第3話 サイドワインダー Distraction

「ブラックスワンより司令部。敵機は回避行動を取らない。ミサイル攻撃の許可を要請する」

 ハッカーのモールスを確認したビアンカは、管制塔に呼びかけた。

「許可する。好きなようにやるがいい」

 メトカーフ大佐が即答すると、指令室はしーんと静まり返った。

 ただでさえ難度が高いミッションで、無謀な攻撃を急ぐ理由を、部下たちは図りかねていた。


「スワン、ロックオンまで待たずに射つ気か?あっさりかわされるぞ」

 驚いたグースの声が、スワンのヘッドフォンに飛びこんで来た。

 レーザー装甲のSSR-1にはステルス機能がない。したがって、接近すればレーダーでロックオンは可能なのだ。

 超高速機は易々と逃げ切るだろうが、だからと言ってロックオンせずに撃つ理由が分からない・・・


「それが狙いよ。ロックオンしたら敵は警戒して回避する。ミサイルは追いつけないし、レーザーも効かない。挑発して追って来させるわ」

 ビアンカはあっけらかんと朗らかに言った。

「さすがはヒメ、考えたな!こちらは上昇して待機する」

 とても明るい気分にはなれなかったが、アキラはビアンカの言い分には理があると認めた。

「それとハッカーは複数よ。あの言い回しは、東海岸の名門校の在校生か卒業生だわ。SxxxBxxxFxxxよ。司令部に伝えてね。ジイは高みの見物してちょうだい!」

 スワンは笑って言い放つと通信を切った。

 グースは、しかし不安でならなかった。同時に鬱屈した感情にもさいなまれる。


 SSR-1は全方位攻撃機である。スワン機を追うすきに、グース機が背後を取ったところで優位には立てない。最悪の場合、巨額の税金を投入した最新鋭機が二機とも撃墜され、緊急脱出に失敗すれば二人の命はない。

 無用な犠牲を出すリスクは避けなければならない。自機の後方待機は理に適っている・・・

 だが、そう容易には割り切れないわけがあった。


 参謀本部の許可がない限り、戦闘任務への単独派遣は禁じられている。何のことはない、自分は数合わせに指名されただけか?・・・

 これじゃ、何のためのウイングマンかわからない!こんな無力感を味わう任務は初めてだ・・・

 アキラは唇を噛みしめ、苦い表情を浮かべた。


 戦闘機パイロットなら誰だって知っている。有人機同士の空中戦では、敵機の存在に気づく前に撃墜されるのが大半だと。空対空ミサイルの有効射程に入って、せいぜい十秒で戦闘は終わる!相手が無人機となれば、たとえ存在に気づいていても背後につかれたら最後、三秒ともたない。

 まして超高速で急制動も小回りもきくSSR1を相手に、ドッグファイトを挑んで勝てる有人機など存在しない・・・

 スワンが撃墜されるのを、指を咥えて見ていなければならないのか?

 グースは胸をかきむしられる思いだった。


「いや、そんなはずはないッ!士官学校の特待生で、若干十九歳でトップガン訓練生に抜擢されたスワンをずっと見てきた。あいつは天才だ。大佐の作戦を成功させられる!」

 頭を振って不吉な想像を振り払い、司令部に連絡を入れた。


「言い回しとスワンは言ってたな。ハッカーとの通信は聞こえなかった。いったい、どうやってハッカーと交信したんだ?」

 司令部に伝言を伝えながら、グースはしきりに頭をひねっていた。


 通信を切ったビアンカは、刻々と近づく無人機にレーダー照準を合わせたが、予定通りロックオンはしなかった。

 代わりに試作品のイーグルアイ・カメラとレーダーを同期して、無人機の映像を拡大するなり、右側の空間へ照準をはずして、すかさず操縦桿の発射ボタンを押した。

 機体が小さく揺らいで、三角翼の右側から小型ミサイルがスーッと落下した。

 機体の一メートルほど下方を一瞬並んで飛行した後、猛然と炎を吹き出すと、白い煙の糸を引いて飛び出した。


 その瞬間、SSR-1の遠隔操作モニターに「危険」「ミサイル接近」と交互に警告が点滅、サラウンドスピーカーを振動させて、マックスアラートがけたたましく鳴り響いた。

 またしても不意をつかれたハッカーたちは、一斉に色めき立った。


「ウソだろッ!ロックオンなしで撃ってきたぞ!しかもこの距離で。なに考えてんだッ!?」

「見たとこサイドワインダーだよ。推定速度は・・・マッハ5まで上がった!サイドワインダーで間違いないよ。相対速度はマッハ22というか、秒速7.5キロで向かって来る・・・」

