメクジさんも倒せません。

 次第に逃げ場がなくなってゆき、上下左右、何処に逃げても次で詰むというところです。

 逃げたいところを踏ん張り、その場で攻撃をさばきます。

 触手を弾き、分身体さん達はお互いにぶつかる様に受け流します。

 そうしてようやく後ろに退路が出来た時、声が聞こえました。


「さがれっ!」


 聞き覚えの無い男性の声です。

 私はその声とは関係なく、バックステップを踏んでいたので、その勢いのまま思いっきり飛びさがります。

 すると、私が先程まで居た場所に何かが高速で飛来ひらいしました。

 その何かは、生み出した衝撃波を後ろに置き去りにして、近くにあった触手や分身体を爆散ばくさんさせていきます。

 そして、その先にある木に刺さり、遅れてやってきた衝撃波がその幹に小さなクレーターを作りました。

 私はそのまま安全圏まで逃げて、刺さったものを見ます。

 剣です。とても豪奢ごうしゃな剣で、前世で使っていた伝説の剣と同じ雰囲気を感じます。ちょっと懐かしいですね。いえ、私が使っていたのは、どちらかと言えば速さ重視の細身の剣で、こんなに重たそうではありませんでしたけど。

 まじまじとその剣を見ていると、ひとりの男性が視界に飛び込んできました。

 その男性は剣に飛びつくと、突き刺さっている剣を軽々抜き取り、残った分身体を次々斬り伏せていきます。

 しかし、触手は再生能力があるようで、斬り落としたところから再び生えてきていました。

 男性は一息つき、私の元へやってきます。

「大丈夫かい? 事情はリリエと言う方から聞いた」

 と言うことは、応援が来たと言うことですか。助かりました。

 その男性は私をじっと見てから、周りを見回します。

「なるほど、大体わかった」

 そう言うと、てのひらに魔法陣を出現させ、空中に水の球を作り出してくれました。

「手を洗ったら手伝ってくれ」

 何処からか出した細めの剣を、どす、と地面に突き刺し、男性は前に出ました。

 確かに、この粘液だらけの手では剣をうまく振れません。

 言われて通り、すぐさま手を洗い、剣を手にします。

 む、軽いです。それに、剣身も程よく短いので、今の私の体にちょうど良いです。

 攻撃を防いでくれていた男性にお礼を言い、私も戦闘に加わります。

 先程までとは違い、随分ずいぶんと楽になりました。2人になったことにより、攻撃の捌き漏れが減り、なにより、剣への負担を考えずに普通に振うことができるので、捌き方の選択肢が格段に増えました。

 二人で少しずつナメクジさんへ肉薄にくはくしていきますが、近づけば近づくほど、間に入ってくる触手の数が増え、尚且なおかつ反応も早くなってきたので、残り数メートルと言うところで、ぴたり、と前に進めなくなりました。

 ナメクジさんは触手を扱っている時は、集中力を使うのか、その場から一歩も動かないので、それは良いのですが、この膠着こうちゃく状態がいつまで続くのでしょうか。

 もし、ナメクジさんが触手の扱いに慣れ、移動しながら扱い始めたり、他の攻撃方法を組み合わせたりし始めたら、一気にこちら側の体勢がくずれてしまいます。

 隣で剣を振う男性も同じことを考えていたのでしょう。剣の動きは全くにぶらせないまま話しかけてきました。

「お前さん、魔法は何が使える?」

「私が使える魔法はたいしたことありません。貴方の方こそ、魔法の扱いに慣れていそうですけど。それに、あのナメクジさんに魔法は効きません」

「内側からは試したか? 試してないなら、試す価値はある」

 そう言って、触手を一本切断し、その傷口に魔法の火を放ちます。

 すると、焼かれた傷から触手が生えてくることはありませんでした。

「魔法は苦手でね。これ以上の火力は出ない」

 火球は先程の水球と同じ大きさ。確かに威力不足ですね。魔力自体は持っており、無詠唱で使えるものの、出力が小さい。

 それに対して、私は『オリゴーグラキエース』を使えるので、先程の火球よりも大きな魔力を扱えることは実証済みです。

「貴方の知っている最大火力の魔法を教えてください。私はあまり魔法を知りません」

「『ウェネヌムフラムマ』だ。詠唱省略は使えるか? そうか、扱えないから見せてやることができないが、消えない炎をイメージしろ。それで上手くいく」

「分かりました。行きましょう」

 二人そろって攻撃に転じます。

 決して今まで手を抜いていた訳ではなく、無理の無い様に防御に徹していたのです。

 それを今は、多少の無理をしてナメクジさんのふところ目指して進みます。

 密集している触手を斬って斬って、斬り刻んでようやくナメクジさんに剣が届きます。

 男性が素早く剣を二度振い、ナメクジさんの肉を切り取ります。ちょうど、木を切り倒すときの受け口のような斬り方です。

「ウェネヌムフラッ……」

 言いにくい! 非常に言いにくいです!

