第2話 リリエ
数分後、川べりの草むらで、肩で息をする私達の姿がありました。
ぜ、全力でじゃれあうと、こんなに疲れるのですね。
はぁはぁ……、まだ、この後、はぁはぁ……、用事が、あるのですけど、はぁはぁ……、もう何もしたくない気分です……。
て言うか、ツバキ、そんなに走り回らなくても良いじゃないですか、人間の体の構造上、貴女くらいの体格比だと、
まあ、何度か追いつけたので、貴女もじゃれあっているという
さて、クールダウンも
息を整えながら歩いていると、冒険者の方と行商人の方でしょうか? ギルドの前で屯していました。
ギルド内も何やら
時間と共に人が
受付には、まだ負傷者多数のボロボロの方達が
重傷者は居ないようですが、こんなに傷だらけだと、気になりますね。
団体さんが去って行ったので、ヴィンデさんに
「え? ああ。さっきの人たち? 荷馬車の護衛中に、なんだか妙なことに巻き込まれたというか、妙なことに遭遇したというか……」
ヴィンデさんは少し困った様子です。
「魔物が巨大化したらしいの」
「? その魔物さんが突然変異で大きくなったと言うことですか?」
「ううん、違うの。目の前で見る見るうちに大きくなっていって、どうしようもなくなって逃げてきたそうよ」
「ほう、ほう」
なんだかそれって、ツバキに使っている魔法に似ていますね。
こちらは小さくする方ですが。
「と言うことは、魔法でしょうか」
「あー。魔法かぁ。ん-、でも、魔力が持つかな?」
「小さくする方は私の魔力でも、一日持つようですが、大きくする方は、消費魔力が多いのですか?」
「あ、そうなんだ。でも小さくするほうも……、……うん?」
何かを疑問に思ったらしく、私の方に視線を向けるヴィンデさん。
その視線は、少しずつ斜め下にズレていき、ツバキに留まります。
「あの、カミリヤちゃん、もしかしてその可愛いワンちゃんは」
「ツバキです。私の大切な家族です」
「ああ。そう……」
ヴィンデさんがどこか遠い眼をして、小さな声で何か
「うん、まあ、大人しいみたいだし、もういいや」
「ところで、お仕事ありますか?」
「ちょっと待ってね。ちょうど出来たみたい。はい、これ」
奥からやってきた職員の方から受け取った紙を、そのまま私に渡してきましたよ、この人。良いのですか。少しは中身を確認するなどしてほしいのですけど。
そして、この流れからすると、その巨大化した魔物の調査ですよね。
受け取った紙を一読して、ほらねやっぱり、と思う私です。
「すぐに向かってほしいのだけれど、大丈夫? あと、可能であれば、討伐お願い」
「場所が分からないのですけど、どうすれば良いのでしょうか」
「今、感知・探索の人を募集してるから」
なるほど、では、ギルド内の喫茶店で待たせてもらいましょう。
ついでに昼食を頂きます。
メニュー表を見ていると、コーヒーがありました。
懐かしいですね。前の世界で、最後の町を出て以来、口にしていません。
こちらに来てからは、ツバキが居たので、なるべく外食をしないようにしていたので、飲んだことがありません。
では、私はパンとコーヒー、ツバキはお肉とミルクが良いのですね。
「お待たせいたしました。伝票はこちらに置いておきますね」
私の前にはロールパンとコーヒーが、ツバキの前には牛肉のステーキと深めのお皿に入ったミルクが置かれました。
ツバキはじゃれあった所為で喉が渇いていたのか、すぐにミルクに口を付けます。
私は取り敢えずパンにかじりつき、コーヒーを飲みます。
うん。香りとかはよく分かりませんが、美味しそうです。
では、一口、んぐ、……っ、…………――っ! ――――っ!!
けほっ、けほっ! に、……苦いです! いえ、コーヒーとは苦いものだとは理解しています。ですが、これほど苦いとはっ! 涙が出るほど苦いです!
パンを食べて、口直しをしている私を、いつの間にか対面に座っていたヴィンデさんが、妙に色っぽいというか、
な、なんなのでしょう。
……気にしないことにします。そんな事より、この苦さをどうにかしたいです。とてもではないですが、飲めたものではないです。
この世界ではこの苦さが普通なのか、周りの方々は美味しそうに飲んでいます。
いえ、この世界のコーヒーが特別苦いのではなく、おそらく私の舌が子供舌になっているのですね。八歳の頃の身体ですし。
店員さんが気を利かせてくれたのか、コーヒーと共にお砂糖とクリームを渡されていたので、それを使います。
あれ? お砂糖とクリームが……ない?
どこに行ったのでしょう? あっ。何故、ヴィンデさんが持っているのですか?
