第18話
眠らないまま四時半になる。もうそろそろ、リクが言った時刻だ。
慣れてきてから施設内はほぼ自由に歩きまわっていた。詳しく説明されたことはなかったが、施設の大体の構造は把握している。直接説明されたことはないが、ゲートへの道順は見当をつけていた。
大きく、早く鼓動を打っている心臓を鎮めようと、深く深呼吸をする。腕につけていたタグは外してベッドの上に放り捨てた。
リュックを背負えば、何一つ一か月前と変わらないように見える。
ーー逃げることだけ、考えよう。
ユウキも覚悟を決めた。逃げろと言われたのだから、そうするしかなかった。きっとそう簡単にここから出られるわけがないだろう。追手がくれば全力で逃げ切るだけだ。
静かにドアを開けて通路に出てみる。館内は静まり返っていた。この建物はレイたちのいたところと違い、いつでも人は見られなかった。この静寂が早朝によるものなのかは分からない。
少し歩いて、人の気配のするフロアに出た。こっそりと隠れながら進む。
ユウキが起きて部屋から出ていったにもかかわらず、騒ぎにはなっていないようだ。普段は、朝起きるとアラームやコールが鳴り響いているのに。しかし今は無駄に思考しないように疑問を噛み殺して、ひたすらゲートへと向う。
何かを引きずりながら、職員が傍を通る。息を殺してやり過ごせば、あっけなくゲートまでたどり着いた。
壁の影から様子を見ると、建物の外へ出られるゲートは少し開いている。信じられないが、見間違いではない。人が来ないうちに急いで駆け寄った。それに手をかけて横に動かす。
重いが、人力で動く。
自分の体が滑り込ませられるほどの隙間を開いたときに、怒号が響いた。真後ろからだった。心臓が握りつぶされたかと思うほど驚いたが、ここから後戻りはできない。
――振り向かず、足を止めず。
リクの声を思い出す。振り向いてはダメだ。立ち止まってもダメなのだ。急いで隙間に身を滑り込ませ、建物の外に出る。
太陽が、ユウキを歓迎した。眩しくて目がくらむ。外に出た途端に、喧騒が大きくなったのがわかった。バタバタという荒い足音も聞こえた。
外に出たものの、どこに向かえばいいのか分からない。半ばパニックになりながら、とにかく足を動かし前方へと走った。
どっちに、どこへ向かえばいい。わからない。久しぶりの外は早朝にも拘らずひどくまぶしい。何かが追いかけている。人だろうか。それとも警備で巡回していたロボか。モーターの音がする。声はしない。それなら人ではない。人じゃないから余計に足が早い。もう、追いつかれる。
土の感触が足にやさしくなかった。ずっと走っていなかったのだ。走り慣れていない土地に、準備のできていない体。コンディションは最悪だ。
それでも走って逃げるしかないのだ。目指すべき場所など分からずに、めちゃくちゃに走れば車用の入り口だろうゲートを見つける。
あれを、くぐればと思い速度を上げた。
その時真後ろに気配を感じた。
――いる。何かが、すぐそばに。真後ろに。
ここまで逃げても恐怖でどうにかなりそうだった。そして、こんな時に体が限界を告げる。ユウキは運動が得意な方ではない。元々走ったりなんてしないタイプだ。こんな、文字通り命がけで走ったことなんてなかったのだから、当然と言えば当然だ。
足がもつれる。自分の頭上を、何かが風を切ってかすめたのを感じた。
思わず目を閉じた。
絶望感から、まるで地面が抜けてしまったかのような感覚に襲われる。
そのまま前に倒れ込んで、両手を地面につく。終わったなと思い、諦念とともに目を開ければ、そこは無遠慮な地面の上でなく、舗装されたアスファルトの上だった。
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