異世界勇者のその後は割と大変

不屈の秋刀魚

序章

第1話 勇者、死す

 幾度もの斬りあい、衝突。何度もの攻防を経て、互いに肩で息をしながら距離をとる。

 私の身に付けていた防具はほとんどがひび割れ、幾つか砕け散っていた。

 決戦の相手、魔王はと言うと、切り傷だらけだが、その全身を覆う黒の鎧は未だ健在。

 力では負け、素早さで勝負するしかないと思い、一合目以降は戦い方を切り替えたが、それでも、魔王に傷をつけることができずにいる。

 永遠に続くかに思えた戦いも終わりが近づいていた。

 私はそろそろ頃合だと、にやりと嗤う。

 そう、傷を負ってはいないと言えど、魔王のスタミナはかなり削られている。私の戦い方に業を煮やし、強引に自身の得意分野の力技によるゴリ押しの勝負に持ち込もうとするはずだ。隠し球を使うなら今だ。

「魔王よ。もうお互いに限界を超えて共に死に体……。そろそろ終わりにしよう」

 私はそう言って、伝説の剣を構えなおす。

「ふははは。ここまで追いつめられるとはな。だが、われは絶対に負けん。死ぬのは貴様だ」

 魔王も覇者の剣を構える。高く、大上段に。

 私よりも二回りほど大きい魔王がさらに大きく見え、凄まじいプレッシャーも放っている。

 防御も何も考えない強烈な一撃を見舞うつもりだ。

 私は剣を片手に持ち直し、空いた手を宙に掲げる。

 私の目の端に映る髪の毛は、アビリティ『マルチエレメント』により青白く変化して発光し始めた。

 これで、私の身体は雷属性に適応したので、威力も減衰しない。

「現れよ、雷神の怒り!」

 体に残っている魔力を振り絞り、雷神トールの雷を呼び出し、剣に触れる。

 伝説の剣は黄金に輝きだす。

「「喰らえぇぇぇぇええええ!!」」

 まずは私の攻撃が魔王の腹を横一線に切り裂く。

 雷をまとう伝説の剣は魔王の鎧をいとも容易く切り裂き、魔王の体を焼いた。

「ッ!!?」

 今まで、切り裂かれるということがなかった己の鎧。

 それが何の抵抗もなく切り裂かれたことに、魔王は驚愕の表情を浮かべた。

 致命傷のはずだが、しかし、魔王は踏み出した足を踏ん張り、覇者の剣を振り下ろす。

 魔王の決死の攻撃。

 先に剣を振った私はその遠心力を利用し、回転。

 剣の勢いを殺さず、むしろ加速させる。

 そして、魔王の渾身の一撃を弾いた。

「なっ」

 本来、筋力で上回る魔王の攻撃が、私の攻撃に力負けするなど有り得ないことだ。

 そして、それはこれまで切り結んで私も魔王もわかっていたことだ。

 だが、私は勝った。

 それはこの戦いで初めて使った、この時のために隠していた雷神トールの加護。

 そして、私の得意とする加速する連撃。それらが合わさった結果だ。

 もう私は止まらない。

 踊るように剣を振っていく。

 魔王は私の攻撃を喰らいながらも、反撃を試みるも、剣を前に出した瞬間、加速し続ける私の剣撃によって再び弾かれた。

「でやあぁぁあっ!」

「ぐはっ」

 20連斬撃。

 魔王は倒れた。

 剣を鞘に納め、虫の息の魔王を見る。

「……勇者、カミリヤよ。我の負けだ。……これにより、……人間界に侵攻していた魔族は……消滅するだろう」

「そうね、これで、平和に……」

 しばらくの無言。

 呼吸を整えた魔王が言う。

「忠告だ。人間の王、奴は何を仕出かすか分からぬ奴だ。用心することだな」

「忠告、どーも」

 魔王が息絶え、砂になる。

 私は魔王に勝った。

 こうして、15年に及ぶ、勇者の旅は終わった。


 魔王との死闘の後、休息し、魔力が少し回復してから、帰還の魔法で王都に。

 各地で魔族が消滅していくのが確認されていたらしく、沢山の人々に出迎えられた。


 勇者の凱旋。


 その日、世界中お祭り騒ぎだった。

