第2話 ハッカーの巣 Hackers' Nest

 デジタル装置が壁際に沿って並ぶ地下の一室では、メインモニターが載った楕円形の大型デスクを囲むように、各自が担当するモニターに向かっていた。

ここは、超音速無人攻撃機SSR-1を乗っ取った五人のハッカーたちの根城である。


 電子機器室然とした殺風景で無機質な部屋ではなかった。

 広々と豪奢な内装が施されて、潤沢な資金に恵まれていると一目でうかがい知れる。

 ハッカーチームも、世の人々がイメージしがちな影のあるオタク集団とはほど遠い。身なりも小ぎれいで、見るからに裕福で育ちの良さそうな若者ばかりだが、プライドの高い自惚れ屋というお決まりのメンタリティが透けて見える。


 怖いもの知らずの若者たちは、有頂天になって舞い上がっていた。それもそのはず、世界最速の無人攻撃機を鮮やかにハッキングしてのけ、無人機の堅牢な装甲は光速で飛来したレーザー攻撃を難なくはね返したのである。

 有頂天になって、はしゃぐのも無理はなかった。


「やったぜッ、オレたちは最高だ!無敵だ!」

 天にも昇る心地でハイファイブを交わす。

 この上もなくハイな気分で自己陶酔しているところへ、突然、かん高い警告音が鳴り響いた。


 ハッカーたちは跳びあがった。

 円卓の中央、無人機の遠隔操作プログラムのホログラムに未確認航空機「ボギー」の表示が青く点滅している。


「ん?なんだ、ステルス迎撃機か?推定速度マッハ5だとッ?こんな戦闘機、データベースにはなかったぞ!」

 仮想コックピットモニターを前に、無人機のホークアイカメラの映像をチェックしたパイロット役ハッカー「ジェイジェイ」が、不機嫌に言い捨てた。神経質でキレやすい性格で、警報に驚いて怯えが怒りに転じていた。


 ジェイジェイの隣に座るナビゲーター役で背が高い「ビッグジョン」は、ナビゲーションモニターのマップを指でスライドして、データベースと照らし合わせた。

「周辺のアメリカ軍基地の無人機じゃないな。どこから来たんだ?・・・ああ、これじゃないか?北米連邦軍の試験基地があるぞ。試験機だからデータベースに載ってないんだ」

 

 SSR-1は高詳細ホークアイカメラの他に、機体の全方位に映像モニターを装備している。映像を監視していた小柄な「リトルジョン」は、軽蔑するように鼻に皺を寄せた。

「信じられん!この高度じゃ妨害電磁波も届かないのってのに、わざわざのろまな有人機を使うか?軍は何を考えてるんだ、バカじゃないのか?」


「回避して北上しようよ。今なら簡単に振り切れるから・・・」

 大柄で小太りのハッカー「ファットマン」は、戦術シュミレーターをいじりながらのんびりした声を出した。

 丸々とした顔に埋もれた小さな目は眠たげで、何をやるのも億劫そうに見える。


「ファットマンの言うとおりだ。俺たちのターゲットは、核ミサイル基地の通信妨害装置だろう?雑魚は放っとけよ!」

 戦略戦術分析担当のマッチョなハッカー「マッスル」は、外見に似合わず慎重な性格である。穏健なファットマンに同意した。


「予想より早く迎撃機が来たか・・・手動に切り替えて東にアボートしてやり過ごすか」

 ジェイジェイは操縦モードを手動に切り替えた。

 ほっそりしたイケメンで、自慢の金髪をきれいに七三に分けている。エリート一家の御曹司で、見るからにナルシストそのものの端正な顔に、ピリピリした緊張感を漂わせていた。

 円卓の操作パネルに触れると、デスク前面が自動的に折りたたまれ、操縦桿と計器類が立ち上がった。ホログラムではなくヘビーゲーマー専用ハードウェアである。ゲームマニアが飛びつきそうな有人戦闘機仕様の外観は、軍用無人機用のAIリモートとは似ても似つかない


「うぉッ~!やっぱり操縦桿を握る快感はたまんないね!」

 操縦桿を握ったジェイジェイが、満足げに唸り声を上げた刹那、再び警告音が鳴り出した。

 今度は、赤い「銃撃」の文字が大型モニターに点滅した。


「くそッ、この距離で撃ってきやがった!コイツ、正気かッ!」

 警告音にイラついたジェイジェイが罵声を浴びせた。

 手動操縦に切り替えて気分が高揚する一方で、神経が昂って反応が過敏になるのだ。

 無人機搭載のAIに任せて、レーザー攻撃をかわした時とは緊張感がまるで違う。脳の回路が切り替わり、自分が攻撃機に搭乗しているような錯覚に陥ってしまう。


「二機の相対速度がマッハ17前後。この高度だと音速は相当下がるから、秒速で言うと銃弾の初速は機体の慣性を足して三キロ弱、相対速度は八キロってとこ。放物線を描くから・・・」

