第7話 暴走するドラゴン(2)

 彼らの第二回戦は、鷲尾と羊元の連合軍(?)対柳崎一人という対戦となった。さっきまでと優劣が逆転した状況だ。しかし、さすが現役軍人。二人がかりでも柳崎一人に苦戦している。

 俺も手助けできればと思う反面、これ以上一人を袋叩きする、という構図はあまり気分が良ろしくない。弱い者イジメじゃないのは確かなのに、どう考えたって気が引けてしまう。

「オールは何に使うものだ?」

 いきなり聞いてきたのでびっくりする。っていうか宝亀が解らないものを、俺に解るわけがない。それ以前に「何に使うものか」という質問がバカな俺には解らない。どうやって使うものなのかってこと?その考えでいいの?

 言わんとしたことが解ったのか、もう一度解りやすく聞いてくる。

「一般的に、だ。まあ、貴様の世界と我々の世界で一致するかどうかは不明だが」

 なるほど。一般的でいいんだな。

「なら、舟を漕ぐために使うな」

「やはりそうか」

 どうやら一緒だったらしい。この会話に意味があるのかないのか・・・。頭のいい人の考えることは解んねぇなぁ・・・

 もしかして。

「宝亀さん?知らないとかないっすよね?」

「使い方しか知らないな」

 能力は解らない、と。でも使い方なら俺もちょっと想像がつく。頭に浮かぶのは、あのメイド服に鍵守かぎもりの姿。見れば目の前の柳崎や羊元もそうだ。

 きっと、鈍器だと思う。

 ちらりとこちらを見たかと思うと、宝亀にため息をつかれた。え?違うの?

有須ありす、そのオールを柳崎めがけて振ってみろ」

 ほら、やっぱりそうじゃん。なんでため息つかれたわけ?

 不満な、というよりいぶかしがる表情で歩を進める。

「どこへ行く」

「いや、だって、今『柳崎めがけて振れ』って・・・」

「ここからだ」

 思わず立ち止った。派手な音のする方に目を向ける。空はまだまだ黄色くて、夕暮れも遠い。大地は相変わらず燃えるように赤くて、白い木は涼しげにすらりと立ち並ぶ。その前で戦う三人。交戦状況は真横からの図で見えるが、直角を持つ三角形を形作るように並んでいるので、柳崎が一番遠くにいる。

 どう考えたって、ここから振っても当たらない。

「もしかして、中国古典に出てくる猿の妖怪の武器みたいな感じ?」

 いや、実際はもっとちゃんと名前で言った。言ったんだけど、一応こういうところではそういう風に直した方がいいと、勝手に判断しただけだ。

 でもサイズが変わるとか、伸びるとか、ともかくその系統ならここからでも届く。

 俺のつぶやきの意味が解らなかった宝亀は、吹き飛ばされた拍子に落とした細みの剣を拾った。

「ともかくそれは遠距離武器だ。私の記憶が言うのだから、間違いない」

 たまに宝亀の自信が羨ましくなる。俺にもそのくらいの男らしさがあれば・・・って、宝亀は女性だった。失礼、失礼。

 オールを持ち直すと、柳崎に狙いを定める。が、交戦中の柳崎が止まることはない。当然だ。止まった途端に、羊元の編み棒に殴られるか、鷲尾の鎖に捕まるかの二択だし。

 当然俺はスナイパーじゃないし、流鏑馬の名人でもない。あてられるはずがない。まあ、練習と思って気軽に・・・


 ブンッ


 思ったよりも重さがあって、予想外に勢いよく振ってしまった。すると。

 勢いよく風が吹いた。突風ってやつだ。オールの先にある、あの、なんていうのか解らないけど、とにかくあの四角い部分が、団扇みたいに働いたんだと思う。

 さらに奇跡が起きた。狙ってなかったのに、というか、狙いを外したのに、柳崎に当たった。たまたま偶然、風の向かった先に柳崎が飛び込んできたからだ。詳しく言うと、羊元の攻撃をよけた柳崎が行った先に、オールの生み出した風が向かって行った、ということ。説明下手で申し訳ない。

 突風に吹き飛ばされ、彼女は奥の森の木にぶつかる。チョークみたいな木は、それだけでいとも簡単に砕けて倒れた。白い粉が舞う。見てるだけでくしゃみが出そうになった。小学生の時に黒板消しを叩いて起こるあの現象を思い出す。

「なるほど」

 茫然としている隣で、宝亀が納得の声を上げる。納得してる場合?俺なんか、酷いことしちゃった気がしてならないんだけど!罪悪感半端ないんだけど!

