第10話 赤の王族と面会を(1)

 睡眠不足のまま、約半日も歩き続けた。ひきこもりだったわけでもないけど、道無き道を休まず半日も歩くことは過酷なんだ。是非とも解っていただきたい。

 そしてたどり着いた今、ちょっとした感動と、なんかものすごい絶望感に打ちひしがれていた。

「・・・ここが、城?」

「?何処からどう見ても城だろう?」

 そうだ。あの西洋ファンタジーに出てくる城そのものだ。そのものなんだけど・・・

 そんなもの、一度たりとも見たことないんだぞ!

 思っていたよりもずっとデカくて、激しい赤色のレンガで造られているので、日本の城とはかなり違う印象だ。屋根は深い紅色で、ちょっと毒々しさも感じる。この世界では芝生も赤いので、とにかく真っ赤に見えた。門はさすがに黒いものの、門の奥のガーデニング兼トンネルは、蔓だからなのか真っ赤に染められている。

 とにかく、視界が全部赤一色になった錯覚に襲われる佇まいだった。形は城だけど、これを城と呼ぶのか、テーマパークと言うのか、俺には判断が付かない。

「トランプ志願の非能を連れてきた!女王にお目通り願う」

「へ?」と思わず声が出る。服部はっとりが振り返って確認してきた。

「何か違ったかい?」

「いやっ!でもただのトランプ志願が、急に王様やら女王様なんかに謁見なんてできんのか?」

 俺はまっとうなことを言った。変なことは言ってないはず。王様・女王様はそれくらい上の、まさに雲の上の存在ってヤツのはずだろ?昨晩ちらっと聞いた気もするけど、普通に最終面接かと思ったわ!

 しかし服部には笑うどころか呆れられ、愛川あいかわすら笑わずにハトが豆鉄砲食らったような顔をしていた。

「君は本当に常識がないな」と要らない前置きをしてから、帽子を被り直した。説明したりするときに帽子をいじるのが、こいつの癖のようだ。

「契約は当人としかできない。契約主や従属相手との顔合わせは不可欠だろうが」

 あ、それは確かに考えれば解ったかも。

 ちょっと恥ずかしくなる。もう少し記憶力ないかな・・・

 そんなやり取りをしているうちに、門の奥から人が歩いてきた。あまり癖のない顔をしており、失礼ながら印象があまり使ないような顔だ。ただ、髪の毛が赤っぽく見えるのは、周りの真っ赤な風景に視界が乗っ取られたせいではないだろう。

 その人は手に小型の懐中電灯みたいなものを持っている。あれ?どっかで見たことあるような・・・

「マークの確認を致します」

 そういうと二人がむっとした顔をした。しかし通例なのだろう。愛川はさっと右手を差し出し、服部も手袋を外して右手を出した。

「では、失礼します」

 その女性は門越しに愛川の手を取ると、ライトでその甲を照らす。するとぱっと赤いハートマークが浮かび上がった。

 思い出した。遊園地に再入場するときにする、あのスタンプとブラックライトの関係だ。あれにすごい似てる。こうなってくると、本当にここはテーマパークじゃないのか?

 マークの確認を終えた女性が、深々とお辞儀をする。労うことはなく、手袋をはめながら服部が不満を漏らす。

「いい加減、顔を把握してもいいんじゃないかね」

 女性は無視して奥へ行ってしまった。なんか・・・険悪だな、赤は。


 しばらくしてから門が開いた。耳をふさぎたくなるくらい壮大な音を立て、重厚な鉄格子が動く。

 入ってもいいのだろうけど、一人で入る度胸がない。ちらりと助けを求めると、すでに服部と愛川は来た道を戻り始めていた。

「ちょ・・・」

「なぁに?」

 愛川だけが足を止めて振り返る。

「もう帰るのか?」

 俺の質問が情けな過ぎたからだろう。彼女は首を傾げていた。

「だって、契約はここまででしょう?」

 そこで思い出した。そうだ。契約内容は確かに、「城まで案内すること」だけだ。ってことはつまり、もう契約終了ってことになる。

ショックを受けている俺を残して、愛川は姿を消してしまった。誰かが迎えに来てくれる様子はない。早く入らないと、門扉だって閉められてしまうだろう。


 もう、腹を括るしかない。


 泣きそうな顔で決意を決めた時、何かがぴょんと飛びついてきた。

「うわぁ!」

 へっぴり腰の声が出る。飛んできたそれは、襟巻のように俺の首に枝垂れかかった。

「ト、トーヴ?」

 それは確かに、あの瓶の中にいた小さな、イタチのような、アナグマのような生き物だった。本気で襟巻じゃないか。ってか糸くずサイズじゃなかったか?なんでこんなに大きくなってるんだ??

