第9話 嗤う猫(2)

 ため息をついた服部が構え直そうとしたステッキを、打海が押さえつけた。むっとした帽子屋に、皮肉気な表情を向ける。

「それより、深夜の戦闘は禁止のはずでしょ?」

 確かに。紅白でその協定をしたとか、鷲尾が言ってたな。女王の美容のためだっけか?

「それは赤と白の協定だ」

 どういう意味だ?打海の手を払い、ステッキをまた彼に向けた。

「君は何処の所属だっけ?」

 本気の質問っぽくない聞き方だ。刑事ドラマで、相手が犯人だって解ってるときの尋問みたいな・・・。

「さあ?無所属には難しい質問だね。アリス派とでも言っておこうか?」

 にゃははと笑いながら、銃口を前にして軽口を叩く。アリス派とか、無駄に巻き込まないでくれ。無邪気な打海の笑顔に対し、凶悪な頬笑みを服部が返す。

「無所属に、赤と白のルールは適用しないね?」

 こ、殺されるぞ!早く逃げろ!

 そう思うのも、打海を助けたいという気持ちよりは、目の前で人殺し現場を見たくないという理由なわけだが。けれども、彼は逃げるどころか笑顔のままだ。変わったことと言えば、無邪気だった笑顔に邪気が籠ったくらいだろうか?

「それはどうかな?」

 服部から笑顔が消える。そんな言われ方をされたら、当然だろう。剣呑な雰囲気と頭のいい会話に、第三者の俺はもう泣きそうだよ。

「どういう意味だい?」

 にやぁと、不気味な笑みが打海の顔に浮かぶ。夜この顔を真正面から見たら、絶対寝れなくなるぞ。幸い今は横顔だけど。

「同じ質問をしよう。帽子屋は何処の所属だっけ?」

「ふざけてるの?」

「根っから真面目な質問さ」

 いぶかしげな顔をしてから、「赤だよ、赤」と面倒くさそうに答えた。俺ですら知ってる情報だ。服部は「知ってるだろ」と言わんばかりの言い方でもあった。その回答をもって、打海は隙だらけにごろりと寝転がる。


「赤は戦争できない。『赤と白に属する者は夜の闘争をするべからず』なら、貴殿が銃でおいらを傷つけること自体、『従属』違反だ」


 頭が良過ぎる会話で、おつむの弱い俺にはきついよ?

 それでも服部には理解できたらしい。少し離れた位置にいる俺の耳にも届くくらい大きい音で舌打ちをした。どうやったらあんな大きな舌打ちができるんだろうな・・・。

 ステッキを腕に掛けると、再び木のところまで戻って座り込んだ。帽子を脱いで、銀色の髪をバサバサと振る。星の光を反射してキラキラと光った。白髪と銀髪って違うんだなぁ。

 立てかけたステッキの頭に、シルクハットを被せた。手品のように、ステッキが帽子の中に吸い込まれる。どんな仕組みだよ。

「で?知ってるのかい?」

「残念ながら、本当に知らないね。おいらもまだ探しているところさ」

 打海は俺の顔を見て、にやりと笑う。本人が知らないと言っているのでそれを信じれば楽だけど、バレてる気がしてならない。乾いた愛想笑いだけ何とか浮かべた。

「お兄さんはさ、なんでトランプなんかになりたいんです?」

「え・・・、ああっと・・・」

 変なことは答えられない。服部もいるし、完全なキラーパスってやつだ。・・・多分。

「赤の方が優勢だからに決まってるでしょう」

 俺が答える前に、打海の質問自体が間違いだったかのように、服部が言ってくれた。それに乗じておこう。

「そう、それ。どうせなら優位な方で戦いたい」

 冷や汗が止まらない。そして思っていた回答と違ったのだろう。打海はぽかんとしていたが、ふいににやりとする。

「新勢力について、下剋上を狙うのも楽しいと思いますけどね」

「し、しんせいりょく?」

 蘇生力しか出て来ない。ゲームのし過ぎか?幸い、服部も思い当たる節がなかったようだ。

「なんだい、新勢力って?」

「そりゃ決まってる!アリス派さ」

 やっと漢字変換出来たけど・・・お、俺が新勢力なの?