 気を取り直してもう一度、って、ああっ! 再生能力で傷がふさがってしまいました。

「すみません。次は大丈夫です」

「わかった。やるぞ」

 再び同じ要領で、今度は魔法名を噛まずに成功しました。

 ナメクジさんの傷口に炎が広がります。

 しかし、その炎はすぐに消えてしまい、傷も先程同様、塞がってしまいました。

 魔法を再生能力が上回っていたのです。

「駄目のようですね」

「いったん下がるぞ」

 素早く後退し、防御に徹します。

 その時、ピロン、と音が聞こえました。

 この音はチュートリアルさんですね。


『カミリヤ様、先程は失礼いたしました。ワタクシメはこれから心を入れ替え、誠心誠意、仕事を、それはもう身を粉にして忠実にこなそうと思いますので、何卒よろしくお願いします。』


「一体何があったのですか!?」

 先程までとはエライ態度が違いますね!! びっくりです。

『女神様に叱られました。くすん』

「女神様が怒ったのですか」

『反省文書かされるわ、説教聞かされるわ、減給されるわでもう、なんだか』

「自業自得なのは置いておいて、大変ですね」

『ちょっと興奮しました。』

「大変な変態さんですー!!」

『はい! では、あのビッグスラグを倒せる攻撃ですね。魔力耐性を獲得しているので、精霊魔法をお勧めします!』

「はい、って……。それはそうと魔力耐性、ですか。なるほど」

「お前さん、さっきから一人で騒いでどうしたんだ」

 男性は少し奇妙なものを見るよう、……いえ、ひいていますね。不本意です。

 しかし、このチュートリアルさんはこの男性には見えていないようです。もしかして、異世界転移特典とおっしゃっていますし、私にしか見えないのかもしれません。

 説明するのは面倒です。

「あのナメクジさんをやっつける方法が分かりました。すみませんが準備が整うまで時間稼ぎお願いできますか?」

「あ、ああ。わかった。現状、手が無いし、お前さんを信じよう」

 男性をその場に残し、私はさらに後ろに下がります。

「チュートリアルさん、神雷属性と言うものを教えてください」

『はい。神雷属性とは簡単に言ってしまえば、雷属性の上位互換。雷属性を極めて神域しんいきまでたどり着いた精霊と神雷属性の適性者がそろった時、発動できる精霊魔法です。使うためにはその精霊に気に入られ、試練の果てに認められる必要があります。』

「その試練と言うものは、今ここで、すぐに終わるものなのですか?」

『すぐには終わりません。しかし、調べたところ、もう既に貴女は神雷の精霊に認められ、神雷属性の精霊魔法を使えるようです。さあ、呼んでください。その精霊の名は『トール』とある世界では神として神話にかたがれている精霊です。』

 私はその名を聞いて、非常に驚きました。

 ありがとうございます、トール。この異世界まで付いてきてくれたのですね。

「行きますよ、トール!」

 私がそう叫ぶと、身体から電光でんこうほとばしります。

 目の端に映る髪の毛の色が青白く変化します。マルチエレメントのアビリティも残っていたのですね。

「準備完了です!」

「分かった。二人とも今だ!」

 男性がそう言うと、大木の陰からツバキが現れました。

 触手がツバキを襲いますが、難無く避けています。

 そのツバキの上ではリリエお姉さんが呪文を唱えて、杖を振ります。

 光の刃が四本の木を切り倒し、ナメクジさんの上に木が倒れ込みます。

 この男性だけが来たのは、二人を隠してナメクジさんの動きを封じる算段を立てていたからなのですね。

 魔法は効かなくても、魔法で切り倒した木で動きを封じたのです。流石です。

 みんなが御膳立てしてくれたのです。精霊魔法は久しぶりだからと言って、失敗するわけにはいきませんね!

