第3話 ビッグスラグ?

 なるべく早くしてほしいとの事だったので、リリエお姉さんを乗せることを嫌がったツバキを説得し、二人とも乗せてもらい、その魔物に出会ったポイントまで来ました。

 出発する時に、けられている気持ちの悪い気配がしたのですが、さすがにツバキのスピードで振り切れたようです。よかった。

 一体何者でしょうか? まあ、今は気にしないでおきます。

 道なりに進むだけですが、人間の足では三日掛かる所を、ツバキは半日で走りました。やっぱりツバキは頼りになりますね。

 よしよし、と私がツバキをねきらっている時、リリエお姉さんはてきぱきと探知魔法を使い、辺りを探っていました。

 半日で来たと言えど、もう夕方も近いです。作業は早く取り掛かるにかぎります。リリエお姉さんは頼りになりますね。

 辺りは私が以前彷徨さまよっていた『恐怖の森』と呼ばれる森に似ていますが、あちらと比べて木の密集度は低く、木のサイズも一回り小さいです。それでも、大きいのは大きいのですが。

 ですので、『巨木の森』と呼ばれているらしいです。

 ぐるりと、辺りを観察します。

 襲われたのは荷馬車の護衛中だと聞いているので、ここらへんで間違いないですが……、あっ、ありました。

 その魔物が居たと思われる場所を中心として、地面は拳大の穴ぼこ、木には刃物で付いたと思われる傷が無数にありました。ここで戦ったようですね。

 リリエお姉さんを見ると、うーん、と首をひねっていました。そうして、手に持っているびんに魔力を流しました。

 会敵かいてきした冒険者たちが武器についた粘液を保存してあり、それをもとに探っているのです。

 ……ですが、

「うーん、反応が今一つはっきりしない。魔法があんまり効かなかったって言われたけど、その所為せいかな?」

媒体ばいたいが体液のみと言うのも、原因ではないでしょうか」

 体液と言っても、血液などではなく、体表面をおおっている粘液です。肉片や、体液でも血液でしたら結果は違ったのでしょうけど。

「それもあるけどね。それにしても、反応がはっきりしないのよ。一つ一つの反応がぼんやりしてるの。大体の方角は分かるんだけど」

 複数反応があるのですか、しかも正確な位置は特定させてくれない。それは困りましたね。

 先述したとおり、半日で着いたとは言え、すで夕刻ゆうこく刻々こくこくと辺りは暗くなっています。

 夜になれば、月明かりの届きにくいこの巨木の森では、私達はとても不利です。

「では、一番近い所に行ってみますか? 何か原因が分かるかもしれません」

「それもそっか。一番近そうなのはあっちの方向」

 と、リリエお姉さんは指差します。

 その先にはゆっくりうごめく巨大なナメクジ。

「居たわ」

「居ましたね」

 調査・討伐対象の魔物、ビッグスラグと言うナメクジが、とてもゆっくりとした動きで這っていました。

 頭から突き出た角、もとい、おめめで辺りをきょろきょろと見ています。おそらく、私達の姿も視認しにんしていたはずです。

 取り敢えず近づこうということで、近くまで行きましたが。

「なんか、聞いていたよりも小さいね」

「普通よりも大きいですが、巨大化と言うほどでもないです」

 今ならまだ完全に暗くなってはいません。ビッグスラグ一体を仕留しとめるくらいどうってことはないです。

 ビッグスラグの動作はおそく、私達がのんびり会話をしていても、いまだに、行動を変更した様子が見られません。視認、していますよね? 何回か目が合っていますし。

 取り敢えず、対策として持ってきていたお塩を振りかけて、と思ったのですが、必要なさそうですので、そのまま、何時いつかの拾い物の剣で弱点である核を狙ってぶすり。もはや刃物と言うには、切れ味の無さすぎるこの剣でも簡単に刺さりました。あれ? 核を貫いた感覚がありませんね。

 しかし、そのビッグスラグは声も無く消滅し、まとっていた粘液が地面に残ります。

「手ごたえは普通ですね。普通のビッグスラグです。ただ少し大きいだけでした」

「そうね。私にもそう見えたわ」

「取り敢えず、依頼達成ですね」

「ちょっと待って」

 リリエお姉さんはそう言って、再び探知魔法を使いました。

 そう言えば、魔物が消えたのに、魔石が出てきませんでしたし、粘液が残っています。私のなまくらソードにもしっかりと粘液が残っています。気持ち悪い。

 大きい葉っぱを見つけて、剣をぬぐっていると探知が終わったようです。

「やっぱり、まだ反応がいくつもある。でも、今日はもう暗いし、動かない方が良いね」

 ここはリリエお姉さんの判断に賛成です。

 ツバキが居るので、魔獣や魔物もおそってはこないでしょう。

 簡易テントを張り、簡単にお腹を満たして、その日は眠りました。


 まだお外は暗いのに起きてしまいました。寝苦しかったので。

「ぐうぇへへへぇー♪ かあーみりーやちゃーん♪ すりすり」

 原因は分かりました。どんな寝相しているのですか、このお姉さんは。

 リリエお姉さんの抱擁から抜け出し、もう眠れそうにないのでテントのお外に出ました。

「ツバキも起きてしまいましたか。すみません、うるさくしてしまい」

 少し迷惑そうにテントを見るツバキに、私は申し訳なくなります。

 しかし、リリエお姉さんも探知魔法で沢山の個体を確認したので、疲れが出てしまったのでしょう。探知魔法は情報量が多いほど消耗しょうもうすると聞いています。仕方がありません。

 この森は夜になると少し冷えます。せっかくツバキも起きているので、火をおこしましょう。

 枝葉を拾い集めていると、ツバキは森の奥へと消え、焚火たきびが安定したころに兎を3匹くわえて戻ってきました。

 お利口さんですね。ちゃんと血抜きもされています。

 おや? いつものウサギとは違いますね。

 額から角が生えているのは変わらないのですが、その角は二股に割れており、身体は一回り大きく、耳も膨らんでいます。

 総じて、いつものウサギよりも強そうな感じです。

 それを下拵したごしらえして、焚火にかざします。

「こうして居ると、貴女とあの森を彷徨っていた時を思い出します」

 スタン村から見て、今いるこの巨木の森の反対に位置する、恐怖の森と呼ばれているあの森を彷徨っている時も、このように、私が焚火の準備を始めると、ツバキがウサギや鳥を狩ってきてくれ、そこから一日が始まるのでした。

 今ではツバキとこういうところに出かける事も無く、そもそも、森の中で夜を明かすと言うことも少ないので、まだスタン村に来てそんなに経っていなくても、懐かしく感じます。

「いつか、余裕ができたら、貴女と二人で旅をしてみても良いかもしれませんね」

 ふとそんなことを言ってみると、ツバキは嬉しそうにすり寄ってくるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る