 あんぐりと口をあけてしまったが、服部も驚くぐらいの内容だったらしい。彼もまた、目を丸くしていた。けども打海は平然と話を続ける。

「おいらはその方が楽しいですね。是非協力したいと思っています」

「下らない夢物語を・・・」と、ぎりぎり聞こえるくらいの声で吐いた服部の悪態を、敏感に打海は拾う。

「もう夢物語なんかじゃないんだって」

「もう?」思わず聞き返してしまった。打海は頭を撫でてもらった猫のように、きゅっと目を瞑って笑う。

「はい。あのグリフォンと亀まがいが配下についたそうですから」

「何だって!」

 大声を上げて、服部が立ち上がった。起きるかと思った愛川は、すこし唸ってからごろりと寝がえりをうっただけだ。イカれたパーティー主催者三名は、どうやらみんなそろって睡眠に特化してるらしい。俺も寝たい。

 さっきまでの気遣いは何処へやら。服部は声を荒げたまま打海に怒鳴った。

「あの亀まがいが誰かに仕えるなんてありえない!」

「そうだねぇ、おいらもびっくりしたさ」

 あまりにも他人事に言うもんだから、きっと疑わしかったんだろう。俺もそう感じたから分かる。

「嘘だろう?その情報」

 服部が念押しをすると、記憶に残るアニメのチェシャ猫のように、にやぁっと笑った。

「チェシャ猫は試すけど、嘘だけはついちゃいけないのさ」

 どういう能力を持っているのか解らないけど、どうやらそういうものらしい。その一言で、半分も信じていなかった服部が、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。


 空が徐々に明るさを取り戻してくる。緑の深さが、少し浅くなったように感じる。もう少ししたら、深緑から緑の空へと変わってしまうだろう。

寝、寝そびれたんだよな、俺・・・

「打海、君はどうせ、本気でアリス派に入るつもりだろう?」

「当然っ!いつの時代だって、チェシャ猫はアリスと敵対なんてできないのさ」

 横目で俺を見ながらそう笑った。俺を仲間に入れたいのならそれはそれでいいんだけど、俺がアリスだってバレているのなら、それはいい話なのか悪い話なのか、ちょっと見当がつかない。宝亀、助けてくれ。

 服部がわしわしと頭を掻くと、また銀色の髪が月の明かりでキラキラ光る。いや本当に、漫画で銀髪とかよく見るけど、実物も意外と綺麗なもんなんだなと感心してしまう。これが美少女なら、もっと良かったんだけど。

「とにかく、それが女王に伝わる前に啓介を連れて行かないとな」

「え?なんで?」

 まだ服部にはバレてないはずなんだけど。

 けど事態はそんな問題じゃないらしい。

「女王に伝わったら、機嫌を損ねてトランプ志願の非能なんて、すぐ斬首台行きさ」

「え!なんでだよ?」

「憂さ晴らしですよ」

「そう。女王はそういう性格さ」

 なかなかバイオレンスな趣味をお持ちで。国民を何だと思ってる王族なわけさ、それ。

 結局空は間もなく緑色になった。前回鷲尾に起こされたのもこの頃だったな…。服部は元の場所に置きっぱなしだった帽子をかぶると、愛川の近くにしゃがみこんで、その耳を引っ張った。それは優しさを微塵も感じさせないくらい思いっきりであり、軽く愛川の顔が持ち上がるくらいだった。

「い、痛い!痛いって」

「起きろ愛川、朝になる」

 先にそれを言ってから引っ張れよ。涙目で耳を押さえる愛川に同情する。

「おはよー」

 俺に気付くなり、そう挨拶してきた。怒ることもなく、機嫌も悪くなってない。もしかして、いつもこれで起こされているんだろうか?

 とりあえず「おはよう」と返して、使わなかったまくら代わりの鞄を背負う。

 起き上がって伸びをしていた愛川が、打海の存在に気づいたらしい。

「珍しいねっ!どうしたの?」

「帽子屋の旦那に銃口向けられてね」

「それは逃げられないねっ」などと二人してけらけら笑ってるけど、言ってる内容はなかなか激しいぞ。

 俺たちの準備が終わっても、打海はとうとう立とうとはしなかった。大きなあくびをして、俺たちに手を振る。

「んじゃ、おいらはちょっと寝るわ」

「ちょ、それは自殺行為なんじゃ・・・」

「打海なら平気だよ。チェシャ猫だもん」

 応えてくれた愛川を見てから、視線を打海に戻す。が、そこにはすでに姿がなかった。まるで幻覚を見たようで、狐に化かされた気分って、こういうことを言うんだろうか?

「ボク達を契約違反者として殺す気かい?」

ぽかんと打海のいた場所を見つめてしまっていた俺に、服部から声がかかる。こいつ、意外と短気だよな。

「すぐ行くって」

何が起きたのかさっぱりだったが、考えても仕方ないと、俺は服部たちのあとを追いかけた。

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