 黙り込んでいることで、説明を求めていると判断されたらしい。

「漕いだんだよ、貴様は空気を」

 空気を漕いだ。なるほど。つまり今の風は、水で言う波なわけだな。でもそうじゃなくて・・・

「すっげぇじゃねぇか、アリス!」

 汲み取ろうともしない鷲尾にイラッとする。こいつ、ちょいちょい思ってたけど、自分勝手じゃね?俺の世界観とのギャップも考慮してよ!

 羊元も歩いてきて、オールをまじまじと眺めた。

「何が生まれてくるんだろうと思っていたけど、まさかオールになるとはねぇ・・・」

「もう少し条件を釣り上げればよかった」と、ぼそっと呟く。いや、今の条件でギリギリなのに、これ以上上げられたら、自分の武器貰えなくなんじゃん!

 無責任かもしれないけど、罪悪感は少し無くなった。みんなでワイワイやる方が、こういうときは意外といいのかもしれないな。

 その時、視界の隅で柳崎が立ち上がった。死んでなくてよかったと、心の底から安堵する。でも、柳崎は俺と逆の思いのようだ。

「こんな無様に負けるなんて・・・」

 いや、仕方ないって。多勢に無勢だし、ほら、俺とか完全にダークホースじゃん?油断しても仕方ない相手じゃないっすか。

「僕は負けられないんだ」


 ・・・不屈は鷲尾の売りじゃないのか?


 思いを口にした時とは違い、決意はそこそこに大きい声だった。だから残りの三人も、柳崎に気付いて振り返る。周りには死屍累々じゃないけども、くたばっている仲間の軍人。太陽はやっとこさ南頂を通り過ぎた頃合い。待ち望む夜は遠い。

 そんな中で、満身創痍な柳崎が、堂々と背筋を伸ばした。仁王立ちってやつか?

「僕は、アキマサのために負けられないんだ!」

 そう叫ぶと、こちらをしっかりと睨みつけてきた。この状況で、どうしてあんな目ができるんだ?どうしてあんなに強気なんだ?

 っていうか、アキマサって誰?柳崎にもやっぱりペアがいるのか?

 のんきな疑問に誰も答えてくれない。それどころか、みんな蒼白している。

「まさか・・・!」

 あの宝亀が恐怖していた。え?何?そんなにやばいことが起きるの?

 俺は宝亀に庇われて、鷲尾と羊元が駆けだした。その様子に、彼女がにやりと笑った気がしたのは気のせいだろうか?近くに落ちていた本に触れると同時に、大きな声で叫んだ。

「吾は『壊す者』なり!」

 途端、柳崎の体が光りだした。それを中心に強い風が吹いてくる。柳崎の方に向かっていった二人も、押し返されて戻されてきた。

 眩しすぎる橙色は、うねうねと動くと増長してぐわんと上に伸びあがる。え?柳崎さんは?どうなったの?

「奴の忠誠心を甘く見ていたか」

「忠誠心?」

 おおよそ普通の男子高校生が聞き慣れない単語に、思わず聞き返してしまった。時代劇好きとかならともかく、少なくとも日本史四十三点を取るやつには馴染みがない。それに誰への忠誠心なんだ?ああ、そっか。

「それって、アキ・・・なんとかって人への?」

「そうだ」

「その人って何なんだ?柳崎のペアか?」

 パンっと光がはじけ、中から竜が姿を現す。うっわ、ド級のファンタジー来ちゃったよ!宝亀が腰に挿していた細剣を抜き、ずっと背負っていた巨大な盾を初めて下した。

白政あきまさは白の王だ」

 あ、無視されたかと思ってた。お答えどうも・・・って、白の王?王様の事名前で呼んじゃうの?それっていいわけ?

 いろいろ疑問は残ったけど、もう質問する余裕なんてなかった。

 竜というよりも、ドラゴンという方がしっくりくるかもしれない。同義語じゃんって思う人のために言えば、東洋のそれじゃなくて、西洋のあれだ。・・・これで伝わるものか、俺もちょっと不安なんだけど。

 体は全身真っ黒。胴体がずんぐりとしていて、手足はやっぱりアンバランスに小さい。首はキリンみたいにグンと長くて、蝙蝠みたいな翼も小さめだ。

 そして何より印象的だったのが顔だ。ひげと呼んでもいいのかと思うくらい、太いひげがだらりと落ちているところまではいい。顔がペチャンコなのだ。ブルドッグのイメージがいいかもしれない。鋭い牙は立派すぎて口に収まらず、牙の隙間からだらだらとよだれが垂れている。

 まとめるなら、かなりグロテスクなお姿だってことだ。

「しょ・・・召喚獣的な・・・?」

「いや、あれは柳崎だ」

 は?

