第7話 暴走するドラゴン(3)
ともかく状況は解った。やっと理解した。
「アリス、逃げるぞ」
確かにそれが最良の判断だ。鷲尾に従おう。
でも、羊元はそうじゃなかった。
「ふざけんでないよ!あたしの店が潰れてしまうでないか!」
そう言って、編み棒を構えた。戦うつもりなんだ。でも、勝てるわけがない。思わず腕を掴んでしまった。
「店より命だろうが!」
正論を言ったつもりだ。小学校のときから、道徳とかそういうので習ってきたからな。命あっての物種。生きていなけりゃ意味がない。
しかし彼女は手を払ったかと思うと、凄い形相で睨みつけてきた。
「店があたしの命だよ!あれがなくなりゃ、あたしは死んだも同然だ!」
「契約はここまででいい。逃げたきゃ逃げな」と言って店の方へ駆け寄っていくのを、止められずに見送った。
俺は、あんなふうに何かを大切に思ったことはない。あそこまで何かに入れ込めたこともない。言えたらカッコイイなと思っていたけど、実際聞けば、そんなこと言えなかった。
自分が、少しさみしい人間みたいだ。
いや、みたいじゃない。
大切なものを見つけることは、それこそ大切なことなんだ。
「何してんだよ!」
鷲尾が呼んでる。さっきまでの余裕はどこへやら、結構焦っている模様。でも。
「悪いっ!やっぱ契約は最後まで守らなきゃ」
ただの建前だ。それでも助ける理由にすることができる。契約しか存在しなくても、手助けできる理由だ。
オールを片手に持ち、えぐい匂いのする方へ走る。
正直に言うと、まだ気になるんだ。あの暴れている理由。ただの力加減がおかしくなったとか、出来なくなったとか、そういうのじゃない気がする。
ふと、頭に光景がよぎる。あ、そっか。
駄々をこねている子供みたいなんだ。無駄に攻撃的っていうの?そんな感じ。
この辺はまだ深い森だ。木々より高い位置に顔のあったら、俺たちは見つけられないだろう。だから、やたらめったらに動いてる。どれかが当たるだろうって感じか。だからそこまで慌てる必要がなかった。
でも、人間だった時に俺たちの居場所はバレている。柳崎はこちらに一直線だ。だから二人は慌て出したんだな。
件の羊元の店は柳崎の線上にはないが、倒れる木々に押し潰されそうだ。また、ちょっとでも向きを変えられたら、踏み潰されそうに見える。気は抜けない感じだ。
チョークみたいな木から、折られるたびに粉が出る。これも「おが屑」って言っていいんだろうか?ハムスターのケージに敷かれるようなあれと同じには見えないけど。大きな足がドンと動くたびに風が吹いて、粉がぶわっと纏いつく。むせそうになり、少し息を止めた。眼鏡に白い粉が付いて、視界も悪くなる。
「何してるんだい!」
さっきも言われたよ、そんなこと。よく見えていないうちに、羊元の近くまで行っていたようだ。
「犯罪者になるわけにはいかないし、柳崎をここまで追い詰めたのは俺にも責任がある」
それっぽいことは、思いのほか出てくるものだ。すこし得意げになって眼鏡を拭いたが、掛けるとすぐに粉が付いた。きりがない。視界を良くするために、ひとまずオールを振るう。
ぶんっ
風が吹いて、白かった視界に青色が戻ってくる。草たちは白い粉をかぶって、すこし桃色になっていた。見てるだけで鼻がかゆい。
耳をつんざく不快な鳴き声が、黄色の空を裂いた。尾を地面に叩きつけると、キノコが胞子を出すように、草から白い粉が飛び上がる。さっきせっかく粉を飛ばしたのに。
もう一度オールを振り上げる。
「だめだ!」
羊元の言葉を聞き入れるより、オールを下す方が早かった。白が真っ二つに切り開かれる。
開けた視界から、羊元が止めた理由を判断する。
目の前に、真っ黒な柳崎の足があった。確実に放った風がぶつかっている。向こうからこちらが見えないのと同じく、こっちからも顔は見えない。が、間違いなく気付かれただろう。
柳崎の足がゆっくりとこちらを向く。ほら、ばれてる。ばれちゃってる!