 ファットマンは「シュミレーションするまでもない。届きっこない」と、眠そうな声で続けた。

「威嚇射撃にもならない!バカな奴だ。なに考えてんだァ~?」

 ビッグジョンは射程距離外から銃撃した有人機にあきれ返ってせせら笑った。

 

 しかし、マッスルがいち早くパイロットの意図に勘づいて叫んだ。

「待て!モールスじゃないか?連射のタイミングを解析してみろ」

 リトルジョンがさっそくモールス信号を解読して読み上げた。

「・・・なになに?お前らは、実戦経験のない、ウヌボレたクズだ、お子ちゃまは、おとなしく、ママの膝の上で、ゲームでもしてろ、だとッ!あちゃー、言ってくれるね~!」


「ふざけやがって!実戦経験なんかなくってもなあ、有人機ぐらい昼寝しながらでも撃墜できるって証明してやらあ!」

 この無人機には交信中継器が備わっている。

 てっきり警告の交信を入れてくるものと踏んでいたジェイジェイは、銃撃に意表を突かれたうえに、モールスでディスられていきり立った。

 無人機の探照灯を正面に向けると、強い陽射しの中でも見えるよう光度を上げモールスを打ち始めた。

「おれたちを、甘く見たことを、後悔させてやる、地獄へ堕ちろ、SxxxBxxxFxxx、と。これでどうだッ!」


「早く回避した方がいいよ、このままだとすれ違う前に交戦になるかも・・・」

 小心者のファットマンが、仲間の顔色をうかがいながら小声でつぶやいた。

 立て続けての警告音に、否応なしに不安をかき立てられる。臨場感を目いっぱい高める演出に凝ったばかりに、ヴァーチャルな音と振動に、脳が自動的に反応してしまうのだった。


「いいんじゃないか?ロボット兵が核ミサイル基地に接近するまでまだ時間がある。レーザー砲も無力化できたんだ。戦闘機のちゃちなウェポンなんか目じゃないだろ?」

「御意!コケにされて回避したら一生言われっぞ、ハッカーの面汚しってな!ついでに軍の無人機もまとめて撃墜してやろうぜ!」

 ビッグジョンとリトルジョンは、ファットマンの慎重論をあっさり突っぱねた。

 自信過剰な若者にありがちなことだが、強気で押せば何とかなると安易に考えていた。

 これまでうまく行ったのだから、と無意識のうちに自己過信に陥いるのである。


「バカ言ってんじゃないよ!避けられるリスクまで冒す必要がどこにあるッ!?目的第一だろう?」

 戦略家のマッスルは、真っ向から反論した。

 敵機の情報さえないのに、根拠のない楽観論で動くのは危険だった。


 だが、ジェイジェイには逆効果だった。

「はッ!リスク回避だぁ~?投資家のジジイじゃあるまいし、うちのオヤジみたいでムカつくんだよ!ここは多数決で決まりだ。俺に任せろ、二分以内に料理してやる!」

 ただでさえ頭に血が上りやすい性格で、おまけにゲームフリークときている。

 操縦桿を握ると人が変わる。「ゲームオタク(Joystick Junkie)」の頭文字をコートネームにしているぐらいだ。


「やれやれ、また始まった・・・」

 マッスルとファットマンは、内心でつぶやいた。

 恐れていたことが起きたと顔を見合わせたが、まあ、しようがないか、と肩をすくめて沈黙した。

 目的に徹する訓練を受けていないため、その場の雰囲気に迎合して易きに流れる。

 プライドと知能指数ばかり高いこの若者集団には、経験豊富なリーダーがいなかった。そのため、最初の成功で舞い上がったが最後、強気で楽観的な者が主導権を握って突っ走る。

 大日本帝国の無謀な真珠湾攻撃に始まる、亡国の撤退なき根性主義に似通っていた・・・


 バーチャルなゲーム感覚に脳が支配され、有人機を攻撃すればパイロットが死ぬかもしれないという想像さえ働かなくなる。

 安全な場所から敵を攻撃する快感は、幼児的万能感と呼ばれる心理に似かよっている。

 異国の戦争で巨利を得る紳士面の投資家たちとも共通する選民意識と言ってよい。


 こっちは無人機だ。俺たちに危険はない!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る