 耳を疑った。あれが柳崎?どこが?

「アリス、別の姿がある能力者もいるんだよ」

 飛ばされて座り込んでいた鷲尾が、すっと立っていた。眉間にしわが寄っていて、こんな不快そうな表情を見たのは初めてかもしれない。いつも飄々としていたからな、こいつ。

 それにしても、別の姿とはいかに?

 鷲尾にそれを尋ねたのに、今度は羊元から返ってきた。

「あたしらは化け物を宿してんのさ。その化け物の持つ能力を借りてるってことだね」

 さりげなくあたしらって言ったぞ。こいつらも「別の姿がある能力者」ってことか。

「封印してるってことなのか?」と推察してみれば、

「そんな物語みたいなもの、あるわけないじゃないか」と、鼻で笑われた。俺にとっては来たときから充分物語でファンタジーなんだけどな!RPG甚だしいんだけどな!

「あたしたち自身が、化け物の姿を変えた状態ってことさ」

「・・・狐とか狸みたいな?」

「化かし合いじゃないよ。この姿も化け物の姿も、どちらも真の姿なわけだからね」

 つまりはなんなんだ?イメチェンみたいな感じ?いや、そんな簡単な話じゃないと思うんだけど・・・。

 もう駄目だ。放棄する。バカに解る内容じゃない。とにかく今の状況を考えなきゃ。

「で、化け物になると、何か都合の悪いことがあるのか?」

 何か馬鹿な事を聞いてしまったらしい。鷲尾は笑いだし、宝亀は眉間にしわを寄せ、羊元には蔑まされた。酷くないか、みんな。

 轟くような咆哮をし、柳崎が暴れ出す。

 その行動を、ふと不思議に思った。状況から考えれば俺にも解る。暴れる必要はないんだ。俺達だけをピンポイントで狙えばいい。

 なのに今、目の前で柳崎は暴れている。攻撃を誰に当てるでもなく、木々をなぎ倒している。大きい体で動くからとか、そういう域じゃない。

 三人の落ち着きぶりも異様だ。こんな化け物が暴れていて、あれだけ青ざめていたわりに、全然焦ってない。笑ってるやつまでいるんだぞ?

 鷲尾が腹を押さえて隣に来た。さっき蹴られたのに、笑ったりしたから結構痛いようだ。人の事言えないけど、お前バカだろ。

「柳崎の能力は覚えてるか?」

 それくらい覚えてる。

「怪力だろ?」

 胸を張って答えた。バカさが強調されて、後から「何やってんだろ」と鬱になる。

 回答を肯定し、話が続けられる。

「能力ってのは、フカなんだよ」

 フカ?頭の中で変換が効かない。もうヒヨコしか出て来ない。あ、「孵化」ってことです。

「付加価値の『付加』だ。付け加えるの意味だな」

 宝亀が淡々と教えてくれた。そんなに無知さが顔に出ていただろうか?だったら情けない。しかもまだ意味が解らないのだから、もう穴があったら入りたい。いや、穴に入ってここに来たんだったか。

 拙い理解力で、頑張って説明しよう。

 「能力」とは、持って生まれた才能に追加されるものだそうだ。才能っていうのは言葉の文で、まあ、生来の実力ってところか?とにかく能力とは違うものだという。

 で、この事態の問題とはなんなのか?というのが、これに繋がる。

 今までの柳崎は、中学生くらいの少女だった。軍人だからかなり鍛えてはいただろうが、「中学生女子」以上の腕力も脚力も決して出ない。つまり、あの年代の女の子の力+αってことだ。

 対して今。柳崎はドラゴンになった。龍っていうのか?誰もがイメージする通り、その力はすさまじい。大人のクジラ五匹位をジャグリングできるくらいだと、宝亀が言っていた。・・・ちょっと解りにくい例なんだけどな、これ。でもその怪力っぷりはもう解る。そして、その力+αになるというのだ。もうロケットでジャグリング出来るんじゃねぇの?いや、クジラとロケットのどちらが実際重いかなんて、普通に知りませんけど。

「・・・やばくね?それ」

「だからまずいと言ってるんだろうが」


 羊元さん、もうすこし優しくお願いしますよ・・・

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