 手を見てみると、なかなか鋭い爪が見える。攻撃されたら、結構ひとたまりもないだろう。その爪はぎゅっと、俺の着ているベストに食い込んでいた。下りる気はないようだ。心細かったけどさ、確かに。

「・・・一緒に行ってくれんの?」

 何も言わなかった。鳴かない生き物なのだろうか?ただ、持ち上げていた首を下げて、本格的に枝垂れかかってきた。このまま首を絞められるんじゃないかと言うくらい、ぴったりと首に寄り添っている。

 たぶん、YESなんだろうな。

 そう信じて、真っ赤な世界へと足を踏み入れた。


∴∵∴∵∴


 驚いたことに、城の中まで全て赤かった。唯一黄色い空が見える窓ガラスだけが救いだ。いや、やっぱりここもガラスは嵌まってないみたいなんだけどさ。

 しっかし・・・

「案内人とか、いないわけ?」

 正直さっき、不躾と怒られたあの女性がそういう事務担当なんだと思ってたんだけど。でもそうじゃないらしい。現に今、俺は一人でわけのわからない廊下を歩いてる。

「ヴッ」

 あ、お前もいたな。ってか、鳴けんじゃん!

 いろいろ心配していたものの、まったく迷うことはなかった。目がチカチカしたけど、間違いなく一本道だったからだ。いくつか扉もあったけど、一番奥の大きな扉で間違いないだろう。真っ赤な扉に黒い字で、模様のようにKINGって書いてあるし。パーティ同じくキングだって俺にも読めるぞ。

 道は長く、その間に城の中を確認して歩く。ホント、壁も真っ赤だ。扉は全部黒で縁取りされてるから、あることだけは解る。ノブも黒い。絨毯も柱ももちろん真っ赤。金色の縁取りがあるとか、そういう豪華さはない。ただただ赤い。目がおかしくなる。

「ヴ・・・」

 トーヴが目を擦る。どうやら動物の目にもキツいらしい。頭をグリグリと撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。動物は好きじゃないけど、こういう姿は可愛いと思う。

 真っ赤な廊下は距離感が狂う。遠い遠いと思っていた扉は、もう目の前にそびえたっていた。

「で・・・でかい」

 思っていた以上に扉はでかかった。漫画とかで、主人公の二倍以上ある扉を見るたびに、こんな扉がどこにあるんだと皮肉ってたけど、鍵守の守る扉と言い、この扉と言い、とにかく実在することが解った。漫画家の方々に謝らなくては。

 扉の真ん中に亀裂が入っている。そりゃそうだ、扉なんだから。でも、取っ手らしきものは一切見られなかった。これ、この大きさなのに押し戸なの?

 もしかしたら、ちょっと力を加えれば、残りは自動とか、そんな車みたいなシステムかもしれない。

 そう信じて、扉に手をついた。ちょっと力を入れる。さすがにちょっと過ぎたのか、ピクリともしない。もう少し力を入れてみる。やっぱり反応がない。

 ・・・マジ?

 仕方なく、もうダメもとで全力を出すことにした。扉に全体重をかける。と、すんなりと扉が開いた。

 一部分だけ。

 二十メートルくらいの巨大な扉の、下二メートルくらいだけが開いたんだ。ほんと、ただの飾りだったらしい。おかげで見事に倒れこんでしまった。


 ドサッ


「おっと、大丈夫?」

 体ごと、無様に乗り込んできた俺を見て、男の人が話しかけてきた。

「だ、大丈夫です」と打った部分をさすりながら立ち上がる。顔を上げると、絵にかいたような王冠を被った男が立っていた。いや、倒れ込んできた俺にびっくりして立ち上がってしまった、と言った方が妥当だろう。

 真っ赤な空間に見劣りしないくらい、真っ赤な髪が目立つ。真っ赤、と言うよりは、濃い朱色ってところか。金色の瞳が異様に映えている。

 そして、頭には真っ赤な王冠を被っていた。くどいようだけど、羽織っているマント、服まで全部赤色だ。ただ、服には金色の差し色が入っていて、マントには真っ白な毛皮が襟に付いている。


 間違いない。こいつ、赤の王族だ。っていうか、王様だ。

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