デザート・イーグル ~砂漠の鷲~

深山 驚

第1話 緊急発進 Scramble

 アメリカ合衆国のメインランド南西には、砂漠地帯が延々と広がる。

 その一角に位置する山地の裾野に、北米連邦軍の有人機試験基地がひっそりと佇んでいた。

 管制塔に接する離着陸エリアには試験機がずらりと並び、格納庫と整備工場が反対側に建っていた。広大な敷地全体を人工オアシスがぐるりと取り囲み。試験基地の司令部はオアシスの豊かな緑に半ば埋もれている。


 その日も、副司令官は平時と変わらず淡々としていた。

 マーカス・メトカーフ大佐は身長185センチ、がっちりした身体つきの中年男性である。密集した豊かなグレーの髪を短く刈り揃え、髪と同じく灰色の目が温和な人柄を滲ませる。

 その口振りも、国家安全保障に関わる緊急事態が起きたとは信じられないほど穏やかだった。

 しかし、急遽招集されたテストパイロットとコマンダー一同は、メトカーフ副司令官の言葉に愕然となり、ブリーフィングルームは一気に緊迫した空気に包まれた。

 異様なほどの緊張感が漂う。


「諸君、統合参謀本部とNSA (*) から緊急連絡だ。空軍の最新鋭UAV (**) SSR1がハッキングされ、南方海上から北北東に向かっている。まもなく西海岸に到達する見こみだ。時を同じくして、この基地の北方でも、訓練中のロボット兵一個中隊も乗っ取られた。NSAは核廃棄物貯蔵庫がターゲットと見ている。ロボット部隊は、すでに貯蔵庫から百五十キロ地点に達している」


 大型のホログラムモニターに3Dマップが浮かび上がり、乗っ取られた無人機の軌跡が位置と速度表示とともに刻々と移動して行く。

 比べると中央上部に位置するロボット兵の一団は、ほとんど動いているように見えない。

 SSR-1と聞いて、北米連邦軍のテストパイロットたちは色めき立ったが、副司令官は片手を上げてざわめきを制止した。

「そうだ。SSR1は世界最高速の装甲無人攻撃機だ。世界では、現在この一機しか配備されていない。見ての通り時速14,500キロ、ほぼ最高速のマッハ12で飛行している。ミサイル追尾は不可能だ。衛星の高出力レーザーの射程圏にもまだ入っていない。戦艦コロラドとサンディエゴ基地が、対空レーザー砲で攻撃を試みたが、耐レーザー装甲に弾かれて失敗した。空母ケネディと周辺四州の基地から、無人攻撃機の編隊が発進したが、間に合ったとしてもSSR1には太刀打ちできないだろう」


 メトカーフは部屋全体を見渡しながら、淀みなく言葉を続けた。

「時間がない。SSR1を迎撃するチャンスがあるのは我われだけだ。同時に、ロボット兵部隊にも先制攻撃をかけ、援軍が到着するまで足止めする。これは訓練ではない、実戦だ。そしてチャンスは一度きりだ」


 二十人のテストパイロットは若者ばかりだった。ひと昔前には考えられないほど若い。

 広域通信妨害装置の登場によって、無人機が使い物にならない戦況が増えた時代背景を如実に反映している。

 レーダーも交信も不可能な複葉機時代さながらの戦況では、有人機パイロットの五感と反射神経が何より物を言う。

 そのため各国はこぞって、若手パイロットの育成に力を入れてきた。

 故障や事故が起きやすい初期試験飛行用にヒューマノイド型ロボットが開発され、テストパイロットのリスクが大幅に下がったのも低年齢化につながった。


 緊急発進を前に、パイロットたちがペアを組むウイングマンと顔を見合わせる中、とりわけ若い栗色の髪の女性士官だけは、正面を向き怪訝そうに眉をしかめていた。


「スワン少尉、言いたいことがあれば手短に」

 副司令官は少尉の反応を見逃さなかった。ビアンカはびくっとして少しばかり焦った。

 核廃棄物貯蔵庫なんてあったかしら?

