第5話 ブラックボックス Black Box


「やったぜーッ!!ざまあ見ろってんだッ!」


 してやったりと大声で吠えたジェイジェイが躍り上がった。固唾かたずをのんで見守っていたハッカーたちは、「よしッ!」と一斉にガッツポーズをとって、ハイファイブを交わし口々に叫んだ。

 

「やったな!俺たちは最高のチームだッ!」

「最後はあっけなかったけど、発射から1.7秒がこんなに長いとはね・・・」

「いいぞッ、ジェイジェイ!さすがはエアコンバットコンペ北米チャンピオンだ!」


「よしッ、現場を確認してミッション続行だ!」


 勝利に酔いしれるジェイジェイは、己の力を誇示して敵機撃墜の余韻を味わおうと、薄っすらとたなびく煙に接近、無人機の速度を落とした。パイロットの安否など頭に浮かびもしなかった。


 撃墜ポイントを回りこむようにゆるやかに旋回を開始した刹那、突如として無人機に異変が生じた。

 

 仮想コックピットのモニター映像が、何の前触れもなくフッと消えて画面が暗転した。スピーカーから流れていた風を切る音もピタッと止んだ。不気味な静寂が地下室をおし包む。ハッカーたちは凍りついたように動きを止めた。


「な、何だッ?どうしたッ!?」


 ジェイジェイは泡を食った。せっかくのお楽しみを邪魔されてたまるか、とムキになってモニターを弄り回したがコンソールは暗転したままだ。と、マッスルが天を仰いで叫んだ。


「操縦桿だ!死んでるぞ!」


 驚いたジェイジェイは傾いた操縦桿を掴んで揺すぶったが、ガクガクと力なく揺れ動くばかりでぴくりとも反応が返ってこない。


「SSR1がレーダーから消えてる・・・墜落したらしい」


 ビッグジョンが悲痛な声を振り絞って、へなへなと椅子に座りこんだ。 


「バカな!故障じゃないのか?」


 そんなことはあり得ない!ジェイジェイが頭ごなしに否定すると、画像データをチェックしていたリトルジョンは首を横に振って叫んだ。


「これを見ろッ!映像が途切れる前だ。上部カメラだ」


 映像分析モニターを覗きこんだハッカーたちは、信じがたい光景を目にした。信じ難い光景を目にして、頭の中が真っ白になる。


「敵機だ!真上にたった百メートルしかない・・・」


 リトルジョンは小さくぼつんと映った機影を拡大した。眩しい光の中に、無人機の真上を飛行する三角翼の機体の底部から、白い円盤状の装置が突き出ている。


「くそッ、やられたッ!通信妨害だ!近距離用小型装置を積んでたんだ。有効範囲が直径三百メートルぐらいのヤツだ。機体に格納スペースがあったんだ!」


 正式採用前の戦闘機のデータは、米軍や北米連邦軍のデータベースには存在しない。ハッキングしようにもできない・・・まんまと騙されたと悟ったマッスルは、思わず頭を抱えこんだ。


「青空に溶けこんで見えづらいな、特殊迷彩みたいだ・・・」


 呆然自失したファットマンは、ボソボソつぶやくのが精一杯である。


「なんでだッ?どうして敵機の接近に気づかなかったッ!?アラームも鳴らないってどういうことだよッ!?」


 顔面から血の気がひいて不気味なほど蒼ざめたジェイジェイは、怒りをぶつける相手を探すように、仲間を見渡してわめきちらした。もはや、自制心の欠片かけらも残っていない。


「撃墜したと思いこまされた・・・敵はミサイルを迎撃したんだ!爆発で画像が乱れて、ホークアイカメラのトレーサーもリセットになる。近距離でも自動再探知には数秒かかる・・・」


 ファットマンは必死で頭を整理して、筋道立った説明を試みたものの、現実を直視する冷静な気分にはほど遠い。でも、何かしら考えていないとショックに打ちのめされるだけだ・・・


「・・・機体迷彩を背景色に変えて、自動探知を遅らせて時間を稼いだ。妨害波が届く距離まで接近したんだ・・・速度を落としたスキを突かれた」


 誰に話すともなくおどおどと小さな声で言った。


「赤外線捜索はどうなんだよッ?接近されたらアラームが鳴るだろッ?」


 こんなことが起きるはずがないんだ!負けるなんてありえないんだッ!現実を受け入れられないジェイジェイは、必死に食い下がった。


「赤外線捜索は精度も下がるし射程も短い・・・五キロ先だったし、爆発であたり一面に赤外線が氾濫した。直後に離脱されたら探知できない・・・ここからは想像だが、急上昇していったんエンジンを止めて自由落下したら?あの三角翼なら機首を上げれば滑空できる。赤外線捜索を遅らせて、真上に張りついたのかもしれない」


 まるで自動人形のような平板な声でそう言うと、マッスルは我知らず深いため息をついて、独り言のように付け加えた。


「何にせよ、超一流のパイロットってことだけは確かだよ・・・」


「ちょっと待て!探知を遅らせると言ったって、爆発で機体がすっぽり隠れる距離まで、ミサイル迎撃を待ったのか!?ざっと計算しても、ミサイル命中までコンマ一秒の距離まで引きつけないとムリだ。ミサイルは相対速度マッハ五で飛んでたんだ。秒速1700 mだぞ!いくら超一流でも、有人機にそんな芸当ができるのか?」


