PART4 コスプレサミット

翌日早朝、午前06:00

俺は”件のホテル”のロビーに居た。

あの後一旦下に降りて、カウンターで七階の空き部屋にチェックインしたのさ。

”都合よく空き部屋があるもんか”だって?

 それがあったのさ。いや“空けて貰った”というべきかな。

 どんな手を使ったかだって?

”大兄氏”の名刺を見せたのさ。

(ここは彼の企業が経営に参加しているホテルなんだという。)

 水戸黄門の”葵の印籠”をひけらかすようで、あまり気分は良くなかったがね。

 

 昨日のあの連中?

何もしなかったさ。

あの後同じ七階で降りたんだからな。

人目があっちゃ、連中だって何も出来まい。

しかし、相変わらずしつこい。

今日も、俺が早々とチェックアウトを済ませ、ソファに腰を下ろすと、同じメンツが後からやってきた。

向こうもこちらを確認すると、四人揃って同時に、

”いやがった”とでもいうような、苦い表情をして見せた。

俺はわざと知らんふりを決め込み、エレベーターのある壁に目線を集中させる。

 腕時計の文字盤が09:00を記した時。

 エレベーターの一基が、”TILT!”を宣言するような音を立てて開き、リンが仲間たちと一緒に降りてくるのが見えた。

 彼女達は、相変わらずこっちの存在には気づいていない。

 俺はシナモンスティックをかじり、彼女たちをやり過ごす。

 そのままカウンターでチェックアウトを済ませ、外へ出た。 

 俺、そして例の”危ない外国人”もそれに続く。

 彼女たちは昨日と同じく、二台のタクシーに分乗、ここから秋葉原にあるイベントホールに向かうつもりらしい。

『お待たせ、ダンナ』

 俺の後ろで声が掛る。

 グレーの4WDが停まっており、助手席のウインドが開いた。

 覗き込むと、見慣れた顔がそこにあった。

 俺は何も言わずに助手席に乗り込む。

『前のオリエンタル無線二台だ。場所は秋葉原アキバの◎◎ホール。気取られるなよ。日本一のプロ・ドライバー』

『東洋一だ。覚えとけ。』

 ジョージは誘導をしていた警備員が急かす前に、サイドブレーキを外し、急発進させた。

 ルームミラーを覗く。

”危ない外国人”のグループが、ブルーのワゴン車に乗り込むのが見えた。

『ところで昨夜頼んだ荷物は持ってきてくれたか?』

 彼はハンドルを握り、前方を見ながら、片手で後部座席を指さして見せる。

『ったくよお。俺を何でも屋みてぇにこき使いやがって、これじゃ倍増しどころじゃ済まねぇよ』

『分かってる。心配するな』

 俺は苦笑して、後部座席にある、オリーブ色のバッグを確かめた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 きっかり30分後、車は秋葉原に着いた。

 そこは5階建てで、一階一階が、どこも様々なイベントが行われるようになっているらしく、

”ワールド・コスプレサミット”は、その中の最上階の、最も広いホールを借り切っているという。

 リンとその仲間たちは、タクシーから降り、足早にビルの中に消えて行く。

『良く似合ってるぜ。ダンナ』

 車から車道に降り立った俺の姿をみて、ジョージが茶化すように声を掛ける。

 グレーの中折れに、オリーブ色のトレンチコート。

 ちょっとずらしたネクタイ。

 え?

 何をしたんだって。

 決まってるじゃないか。

 石を隠すには石の中。落ち葉を隠すなら森の中って言葉があるだろう?

 それにならって、俺もコスプレってやつをしてみたのさ。

 アニメかコミックのキャラクターじゃなけりゃ駄目だっていうんなら、ディックトレーシーと行こうかとも考えたが、しかし生憎黄色いコートも、腕時計型通信機も持っていない。

 そこで思いついたのが、我が尊敬する、探偵界の偉大なる大先達。

 フィリップ・マーロウさ。

『お前さんはどうする?ジョージ』試しに聞いてみたが、彼は首を振り、

『冗談じゃねぇ。そんなチンドン屋みたいな真似、幾らゼニを貰っても御免だね。

 終わったらまた呼んでくれ。迎えに来てやるからよ』

 彼はそう言い残すと、そのまま走り去っていった。

 俺は一階に設けられた受付でチェックを済ませると、

(こっちの方は予め申し込んでおいたのさ)堂々と胸を張ってエレベーターに向かった。


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