「赤外線誘導とシーカーがあるから、ロックオンなしでも追尾してくるぞ!だが、こっちのスピードには対応できっこない。引きつけてちょっとコースを振ってやれば、すれ違って置き去りだ」

「最新型だな。ぎりぎり届くぞ!レーザーを集中すれば爆破できるが電力を食う。光速フレアー弾で誤爆させるか回避するか、どっちにする?」


「残り十五秒、十四、十三・・・」

 背後でカウントダウンを始めたビッグジョンに、ジェイジェイはイラついて怒鳴った。

「うるさいッ!気が散るからやめろ!着弾カウントはモニターに出ている。回避するから黙って任せろ!」

 ミサイルの赤外線を検知して、トラッキング警報もけたたましく鳴り出した。

 五人は思わずごくっと生唾をのみこんだ。

 超ハイテクのマルチメディアのあふれる臨場感に圧倒され、自分たちがSSR-1に搭乗しているような錯覚に陥いる。

 リアルタイム表示のモニターが、無人機のAIを通して捕捉しているのは、相対速度マッハ22、秒速7.5キロで迫るミサイルだ。

 日常生活で人が体験するスピード感とは、桁外れに超高速の世界に意識が引きずりこまれる。


 ゲーム機を改造した操縦系統には、ジェイジェイの生身の反応速度をシミュレートしたプログラムが組みこまれ、正確な回避行動のタイミングが表示されていた。

 モニターの目視で人間が対応できる速度ではないのである。

 手動に切り替えても、自動回避プログラムが解除されないよう、きっちりフェールセーフが掛かっていた。操作が千分の一秒でも遅れると、自動的に無人機は回避行動を取る。


 そうとわかっていても、ゲームでは経験できない恐怖感に、ストレスに脆いジェイジェイの神経系が過剰反応を起こした。

 緊張のあまり操縦桿を握る指が小刻みに震えた。パニックになるまいと必死で歯を食いしばってタイミングを計った。


「これはただのゲームだ!」

 と自分に言い聞かせる。

「オレ様はドッグファイトコンペの北米チャンピオンなんだ!意地でも手動で対決して、力の差を見せつけてやるッ!」


 着弾カウントが一秒フラットになった瞬間、ジェイジェイはわずかに機首を右に振った。

 無人機の速度だけで秒速五キロを超えているため、裸眼で捉える前に超音速ミサイルは視界から外れてはるか左後方へ消え去った。

 モニター映像では何が起きたか判別できないほど、ほんの一瞬の出来事だった。

 メイン画像には、真っ青な空に細く帯状に漂う白煙だけが、前方から伸びている。続いて、軽い衝撃波とミサイルの噴射音が追いついた音が、スピーカーから響いた。


「はッ、楽勝だッ!見たかッ!」

 ジェイジェイは自慢げに立ち上がって右手を突き上げた。

 仲間の四人も止めていた息をふうッと吐き出して安堵の表情を浮かべる。


 ところが、警告音は鳴り止まない。五人は慌てふためいた。

「何だ!ミサイルがシーカーで反転したか?」

「追いつけるわけないだろ・・・」

「バカっ!モニターを見ろ、二発目だ!」

「やばい!近いぞ!」


「くそッ!」

 焦ったジェイジェイは、中腰の姿勢のまま慌てて操縦桿を握ったため、操作を誤った。

 コックピットの映像が右に大きく反転して、目がくらみそうな高度から砂漠地帯が斜め下に遠く映し出される。

 大型モニターの映像に見入っていたハッカーたちは、目が廻りそうな臨場感に思わず「うわッ!」と叫んだ。

 ほとんど同時に、サブウーハースピーカーがずれ動くほど振動して、腹に堪える凄まじい爆発音が室内に轟いた。


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