 ビッグジョンがやり場のない失望と怒りをぶつけたが、もはや敗北を認めまいとする最後のあがきでしかなかった。


「試験機だからな~。俺らの知らないテクを搭載してたのかも・・・日本のプライム並みの人工知能とか?」


 リトルジョンがふてくされて投げやりに言った。


「最初から妨害電磁波を使うつもりで、わざと挑発して追われるようにし向けたのかも・・・」


 感情を失ったようにファットマンが付け足すと、マッスルがうなずいた。


「その通りだ!戦闘機が攻撃をしかけてこなければ、俺たちは考えるまでもなく回避していた。無意味で無謀に見えた攻撃には裏があったんだ・・・だってそうだろう?命中したと見せかけてまで、無人機の百五十メートル以内に接近したんだ。通信妨害波の圏内に誘いこんで、ハッキングを解除するのが敵の狙いだったんだ・・・無視すればいいものを、まんまと挑発に乗せられたんだ!」


 挑発に乗った当のジェイジェイは、ギラリと目を光らせてマッスルを睨んだ。ふざけんなッ、この俺さまが罠にはめられたってのかッ!今にもブチ切れそうに握った拳がぶるぶる震えている。気の強いマッスルは、負けじと真っ向から睨み返した。


 一触即発の緊迫した空気に室内がピンと張りつめたが、ファットマンが助け船を出した。ここは、二人のメンツを潰さないよう間を置くのが得策だ。動揺した仲間が忘れている最大の疑問をぶつけた。


「わからないのは、どうやってミサイルを爆破したかってこと・・・」

 

 いち早く気を取り直したマッスルは、ジェイジェイから視線を逸らせて言った。


「あのミサイルにレーザーは通用しない。と言って、機銃で爆発させるのはまず無理だ・・・画像ロックオンしようにも、標的が小さ過ぎてロックオン精度が大幅に落ちる。だから空対空ミサイルの迎撃はほぼ前例がない・・・」


 マッスルは首を傾げて言葉を切った。


「そうだけど、ホークアイカメラより解像度が各段に高い映像分析装置なら、空対空でミサイルにミサイルを命中させられるかもしれない。試作機だから特定しようがないけど・・・」


 悄然と肩を落としたファットマンの言葉に、ハッカーたちは無言で顔を見合わせた。AIで自動制御したロボット兵部隊を放置したままうつむいて黙りこくってしまう。

 無人機を失ったら打つ手がない・・・負けたんだ、過酷な現実がじわじわ重くのしかかった。


 だから言ったんだ!罠かも知れないって。言い争う気力も失せたマッスルは、沈痛な想いに浸っていた。


「相手は一機だけ。しかも戦闘能力は圧倒的に劣っていた。でも、戦略と経験では一枚も二枚も上手うわてだった・・・ディスられた通りだ。俺たちは実地訓練も実戦経験もないお子ちゃまだったんだ!」



 その頃、ビアンカは司令部と交信をかわしていた。攻撃機を鮮やかに無力化しても、浮かれた様子はこれっぽちもない。訓練を積んで修羅場をくぐってきた真正のプロフェッショナルは、虚栄心の塊のような若いハッカー集団には望むべくもない鋼のようなメンタリティを持ち合わせている。


「SSR1のハッキングを解除した。制御不能で慣性航行中。このままでは墜落する」


「SSR1の予想軌跡と落下地点を送信する。空軍の制御回復が間に合わない場合に備え、墜落地点まで追尾せよ。砂漠地帯で人家も施設もない。撃墜は無用だ」


 人口密集地や施設に墜落して被害が広がらないよう、どこの国でもハイジャック機や事故機は、必ず戦闘機が追尾する。墜落の巻き添えと言う最悪の事態を避けるため、飛行機の撃墜が選択肢に入っているのである。

 事実、墜落とされる事例の中に止むを得ずに撃墜した旅客機も存在するが、決して公にはされず歴史の闇に葬り去られている・・・


「了解。ミサイル爆破の衝撃でAIが損傷。自動追尾できない。レーダーは有効。推定落下地点確認。手動追尾する」


 蛇行しながら高度を下げる無人機を視界に捉えて、ビアンカは慎重に距離を置いて後を追った。



 後方で待機していたグースは、無人機の機影がレーダーから消えるやいなや、急加速をかけフルスピードで迎撃ポイントを通過した。スワン機の後を追う途中、司令部から連絡が入った。


「ブラックスワンがSSR1の墜落を確認。ブラックボックスを回収して、SSRDのラボへ向かえ」


「了解。墜落地点を確認した。急行する」


 このミッションの目的は最初からブラックボックスの回収だ。SSRDに運び、分析するまで気が抜けない。


 MX25-Fはイーグルアイカメラを搭載していないため、現場で何が起きたかグースには分からなかった。しかし、ビアンカならやってのけられると信じていたアキラは、心の中で喝采を叫んだ。


「やったな、姫ッ!大佐の計画もお前でなければ成功しなかったよ。爺は鼻が高いですぞ!」


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