迅雷じんらい……っ!」

 手元に現れた弓を引きしぼり、いかづちの矢を放ちます。

 放たれた矢は、木に押さえつけられて、手間取てまどっているナメクジさんを正確に捉え、撃ち抜きました。

 電撃によって貫かれ、内側から焼かれたナメクジさんはその後、光の粒となって消えていなくなりました。

 その後には大きな魔石が、ごろん、と残っております。

 さすが、神域まで達したという神雷属性の精霊魔法です。私程度の魔力でこれほどの威力とは。ナメクジさんの再生能力も間に合わせずに、内から焼いてしまいました。

『精霊魔法は精霊の力を借り、本物の事象を起こす奇跡です。それ故、上位のものは強力なものが多く、下位のものはそれなりにしかなりません。

 これにて、異世界転移特典、初回精霊魔法チュートリアルを終了します。』

 それを最後にチュートリアルさんは消えてしまいました。

 チュートリアルさんの魔力耐性という単語を見た時、ぴん、ときました。

 通常の魔法は、人間がそれぞれに属性の性質に変化させた魔力で発動させるものです。それはどこまで極めようと、魔力なのです。炎属性なら炎の性質を模倣もほうした魔力、水属性なら水の性質を模倣した魔力。前の世界でのルールですが、こちらの世界も同じと思われます。

 それに対して、精霊魔法とは私達の魔力を精霊が取り込み、それぞれに変換したもの。つまり、炎属性の精霊魔法を使えば、それはすなわち炎を発するのであり、水属性であれば水を生成するのです。

 魔法で切り倒した木で抑え込む事ができたように、精霊魔力で作り出した本物の電撃であれば、貫く事ができたのです。

 しかし、前々から思っていたのですが、魔物のこの消え方、そして、今回の魔力耐性・再生能力その他諸々もろもろ、これはまるで――

「お前さん、さっきの魔法は……、いや、魔法なのか」

「カミリヤちゃん! なになになに!? さっきのすんごい魔法!」

 男性が私に話しかけようとしていたのですが、リリエお姉さんにさえぎられてしまっています。

「お姉さんに教えてよ。教えて教えて! 魔法使いとして、知っとかないと!」

 精霊魔法をこの世界の人に教えても大丈夫なのでしょうか?

 まあ、そもそも、この世界に精霊は存在しているので、この世界のことわりから外れると言うことはないでしょう。

 リリエお姉さんには戻ってから暇があれば、と言っておきました。

 ……、そういえば、こちらの世界に来て精霊魔法を試したときは精霊が微小で、上手くいかなかったのですが、神雷属性をだから今回は上手くいったのでしょうか。

 それを考えるのは後にしましょう。

 私が気になっていたことを、男性に聞きます。

「あの、貴方、スタン村に観光で来ていた方ですよね?」

 そして、スタン村を出る前、私達を尾行びこうしていたその人です。姿をちゃんと見た今ならわかります。纏っている雰囲気が独特です。

 男性は答えにくいのか、しぶい顔をします。

「いえ、貴方のおかげで助かったので、感謝しています。しかし、観光で来ている方が、わざわざ危険な森に来ることが気になったのです」

 尾行に気付いていたことは伏せておきます。話がややこしくなりますからね。

「ちょっと腕試しに、ね。ほら、スタン村の周りは強い魔物や魔獣が多いし、冒険者も実力者ぞろいだから」

 ……、そうだったのですか? え? スタン村って、そんな強力な魔物や魔獣に囲まれているのですか? 初めて知りました。その割には、私のようなか弱い村娘も、簡単に森の中で狩りをしているのですけど。あれ?

「まあ、確かに、貴方ほどの腕前ならば、腕試しの為に強者を求めるのは納得できます」

 それがスタン村でいいのかという疑問は捨てます。たぶん、私が間違っているので。

 多分ですが、この男性、自身の事について、本当の事を教えてくれる気が無いです。ですが、こちらに危害を加えるつもりもなさそうなので、追及はしません。リリエお姉さんと、何よりツバキが信用しているみたいなので大丈夫でしょう。悪い人ではないです。

「それじゃ、この近くの村に行きたいから、これで失礼するよ」

 リリエお姉さんが討伐の協力のお礼として、金貨を数枚渡したあと、その男性は去っていきました。

 あとで聞いたところ、ツバキが森の中であの男性の元へ一直線に走って行ったそうです。

 それ故すぐに駆け付ける事ができたのですね。ツバキに感謝です。

 帰る前に、辺りを探ったのですが、分身体はもちろん、粘液もきれいさっぱり消えていたので、これにて一件落着ですね。

 ナメクジさんの大きな魔石はリリエお姉さんがきっちり回収して、ギルドへ提出していました。ギルドへの報告などはリリエお姉さんにすべて任せます。私よりもよっぽど慣れていますし、この世界で初めてまともな精霊魔法を使った所為か、とても疲れました。

 おや、どうしたのでしょうか。ツバキが私に寄りってきました。

 うん、うん。そうですよね。貴女も疲れていますよね。あの距離を移動した末、あんな戦闘でしたから。

 お疲れ様です。……あぁ。ツバキの体温でぽかぽか暖かく、身体に疲れが染みます。あらががたい眠気が海辺の波のように押し寄せては引き、次第に意識が混濁こんだくしていきます。なんだか心地よいです。

 私とツバキは自分達のいる場所を忘れて、眠ってしまいました。

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