にっこり笑うヴィンデさん。さては、返してくれない気ですね。
「カミリヤちゃん、もういっかい飲んでみたら?」
「いえ、もう苦いのは嫌なのですけど」
「もしかしたら、さっきの一口で舌が慣れて、美味しく感じるかもしれないわ」
……なるほど、一理ありますね。
では、再び一口。ごくり。……苦いです。相も変わらず、涙が出るほど苦いです。
急いでパンを口にする私でした。あー、まだお口の中が苦いです……。
ところで、ヴィンデさんが再び恍惚とした表情になったのですけど、ホントにどうしたのでしょうか。ご病気ですか? 違う? ならいいですけど。早くお砂糖とクリームをください。お口が大変なのです。ちょっと、なんでそんな、頭上高くに持っていくのですか。この職員、ふざけすぎでしょう。
ようやく、ヴィンデさんからお砂糖とクリームを取り返した私は、お口の中を甘々で満たしました。
「あ。そうそう。一緒に行く冒険者が決まったわ。リリエっていう魔法使い。何度か一緒に任務してるでしょ?」
私をからかう前に、そちらの情報を伝える方が、よっぽど優先度高いと思うのですがっ!
それにしても、リリエお姉さんですか。いつも良くしてもらっています。
完全に後衛向きの方なので、私としても合わせやすいです。的確に身体能力強化の魔法を使ってくださいます。
「見てたわよ、ヴィ・ン・デっ!」
「あイタッ! 痛たたたたたぁっ!」
いつの間にか後ろに現れていたリリエお姉さんに、頭を拳でぐりぐりされて、ヴィンデさんが悶えています。
今更ながら、ツバキが負けじとヴィンデさんの足に噛みついていますね。
取り敢えず、ツバキには「
貴女さっきまでお肉とミルクに夢中で、こちらのやり取りに気付いていなかったじゃないですか。今更ですよ、ホントに。
「ったくあんたは、こんな小さな子に抱き着かれてうらやま――っじゃなくて、泣き顔も可愛かったんでしょうね今度やる時は――違う違う! 大の大人がこんな小さな子に意地悪しないの! うらやま可哀そうでしょ羨ましい」
「もうちょっと隠す努力しなさいよ、リリエ」
何でしょう、少し寒気が。
それは置いておいて、このお二人は仲が良いみたいですね。
大人になっても、こういう風にふざけ合える関係は、貴重なものだと思います。
前の世界の私は、なんだかんだあって、結局最後は自分一人しかいませんでしたから、信頼できる仲間と言うのは憧れます。
この世界ではそういう仲間に出会えるように頑張りたいのですが、このギルド内には同年代の方がいらっしゃらないので、ちょっと難しいですね。皆さん、気の良いお兄さんやお姉さんだと思うのですが、やっぱり年上の方には気を使ってしまいます。
「ごめんね、カミリヤちゃん、色々な手続きの書類書いてたら、中々こっちに来れなくて。このアホには、よく言って聞かせておくから、許してね」
「アホとは何よ、アホとは。あたしよりも、あんたの方がよっぽど不安――」
ヴィンデさんが口答えすると、リリエお姉さんはヴィンデさんの方を向いてにっこりと笑いました。
それを間近で見たヴィンデさんは、すっ、と口を閉ざします。
あの、私には魔力の見える目が無いはずなのですが、何やら、リリエお姉さんから黒いオーラのようなものが見える気がします。気のせいですか? 気のせいですね。そう言うことにします。
再び私の方を向いた時には、いつものリリエお姉さんです。
「あら? 今日はワンちゃん連れてるの?」
わしゃわしゃー、リリエお姉さんはツバキの頭を撫でました。
ツバキは大人しくそれを受け入れています。というか、あんまり逆らいたくない感じですね。目は少し不服を訴えています。
「お名前はなんていうの? そう、ツバキちゃんっていうの。大人しくしてて偉いね」
一頻りツバキを
「そっか、そっか。これが前聞いていたツバキかー。……ん? ツバキ?」
何かに気付いたリリエお姉さんは、さぁ、と顔を青ざめました。
どうしたのでしょうか?
「ねえ、ヴィンデ。ハンターウルフって、こんなに小さいっけ?」
「魔法で小さくしてるそうよ。って言うか、魔法使いなのに気付かなかったの?」
「ああ、うん。完全に油断してた。そうね。カミリヤちゃんだもんね。油断した自分が悪いね。ちょっと落ち込んでくるね」
急に机の下に座り込んで、うずくまるリリエお姉さん。一体何がしたいのでしょうか。
「と言うわけで、このリリエと調査に出てね」
「出る前に、この丸くなっているリリエさんを元に戻してほしいのですけど」
「ああ。それは、あきらめて」
いや、それじゃあ邪魔ですって。
さすがにそれは冗談だったらしく、ヴィンデさんはリリエさんの頭を持って力ずくで横に向かせました。
あの、そんなことして大丈夫でしょうか。あ。なんか大丈夫そうですね。とても幸せそうな表情になりました。さっきまでのどんよりした空気はどこへやら。
「……っぁ、……ハァハァ。……じょ……な……し。ハァハァ……!!」
息がだいぶ荒いようですが、大丈夫そうです。大丈夫だと言っています。
それでは出発です。
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