 無理もない。この世界に魔族が現れてから約30年。ようやく、魔族との交戦が終わったのだ。

 世界人口は魔族出現直後の半分になっている。

 結局、魔族の発生原因、及び魔王の目的はわからず仕舞いだったが……。

 その日の夜、私は王城の豪華な一室を与えられ、そこでこれまでお世話になった武具の整備をしていた。

 最後に冒険者カードと呼ばれる旅立ちの日に渡されたカードを眺める。

 主に自分のステータスの確認ができる代物だ。これを持っていれば世界各国にあるギルドで様々なサービスを受けられる。

「ははは。もうこれもボロボロ」

 カミリヤ(伝説の勇者)

LV 999 HP 43/9999 MP 8/9999

ATK 9999 DEF 9999 MAT 9999 RES 9999 AGI 9999

ability 女神の微笑み 勇者の風格 加速 天衣 ……

と、ここから先は魔王との戦いの影響か、汚れてしまって見えない。

 拭いても汚れは落ちないし、焦げ跡もある。

 この15年間色々あったなあ、と思い出に耽っていると、丁寧なノックの音が聞こえた。

「はい。どうぞ。あっ」

 ドアを開けると、王城に努めているメイドさんが食事を乗せた台車を手に持っていた。

 メイドさんが綺麗なお辞儀をする。

「勇者さま。お食事をお持ちいたしました。さぞかしお疲れでしょう。今日のところは空腹を満たし、ゆっくりお休みになってください。

あなたの武勇はまた後日、疲れを癒してからでもよいので、聞かせてください、とのことを王より伝えるように言われました。お食事が終わりましたら、食器などは部屋の外に出してください。後ほど回収させていただきます」

 そう言ってメイドは、綺麗なお辞儀をして去っていった。

「ごはん……」

 私はメイドの置いていったご飯を見て、ごくりと喉を鳴らす。

 旅の途中にはありつけなかった豪華な食事。

 そして、魔王城を攻略途中に食べた干し肉が最後の食事だったことを思い出す。

 丸2日くらい何も食べていない。

 貪る様に目の前の食事を平らげた。

 食べた事もない高級食材が使われていたのだろう。料理人もきっと確かな腕だったに違いない。

 どれもこれも舌が蕩ける様なうまさだった。

「ふぅ……。おいしかったぁ」

 少し物足りない感じがするが、腹八分目が良いと聞いたことがある。これでよい。

 腹が満たされると、眠くなる。

 ここ数年、特に魔王の支配領域に乗り込んでからは常に神経を張り巡らせ、熟睡するということもなかった。

 女神の加護によって若い肉体が保たれるといえど、浅い眠りでは疲れも完全には取れない。

 食器を部屋の外に出すと、眠気に抗いきれず、倒れこむようにして横になる。

「あ、れ……?」

 異常なまでに体に力が入らない。

 15年間の戦いの中で培ってきた私の何かが警鐘を鳴らす。

「ぐっ……くっ……」

 激しい眠気に焦る私。

(これは……毒!! まずい、解毒の魔法……!)

 筋肉弛緩の作用があるのか、うまく発声も出来なくなっていた。

(無声詠唱、解毒魔法キュアー!)

 しかし、MPが足りずに不発に終わってしまった。

 焦るあまり、無声詠唱は余分にMPが必要なことを失念していた。

(王か、王の仕業なのか)

 ふと、魔王の最後の言葉を今更ながら思い出す。

(嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない! こんな終わり方なんて……! やっと、これからだっていうのに!)

 王の目的は何だ? 私を殺して何になる。魔王は何か知っていたのか。

 気力を振り絞るが、徐々に意識が、思考が崩れ落ちていく。

 そして、私は死んだ。

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