第10話 赤の王族と面会を(2)

目の前に立っている男は、間違いなく赤の王族の、赤の王様だろう。服装や居る場所からは間違いはないはずだ。


 でも。


 じっと彼を見た。


 ・・・若いな。


 正直、王様だって言うから、白髪、白髭、眉間にしわの頑固爺、くらいのイメージを持っていた。それがどうだ?この男は二十代前半と言われたって大丈夫なくらい若い。既婚者だから、きっと後半くらいなんだろうけど、どちらにせよ、王子でも通りそうな身なりだ。

 とりあえず、話を始めなければ。

「あの・・・」

「ちょっと待って」

 何か不手際があったか?

 こちらの不安をよそに、赤の王は深く腰をかけた。

「今、薔薇を見に行ってるんだ、朱里あかりちゃん」

 ・・・あかりちゃん?誰?

「え?それが・・・えっと・・・どう関係して・・・?」

「朱里ちゃんがいないと、何も決められないからね」

 そこでピンときた。たぶん、赤の女王の事だ。「公平、公平」と繰り返していた服部や愛川の主人なんだから、王の独断なんてことはしない主義なのだろう。

 朗らかな顔で、こちらにほほ笑んできた。

「悪いけど、そこで待っててくれるかな?」

 ここで「ノー」と言えるわけがない。近くにあった椅子を指差されたので、そこに座った。

 しばし沈黙が走る。何度か話そうとしたけれど、結局話せないまま数分が経った。

 別にコミュ症なわけじゃない。今までの旅でもそうだったけど、初対面の人とでも、しどろもどろがあれど、話すことくらいは出来る。ましてや今経った数分なんて時間は楽勝だ。ただ、今回はケースが特異すぎる。

 相手の年齢は20代後半くらい。いや、少し上か?個人の勝手な想像で言わせてもらうと、社会人なりたてって感じ。さすがに学生って年齢には見えない。そしてそんな年齢の人とはほとんど話したことなんてない。ただでさえどんな話題がいいのか、さっぱり解らない。

 それなのにさらに相手は王様とか言う、日本じゃ非常識な職についてる。いや、非常識っていうとアレか。でも、王族との対話の仕方とか、対応のやり方とか、そういうのは絶対に常識じゃない・・・と、信じてる。

 つまり、この人相手だと、ネタもなければ話し方も解らないんだよ。

 誰か来てくれ。宰相だとか、召使いだとか、何かしらいるだろ、城なんだから!いっそのこと妖精とかでも大歓迎しちゃうよ!魔女が呪いに来たって万々歳だ!

 そんなことを願い出したとき、ドアが勢いよく開いた。

「あーもー!!胸糞悪いわっ!」

 語尾と発声の仕方は丁寧なんだけど、言ってることが下品ですよ?

 入ってきたのは、ところどころに黒色の模様が入っている真っ赤なドレスを着た、彼と同じくらいの女性だった。宝亀ほうきも美人だったけど、この人は・・・黙っていれば清楚系の超絶美人だろう。絶世の美女とか、そういう単語を使っても差支えないと思う。髪の毛も赤いんだけど、ただの赤と言うよりは、紅色とか、クリムゾンとか、そういうちょっとピンクっぽい感じがある気がする。あれ?紅色の英語がクリムゾンだっけ?

 ともかく、一目で判ってしまった。

 この人が女王だ。

「おかえり、朱里ちゃん」

 朗らかに笑った男の隣りに、彼女はドカリと座る。やっぱり、朱里とは女王の名前だったんだ。

 彼女が隣に座っても全く見劣りしなかった男を見て、彼もまたとてつもないイケメンだったんだと気付く。カッコいい面立ちだとは解ってたけど、そこまでだとは思ってなかった。男の名前が解るかと耳を澄ましたが、「ただいま」としか女王は言ってくれなかった。名前呼ばれたんだから、名前付けて返してやれよ。かわいそうじゃないか。

 他人の夫婦仲について、心の中で意見したのがバレたのだろうか?彼女がじろっとこっちを見てきた。美人って、怖い顔をしてるとかなり怖いよな。

「・・・呉也くれや、アレは?」と肘をついたまま女王が聞き、

「ああ、そうだった」と俺を指差して、こちらを見ずに王が答える。呉也って名前なのな、王様。

「入軍希望者だって」

 感じ悪い上司だな!圧迫面接もいいところだ。

「まだ認めてないの?」

「朱里ちゃんがいなかったからね」

 ・・・うん、何か解った。さっきっからちょっと一方通行感はあったけど、たぶんそうだ。

 赤の王が、赤の女王にぞっこんなんだ。あれ、ぞっこんって死語か?まあ、溺愛してるんだな。それを肯定するように、朱里が呉也を呆れた目で見た。

「一人で決めていいのに」

「呆れた顔も素敵だね」

 朗らかに、さらっとすげぇな、この王。その顔でそのセリフをシラフで言う性格なら、少女漫画のヒーロー役できるって。

 眉間のしわに手を当てて、女王がため息をついた。気持ちは解る。こういうタイプって思う方は自由だけど、思われる方は実際結構疲れるんだよな。恋愛じゃないけど、一方的に友情を叩きつけられたことがあるから解る。

 赤の女王は俺の顔を見て、にやりと笑った。怖いというよりは、多少色っぽく見えてドキッとする。落ち着け俺の心臓、人妻はダメだって。


「処刑しましょう。スパッと首を切りたい顔だわ」


 どんな顔だよっ!

