第6話 オアシス Oasis


 同時テロを阻止した二日後、試験基地司令部を囲むオアシスの噴水のそばに、スワンとグースの姿があった。試験飛行に戻った二人は今日の勤務を終えたばかりだった。砂漠地帯を渡る涼やかな風に吹かれながら、のんびりくつろいで改めてミッションを振り返っていた。


「無人機が積んでいた不気味な球体、あれって電磁パルス爆弾だったの!?核廃棄物貯蔵庫に投下されたら、通信妨害装置まで機能停止するわ。ロボット兵に占拠されてたわね」


 ビアンカは靴と靴下を脱いでズボンの裾をまくり上げ、素足を冷たい水のなかに浸して、気持ちよさそうにぶらぶらさせながら言った。


「ああ、SSRDのスタッフが口を滑らせたんだ。あの無人機は電磁パルス爆弾の実験に向かう途中だったらしい。妨害電磁波が消えてしまえば、ロボット兵を止められるのは同じロボット兵部隊だけだからなあ~。輸送機で派遣したロボット兵部隊は、全然間に合わなかった。ハッカーたちが凄腕だったのは確かだよ。無人機とロボット兵部隊を同時に乗っ取ったんだからね」


 アキラは噴水を囲む石畳の上に寝そべって、ゆったり空を見上げながら、穏やかな時間の流れに身を任せてリラックスしていた。


「あの無人機だって、ロボット兵と同じ自動操縦のままだったら、テロは成功していたとNSAは分析しているらしい。姫の偵察機が試験機でラッキーだったよ!サイドワインダーを試験装備してなかったら、あの連中は挑発に乗らなかったかもしれない」


「そうね。ちょうどイーグルアイカメラも超音速テスト中だったし、SSR1は軽量化で強化レーザー砲は積んでいなかったし、ついてたわ!」


 ビアンカは肩をすくめて笑顔を見せた。


「あのカメラ、テロの二日前にテストを始めたばっかりだろう?超ラッキーだよ!映像ロックオンは接近しないと使えないのが難点だけど、背後のミサイルまでロックオンできるんだからね。早く実用化してほしいよ!」


 アキラは力をこめて熱っぽく語った。今回は突発したテロへの緊急ミッションだった。一か八かの作戦で難度がこの上なく高かった。運が味方してくれて助かったと思う。


「ホント、ラッキーずくめだったわね~」


 ビアンカは相槌を打った。けれども、内心では偶然じゃないかも知れないと感じる。だって・・・


 と、アキラがふと口にした言葉にビアンカは目を見張った。


「メトカーフ大佐が指揮を執ったのもラッキーだったよ。並みの司令官じゃ、あれほど的確な対応はできなかっただろうな~」


「それ、どういう意味?マーカスはここの副司令官じゃないの?」


「なんだ、スワン、知らなかったのか?あ~、そうか!君は二週間前に来たばかりだもんな。マーカスは臨時の司令官代理なんだ。一か月前に着任したばかりで、明日には統合参謀本部に戻るんだ。よりによって、最後の週にテロ事件が起きるとはね!」


「そうだったの?それじゃついてたわね~、わたしたち。出撃前に大佐に言われた通りだったもの。SSR1のブラックボックスがミッションの目的だって。アキラがSSRDに運んだアレね。ハッカーの侵入経路を割り出すまで、ほんの数分だったってホント?」


「いや、それが詳しいことはよくわからないんだ。警備がめちゃ厳重で、僕は敷地にも入れなかったんだからね、スタッフがラボから出てきて、立ち話しただけなんだ。でも、連中のおかげで、ブラックボックスのハッキング情報から、ハッカーの居場所を割り出せたんだ。海兵隊が一味を急襲して、ロボット兵のハッキングも解除できたから言うことなしだ」


 二人でブラックボックスを探し出した後、スワン機はAIの故障で基地に戻り、グースがブラックボックスを積み、単身西海岸のSSRDのラボへ飛んだ。


 あの日、スワンの援護ができないグースは、ひどい自己嫌悪に陥った。しかし、ブラックボックスを搬送してチームに貢献できた今は、任務の成功を素直に喜んでいた。


「マジな話、戦闘機部隊がロボット兵と交戦になる前に、ハッキングを解除できたのはこれ以上ないぐらい幸運だったよ。あの部隊は重兵器級レーザーで武装していたから、現場に最初に到着した無人機は全滅させられた。有人機と交戦になったら、確実に味方に犠牲者が出てた・・・考えるだけで、ぞっとするよ!」


