第2話 天界の不思議空間

(はて? 私は死んだはずでは?)

 何とも言えない、不思議な空間に私は立っていた。

 見渡す限り何もない、光り輝く不思議空間。

『勇者……。勇者、カミリヤよ』

 突然、頭の中に直接響く声。

 この声には聞き覚えがある。

 それは私が勇者だと告げられた時に聞いた、女神様の声だ。

「女神様?」

 ぐるりと後ろを振り返ると、そこには神々しい姿の女性が立っていた。

『カミリヤ、ごめんなさい。貴女は長い年月をかけて世界を救ってくれたというのに、あのような終わり方になってしまうなんて……』

 今にも泣きそうな表情の女神様を見て私は慌てた。

「ちょ、ちょっと待ってください、女神様!! 確かに、何者かに毒を盛られて殺されたことは不服ではありますが、それは女神様の所為ではありません。それよりも、やはり、私は死んでしまったのですね」

『ええ、本当にごめんなさい。世界に直接干渉できない自分が、これ以上にないくらいもどかしいです……。……ところで、貴女には自分が何故殺されたのか、知る権利がありますが、聞きたいでしょうか?』

 女神様はそう言いながら指で涙を弾く。

「はい。ぜひ、教えていただきたいです」

 別に犯人を知ってどうのこうのするつもりは毛頭ない。私はもう死んでしまっていて、復讐しようにもしようがない。本当にただ知りたいだけ。

『王の差し金です。王はずいぶん前から計画していたようです。カミリヤ、貴女が旅立つ前に王城に努める約半数の兵士を魔王に向かわせたことがあったのですが、魔王一人に全滅。つまり、いつか来る未来、王城に残る兵士をかき集めたとしても、魔王を倒した貴女を抑え込むことができないと考えたのです。貴女は英雄であると同時に王にとっては爆弾となってしまった。まあ、王がそう考えるのは、恐らく、隠し通したいことがあったからなのでしょうけど』

「私に知られるとまずいことがあった、ということでしょうか?」

『いえ、貴女、というよりも国民の誰にも知られてはいけないことだと思います。ただ、貴女は国民への影響力もありますし、一人で全てを暴くことのできる存在だったので』

「なるほど。ところで、その悪事?はどういった内容なのですか?」

『……わからないのです』

 女神様は申し訳ないといった雰囲気を出し、言う。

『あの腐れ外道王め、神の目をも欺く結界など生み出しやがって……』

 突然、そのようなことを呟き、悔しさ……いや、これは怒りや恨みといったものだろうか? 目が軽く据わっていた。

 こちらの驚いた表情に気づいたのだろうか『ごめんなさいね、おほほ』と笑って誤魔化そうとする女神様。

『さ、さて! あの世界を救ってくれた貴女には褒美として、今まで居た世界とは別の世界で生きてゆくことが許されています。ああ、記憶を保持したまま行くこともできますし、他にも望みがあれば、可能な限り叶えましょう。ぶっちゃけ、異世界転移です』

 ん? 何? どゆこと?

「えっと、その、異世界? とやらに移住できるということですか?」

『ええ。あ、もちろん、貴女がお望みならば、ですが』

「行きたいです! 異世界に移住したいです!」

 青春時代のすべてを魔王討伐に懸けてきた私にとって、あんな終わり方では満足できるわけがない。

 出来る事なら、平和になった後にしたかったことを経験したい。

 女神様は私を慈愛に満ちた微笑みで私を見る。

『カミリヤは転移したら何がしたいのですか?』

「そうですね……。勇者とかのしがらみのない、ゆっくりとした生活。普通の生活をしてみたいです。平和な人生を送ってみたいです」

『では、細かい要望があれば言ってみてください』

「体はこのままでって言ってもだいぶ無理が祟ってボロボロですから……」

『わかりました。では、少し若返った状態……そうですね、転移の際こちらで調整させてもらいますね』

「あ、はい。後、記憶のほうは今のままって出来ますか?」

『はい。やりたいことがあるのに、それを忘れてしまうのは不本意でしょう。記憶のほうは何もしません』

「そう言えば、元の世界の言葉は通じないですよね?」

『心配しなくても自動翻訳されるように加護が与えられます。聞こえる声は貴女の理解できる言葉になり、貴女の発する声はあちらの世界の言葉になり発せられますよ。あと、転移先の世界も魔法や魔物が存在する、貴女が今まで居た世界と似ている環境です』

 女神様は『他にありますか?』と、微笑みながら促す。

「そうですね……、その移住先で生活に困らなければそれでよいのですが」

『それもそうですね。では、大金を……用意しておくと言っても、貴女はそれを望んではいないのでしょうから……』

 さすが、よく知っていらっしゃる。

『貴女の働き口に困らない場所に送り届けることにしましょう』

「あ。あと、勇者関係の事ですけど」

『大丈夫です。勇者の加護を取り除くことはできませんが、もう貴女が勇者として何かをすることはありません』

「なんだか申し訳ないですね。報酬を貰っているのに働きたくないみたいな感じになってしまって」

『うふふ。良いのですよ、私の可愛い勇者。カミリヤはこれまで我々神のため、そして世界のために頑張ってきたのですから、当然の権利です』

「女神様……」

 私は、女神様の優しい言葉が胸に沁みるような感覚がして、少し、感極まったような涙が出てしまいます。

『あの、カミリヤ? もうちょっとわがまま言っても良いのですよ? 貴女は世界を救ったのですから、その報酬として、多少の無理はどうにでもなりますからね?」

 そうは言われても、なかなか他には思いつかない。うーん。

「あ。流石にこの服装ではなく、その転移先の世界の、……そうですね、村娘っぽい服装にして転移させてもらえますか?」

『そんなことで良いのですか? まあ、あまり欲の無かった貴女らしいと言えば貴女らしいですね」

 うふふ、と女神様が微笑みました。

 私が女神様の慈愛に満ちた微笑みに、うっとりしていると光が私を包み込んでいく。

『では、良き転移ライフを』

「ありがとうございます、女神様――」

 光がひときわ強くなり、視界がホワイトアウトする。


 元勇者、カミリヤが居なくなった謎空間で女神が怪しく笑う。

『さて、私の可愛い勇者をよくもまぁ卑怯な方法で殺してくれましたね、愚かな人間の王よ。神をもあざむく結界も気に食わないです。今に見てなさい、愚王。悪事をすべて明るみにし、生まれてきた事を後悔するような地獄に叩き落してあげる。ふふ。うふふふ』

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