 ・・・って、突っ込んでる場合じゃない!殺される?こんな異世界で?そんなの絶対にごめんだ。でも逃げられるのか?腰につけた袋を思わず握った。無効化なんて、何の役に立つんだよぉ・・・

 すると、笑顔を崩すことなく、赤の王が宥めてくれた。


「ダメだよ。兵士は使い捨てなんだから」


 え?今さらりと怖い事言わなかった?

 けれどもその一言で女王の方は納得してくれたようだ。

「まぁ、いいでしょう。で?」

 赤色って、こんなに威圧感増す効果あったっけ?そう思うくらい、高圧的な視線を送ってきた。俺はドMじゃないから、これにときめくなんて無理だ。恐怖しかない。

「あの、えっと、ですね・・・」

「条件を達成できるならいいわ」

 俺のしゃべる番じゃなかったんですね、すいません。それにしても、従属?だっけ?それにも契約と同じように条件なんてあるんだなぁ。

 のんきにそんなことを思っていると、その平和さを吹き飛ばす言葉がかけられる。

「白の兵士の首を取ってきなさい」

 命が関わっていたからだろうか?脳に直接響くような、ズンッと重たい感触があった。ただの言葉だと言うのに、押し潰されそうになる。が、何とか留まった。この重みに負けちゃいけない。そう感じたからだ。

「い・・・やぁ・・・、それはちょっと、素人には難しい課題かなぁなんて・・・」

 世渡りの要は笑顔だと思う。緊張のあまりへらりと情けない笑い方になったけど、きちんと笑ったつもりだ。でも、二人の顔はかなり固くて、なんというか、ぎょっとしている。王様の命令に意見するとか、やっぱダメだった?

 しばしの沈黙の後、赤の王が口を開いた。

「朱里ちゃん、今・・・」

「ええ。『命令』したわ、ちゃんと」

 ・・・どういう意味だ?確かにあれは命令だったけど、そんなに特別視するような内容だったのか?もしかして能力がどうのこうのとか?

 ぽかんとした顔の二人が、徐々に笑いだす。特に女王の方の笑みは、恐ろしいことこの上ないほど腹黒かった。

 何をした?俺は何をしちゃったんだ?

 一人理解が追いついていないのに、高らかに女王が笑った。

「兵士よ!この者を捕えよ!『アリス』が自ら来たぞ!」

 え?ちょ・・・なんでバレた?!

 とにかく逃げないとという判断力が働き、部屋を見る。この空間には入口らしい入口は一つしかない。兵士はあの入口から来るのだろうから、どっか、窓的なところから逃げる必要がある。


 けれども。


 換気はどうやってるんだろうって言うくらい、窓も何もなかった。廊下にはあんなに並んでいたのに!大きな足音が聞こえてくる。やばい、急がないと。

「呉也!兵が来るまで逃がしちゃだめよ」

「朱里ちゃんのお願いとあらば」

 赤の王…っていちいち言うの面倒だな!もうこうなったら呼び捨てでいいか。呉也が重たそうなマントを外した。マントの下には剣を所持していたらしく、橙色の立派な鞘が目立つ。赤とオレンジの違いがここまで明確に感じるのは、この空間が赤すぎるからだろう。

 いざとなったら戦闘になる。もうアリスだってバレたんだし、隠す必要はない。

 とりあえず捕まるわけにはいかない。時間稼ぎに走り回るしかないと、すぐに駆け出した。袋の中から卵を取り出し、それを手で思い切り潰す。開くと橙色の光が伸びて、伸ばすとオールになった。よし、これで攻撃は出来る。

「へぇ、面白いね」

 ハッと隣を見ると、呉也が隣で感心していた。足だけはそこそこ自信があるのに、こいつ、半端ない運動神経の持ち主だ。

「褒め言葉をどうも」

 とにかく引き離さねば。俺を捕えようと手を伸ばす彼に向かって、思い切りオールを振った。驚いた顔の彼が、気が付いた時には遥か先の柱に背中を強打していた。

「かはッ・・・!」と、声が漏れる。

 幸い、王族にこの能力の情報は伝わってなかったようだ。じゃなきゃこんな真正面から、あの運動神経を持っている男が避けられないはずがない。

「呉也!」

 赤の女王…ってこっちももう呼び捨てにしよう。朱里が立ちあがるのと同時に、扉が開いて兵士が乗り込んできた。やばい。

 ふとカーブしている壁を見る。と、ちょっと出っ張っているところを見つけた。同じ真っ赤だから見えなかったんだ。

 慌ててそこに飛び込んだ。内側に鍵が付いている。それを施錠して一息ついた。

「た、助かった・・・」

 けれども、合鍵を持っていることは否定できない。一息つけたし、休憩はもう少し後だ。振り返って先を見ると、階段になっていた。薄暗いが、先があるのは解る。もう行くしかない。俺は階段を下っていった。

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