第7話 偶然じゃない No Such Thing As A Coincidence

 その夜、メトカーフの送別会には、軍人ばかりでなく基地従業員も含め、当直を除く全員が顔をそろえた。本人たっての要望で大袈裟な催しではなく、仕事着のまま和気あいあい軽く立食パーティを楽しんだ後、大佐が退任の挨拶に立った。

 

 マーカス・メトカーフは、細かい気配りができる穏やかな性格の持ち主だった。わずか一ヵ月の臨時職にもかかわらず、部下や従業員の名前をすべて覚えて、分け隔てしない公平な態度で接する副司令官は、聴衆から敬愛の念をこめた拍手で迎えられた。数ある合衆国基地での「理想の上司」コンテストでもあった日には、上位入賞は間違いないだろう。

 目的本位に徹する有能極まりない諜報参謀士官にもかかわらず、およそ出世や売名には関心がない。その他人からの称賛にも無頓着な自然体が部下から敬愛される一方、有能であるが故に、凡庸な野心に憑りつかれた軍上層部や高級官僚からは警戒され、変わり者と見なされていた。


 メトカーフが手を上げて制するまで、拍手は止まらなかった。基地を代表して事務受付の女性士官から花束を受け取った大佐は、開口一番、基地の従業員に世話になった礼を丁寧に述べた。

 その後、士官に向かって話しかけた。

「短い間だったが、この試験基地で諸君とともに過ごすことができて、私は実に幸運だった。同時テロという偶発した緊急事態に直面したが、諸君は実に勇敢だった。優れた能力と見事なチームワークを発揮してくれた。心から敬意と感謝の意を表したい。ところで、大きな声では言えないが・・・実は」

 言葉を切ったメトカーフが珍しく深刻な表情を浮かべたため、一同は何ごとかと固唾をのんだ。


「・・・お偉方の長たらしい退屈な挨拶には、私も正直言っていつもウンザリさせられる。よって、退任の挨拶は以上だ。今夜はくつろいでゆっくり楽しんでほしい。司令官も明朝この基地に戻られる。諸君の幸運を祈る!クーガーとスワンは、パーティが終わり次第司令室に来てくれないか?」


 聴衆はどっと沸いて再び拍手が巻き起こった。

 メトカーフはにこやかな笑みを浮かべ壇上を降りて、人の輪に加わった。和やかに懇談しながら、次々に部下と握手や抱擁を交わして別れを惜しんだ。

 同時テロを阻止した祝勝会を兼ねたパーティは、若いパイロットたちの陽気で賑やかな騒めきに包まれ延々と続いた。



 その夜、人払いした司令室をクーガーとスワンが訪ねると、メトカーフは二人に意外な話を伝えた。

「君たちには打ち明けておかねばならない。あのハッカー集団のターゲットは、実は核廃棄物貯蔵庫ではない。貯蔵施設はモックアップのダミーで、地下には長距離核ミサイル基地が隠されている。あのままロボット兵の襲撃を受けていたら、テロリストに占拠され、恐ろしい事態に進展していただろう」

 真剣に聞き入るグースとスワンを交互に見つめながら話を続けた。

「今回のテロは核兵器の安全保障にかかわる大がかりな計画だ。大物の黒幕が資金と人材を手配したのは間違いないが、詳しいことはまだ不明だ。ハッカーは捕らえたが、彼らはおそらく駒に過ぎないだろう」

 

「ところで、君たち二人に事情を明かしたのは他でもない。今回の作戦に参加したチームの代表者として、核ミサイル基地の司令官が君たちを特別招待したいそうだ。明日1500時に現地に到着するようヘリを手配した」

 グースとスワンは驚いて顔を見合わせた。ビアンカはぴくっと眉を上げてキラッと目を輝かせたが、メトカーフは素知らぬ顔で言った。


「基地には国防総省と参謀本部の許可なしには、部外者は誰一人立ち入れない。君たちとチームの働きは、本来なら名誉ある叙勲にふさわしいのだが、今回の事件は決しておおやけにはできない。公に叙勲は行われないだろう。基地へ招待についても君たちの胸にしまって決して漏らさないように」


 例によって簡潔に用件を伝え終わると、

「二人とも見事だった。再会を楽しみにしているよ」

と、穏やかな笑みを浮かべて敬礼した。


「ありがとうございます!大佐もどうかお元気で!」

 敬礼を返して司令室を出たビアンカとクーガーは、ほろ酔い気分も冷めて黙りこくって歩きだしたが、ほどなくしてどちらともなく立ち止まって顔を見合わせた。

「なんてこった。スワン、お前、知ってたか?あそこが・・・」

と、ささやきかけたクーガーは言葉をのみ込んだ。ビアンカが唇に指を当てて見詰めているのに気づいたのだ。

 おっと、いけねッ!