 アキラはキリっと上がった眉をしかめて言った。遠くを見つめる黒い切れ長の目には安堵の色が浮かんでいる。二十代後半のこの日本人パイロットは、クールなイケメン顔で一見怜悧にさえ見える。事実、操縦桿を握れば冷静で判断を過たない。その反面、繊細な感受性と限りなく優しい心を内に秘めていると、トップガン候補生時代からビアンカは気づいていた。


 そこに惹かれるの・・・


「間一髪だったのね。でも、SSRDって、あの有名な戦略科学研究開発機構でしょう? SSR1と攻撃型ロボット兵の開発を手がけた?若いハッカー集団にハッキングされるなんて、ちょっと間抜けなんじゃないの?」


 ビアンカは話しながらアキラの横顔にちらっと目をやった。軍に入って以来、こんなに紳士的な士官に会ったのはこの日本人パイロットが初めて。メトカーフ大佐も紳士的だけど、彼はどこか油断できないと感じる。

 勘ぐり過ぎかもしれないけど・・・


「まったくだ。何だってああも簡単に乗っ取られたのかな~?・・・あッ、そうだ!姫に聞こうと思ってたんだ。モールスに見立てて銃撃したんだって?こっちは放置プレイされて、全然気づかなかったよ」


「あれは挑発しただけよ。アキラが知りたいのは、なぜ東海岸の有名大学とわかったか、よね?」


 アキラがうなずくとビアンカはいたずらっぽく目を輝かせて、耳元に口を寄せ何やらささやいた。


「えッ?SBFって、あの大学のエリート結社の合言葉の略なのか~?大統領も入っていた秘密結社なんだろう?にしてはちょっとダサ過ぎないか、それって?」


 アキラは腹を抱えて笑った。


「でしょう?たまたま知ってたの」

「やれやれ、この国の未来が不安になってきたよ。でもあのヒントを元に、NSAは過去五年間のドッグファイトコンテストの優勝者をサーチして、ゲーマーの首謀者を特定したんだからね。スワンのお手柄だ。ジイハハナガタカイデスゾ、ヒメ!」

「カタジケナイ、ジイ!」

「おおッ、それって正しい日本語だよ。やっとわかってくれたか!」

「カタジケナイ、ジイ!」

「あ~、お前ってそればっかだな~!」


 軽口を叩いた二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。砂漠の乾燥した爽やかな風が優しく吹き抜ける。緑に囲まれたオアシスに、急速に夜のとばりが降りようとしていた。


 と、そこへ基地の戦闘機部隊チームリーダー、クーガーことビリー・コーテル大尉が、生い繁ったジャングルの小道を縫って姿を見せた。


「よう!グース、スワン、大佐の送別会が始まるぞ!」


 クーガーはスワンとグースと固い握手を交わし、互いに抱き合って肩を叩いた。国防省への作戦報告で帰還が遅れ、ついさきほど試験基地に戻ったばかりだ。


「よくやった、スワン!お前しかできないと思っていたから、大佐が指名した時はひと安心したぞ。ま、正直言うと、気が気じゃなかったけどな!」


 気さくな性格のクーガーは陽気に笑った。


「ありがとう!あなたもロボット兵部隊を牽制して時間を稼いでくれたわ・・・ところでね、クーガー・・・わたしのお尻をつかむってミッションは、作戦指令書になかったわよッ~!」


 ビアンカはバシッとこっぴどくクーガーの手の甲を叩いた。最年少なのに目上のチームリーダーにも物怖じしない。上官や先任士官からちょっかいを出されても、軽くいなしてまるで気にもかけないのだ。


 グースは感心しながら二人のやりとりを見ていた。これだから、ビアンカは人望も人気もあるわけだ!ただの美人士官じゃない。


 自らは平然としているビアンカだったが、同期の女性士官にセクハラを続けていた男を、格闘技の訓練で気絶するまで打ちのめしたことがある。海軍パイロットの間では有名な話で、その事件が原因でビアンカは情緒不安定を疑われ、トップガンの首席になれなかったともっぱらの噂になっているぐらいだ。


「痛いじゃないか!スワン。俺じゃないゾ!この手が勝手に動いたんだッ!なんて、悪い手なんだ・・・神様、わたしはいったいどうすれば良いのでしょうか?」


 クーガーは両手を合わせて、敬虔なお祈りをするふりをした。


「はい、神様、おっしゃる通りにします。記念にこの手は一生洗いませんッ!」


 神妙な顔つきでおごそかな声を出すと、ビアンカは軽やかに笑って「ばかッ!」とクーガーの肩を小突いた。


 クーガーも大笑いすると、ビアンカとグースの肩に手を回して、

「お前たちが無事でよかった」

と、しみじみつぶやいた。


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