と、考えていたからである。

 たまたま知り得た内部情報から、北へ伸びる砂漠地帯には長距離核ミサイルの地下基地があると聞き知っていた。

 メトカーフ大佐は米軍諜報部のエリートだから、知らないはずがないのに・・・

と、つい気を取られたのだ。


 けれども、この基地に来て二週間というもの、有能な大佐を警戒してきたビアンカは、動揺をおし殺して上手に対処した。

 疑念を抱かれる前に、爆弾発言で煙に巻いた。

「失礼ですが、SSR1を有人機で迎撃できるとは思えません!」

 ビアンカのきっぱりした言葉に、パイロットたちは息をのんだ。

「ヤバいぞ、スワンのヤツ」と言うささやき声が聞こえてきそうなほど、緊張した沈黙が広がる。

 訓練ならともかく、実戦で司令官の判断に疑問を投げる下士官はいないからだ。


「その通りだ、少尉。だが、私に考えがある」

 ところが、メトカーフは少しも動じなかった。それどころか、感心したようにわずかに笑みを浮かべてさえいた。

 メトカーフの次の言葉に度肝を抜かれたのは、他ならぬスワン少尉自身だった。


「SSR1の迎撃には最速機を使う。MX25Rに小型通信妨害装置を搭載した。ブラックスワン、君の機だ。戦闘機のテストパイロットはロボット兵攻撃を支援する。チームリーダーはクーガーだ。作戦指令書はクーガー機のAIに送信した。ワイルドグースはスワン機の援護に回れ。スワンとグースは残って、他の者はただちに発進。幸運を祈る!」

 副司令官の指示が終わるやいなや、パイロットは一斉に立ち上がった。

 ビアンカはあっけにとられ、ハシバミ色の目を大きく見開いたが、それも一瞬ですぐさま立ち上がった。

 ロボット兵部隊の牽制攻撃に向かうパイロットたちは、すれ違いざまスワンとグースの肩を叩いて激励しながら、次々に部屋から走り去る。

 部屋に残ったコードネーム「ブラックスワン」ことビアンカ・スワン海軍少尉と、「ワイルドグース」ことアキラ・ミヤザキ海軍大尉は、メトカーフ大佐の指示に耳を傾けながら真剣な面持ちで何度かうなずいた。

 物怖じしない性格で知られるビアンカの顔にも、緊張の色が浮かんでいた。

 短い指示を受けた二人は、大佐と敬礼を交わして部屋から駆け出した。


 きっかり二分後、スワンのMX25-RとグースのMX25-Fは、軽快なホバー音を響かせながら、激しく砂塵を巻き上げて垂直離陸した。

 直後に急加速をかけた二機が、同時に三角翼をひるがえして斜めにきれいに弧を描いた。

 眩しい光を放つ灼熱の太陽の下、雲一つない紺碧の空を急上昇してゆく。旋回して南下しながら水平飛行に移ると、速度を落として司令部の交信を待った。


「シミュレーターで迎撃予定地点を確認・・・しかし、援護しないのがミッションというのは初めてだよ」

 スワン少尉のヘルメットのヘッドフォンに、ミヤザキ大尉の声が響いた。日本人初のトップガンパイロットだけに流暢な英語を話す。

「マッハ12とマッハ5の正面衝突を見物できるかもよ~、グース」

 ビアンカは朗らかに笑った。

 生来の大らかな性格で、数少ない女性パイロットの中でも男性優位の軍人の世界にうまく溶けこんでいる。

 けれども、礼儀正しく紳士的で、年下のビアンカを何かと気づかってくれるこの日本人パイロットは、彼女にとって特別な存在だった。


「また悪い冗談を。オヤメクダサイ、ヒメ!」

 グースが日本語を混ぜて冗談を返した。

「カタジケナイ、ジイ!」

 ビアンカが片言の日本語で答えると、グースは吹き出した。

「お前の日本語、ワケわかんない!」


 とその時、管制塔のレーダー員から通信が入った。

「ターゲットの位置情報を確認、AIに送信する。迎撃ポイントと開始時刻を確認せよ。加速後にSSR1のホークアイカメラに捕捉されるまで推定三十秒。エンゲージまでの残り時間は推定四分半」


 スワンとグースは口々に「了解」と応答すると、AIが機を迎撃コースに誘導するのを待って手動操縦に切り替えた。

「行くわよ!」

「ガッテンだ!」

 衝撃音と淡い水蒸気の輪を残して音速を突破、スワンは一気に加速して機をマッハ5まで持って行く。戦闘機仕様のMX25-Fはマッハ3が限度で、グースは見る見るうちに引き離された。



* National Security Agency 国家安全保障局

** Unmanned Aerial Vehicle/Uninhabited Airborne Vehicle 無人機/無人航空機 通称ドローン

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