 慌てて口をつぐんだクーガーは、ポンとビアンカの肩を叩くと、廊下をひとり歩き去った。残されたビアンカは、放心状態で自室へ向かって歩き出したが、頭の中では疑惑がグルグルと渦巻いて止まらなかった。


「新型機のテストパイロットになったのは、母艦の空母リチャードローズのミッチェル中佐に指名されたから。わたしが進んで志願したわけじゃない。まして、テロ事件が起きるなんて予想もしていなかったのに・・・」


「偶然はないの」というメンターの言葉は、ビアンカの脳裏に刻みこまれている。そもそも米軍に志願したのもある目的があってのことだ。

「砂漠地帯の核ミサイル基地と、ホワイトハウスの大統領執務室に入っておいてね。意味は分かるわね?」

 あの子から受けた指示はそれだけだった。

 ビアンカは思いに沈んだ。

 あの子には、こうなるとわかっていたのね・・・

 いつもの事ながら、驚かずにはいられなかった。

「海軍士官学校に入ったのも自分の意思で決めたのに・・・ハッカーたちは使い捨ての駒だったらしい。でも、わたしも駒のように運命に導かれているの?」


 と、不意にビアンカの顔に微かな笑みが浮かんだ。密かに胸でつぶやく。

「運命って偶然や運には左右されないのね、きっと。わたしも偶然や運には頼らない。偵察機のAIだって、ミサイル爆破の衝撃で壊れたんじゃない・・・」

 独り物思いに耽りながら、自室に向かって歩き続けた。

 ・・・わたしが壊したんだもの。外部損傷はないから、保守整備部はミサイル迎撃のショックでAIが故障したと結論を出すはず。離陸後、迎撃ポイントに向かう間に、大急ぎで計画を立てた割にはうまく行ったわ。



 翌朝、試験基地を去るメトカーフは、基地司令部の受付に立ち寄った。

「国防省へお戻りになるのに、テストパイロットの試験機評価レポートをご覧になりたいとおっしゃるのですか?大佐のセキュリティクリアランスには問題ありません。ただ、評価が出るのは三か月ほど後になりますが?」

 受付の女性士官が訝し気に尋ねた。

「かまわないよ、マージョリー。手数をかけてすまないが、統合参謀本部気付けで私宛に送ってほしい。航空機メーカーと国防総省を通すと手続きに時間がかかるんでね。ここでの最後の仕事だからいい思い出にもなる」

 メトカーフは鷹揚にうなずいてそう答えた。

「承知しました。専用回線で暗号化ファイルをお送りします」

「ありがとう、助かるよ。ところで、この件は基地の皆には伏せておいてくれないかな?思い出に耽る感傷的な上官と知られたくはないからね。いろいろ世話になったね。君も元気でな!」

 メトカーフが青みがかった灰色の目を閉じてお茶目にウィンクすると、女性士官は顔を赤らめてはにかみながら言った。

「感傷的だなんて・・・わたくしたちも同じ気持ちです。大佐もどうぞお元気で!寂しくなります・・・」


 メトカーフ大佐と握手を交わした事務担当士官は、立ち去る副司令官の後ろ姿を潤んだ瞳で見つめていた。

 迅速かつ的確に対応して重大なテロを未然に防いだ英雄なのに、なんて淡々としているの。まさにシルバーイーグルね *。いぶし銀みたい。思いやりがあって渋くて素敵な上官だった・・・あんなにチャーミングなボスはいないわ!


 遠ざかる制服姿のがっしりした背中を見送りながら、女性士官は切ないため息をもらした。

「司令官への恋心って、とてもじゃないけどかないっこないわね~」



* 大佐の階級(Silver eagle)


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