「何してくれたんだい!」
「わ、悪いっ」
怒られてしまった。俺が思わずオールを地面に刺すと、また橙色に光り出し・・・
「・・・戻っちゃった」
俺の手に卵が返ってきた。これで怪力は無効化できるようになる。でも。
言うまでもない。今無効化できても、何の意味がないのだ。だって元の力が違うんだもの。クジラ五匹をジャグリングだぞ?無効化したって無理だって。
気付けば、呟きを漏れ聞いた羊元が、ぽかんとした顔でこちらを見ていた。
「ば・・・バカなのかい?あんた!」
そうです。バカなんです。でも今回は、本当知らなかったので許して。
もう一度手で挟んで伸ばせば、またオールになる。そう思ってやろうとするが、近くに黒く尖った爪を持った手が勢いよく突っ込んできた。ぎりぎりぶつからなかったけど、命の危機を感じるほどの距離だ。卵が転がり落ちる。やばい。
拾いに走るのと、第二撃が構えられるのが、ほぼ同時だった。
終わった。
思ったというより、確信したとか察したとか言った方が正しい。人生短かったな。高校生で死ぬとか、今朝まで思いもしなかった。もっと将来を想像し、小学生くらいまでは夢も持ってた気がする。中学生までは持ってたっけか?人生の終わりには本当に走馬灯が見えるんだな…
「柳崎っ!」
低い声で、現実に帰ってきた。あれ?生きてる。ゆっくりと顔を上げると、もう半分くらいまで下された拳に急ブレーキが掛けられていた。鷲尾か?いや、でも鷲尾の声はあそこまで低い声では・・・
「『白の騎士』だね。あいつが直々に来るとは、珍しいこともあるものだ」
羊元の視線を追うと、黒い脚の向こう側に、白い軍服の男がいた。人間版柳崎の制服と似ていることから、きっと上位の軍人なのだろう。くたばっている軍人たちとはすこしデザインが異なる物だ。
ってか、この世界にまだ男がいたんだ。ちょっとほっとしたぞ。
白の騎士は俺たちの前まで歩いてくると、深々と礼をした。
「今回の件は王の冗談を真に受けた、柳崎の暴走だ。是非とも多めに見ていただきたい」
戦争しているとは言うものの、こういうところは普通なのか。でも、命の危険を水に流せとはずいぶんと難しい話だ。この世界ではこれが当然なのか?
そう考えたが、見ずとも嫌悪感が伝わってくる。どうにも感性は一緒らしい。
「こんな目に遭っておきながら、許せって言うのかい?」
「願うのは平和的解決であるゆえ」
・・・あれ?これって契約?
ルールが掴めずに、交互に二人を見た。お互いが相手を凍らせるような視線を向けている。とても聞ける状態ではない。っていうか、超怖ぇ。
しばらくして、羊元がため息をついた。
「あんたが派遣されてきたところで、平和的も何もないだろうよ」
攻撃的な言い方だった。効果音をつけるなら「ケッ」って感じだ。とても友好的とは言えない。さっきの呟きといい、今の言葉といい、どうもこの白の騎士って男はすごいらしい。そしてそれはきっと、かなり凶暴な意味で、だ。
敵意をいなすような、柔和な笑みを浮かべてくる。俺なら確実に怯むだろう目つきも、全く相手にしていない。気にしていないって言ってもいいくらいだ。
笑い方とかを無視しても、この男はなんというか・・・、優男っていうの?草食系?や、俺も悲しいかな草食系だから、同列するのはおこがましい気がする。俺は女じゃないから、どういう系っていうのが正しく分類されるか解らないけど、きっと少女漫画に出てくる王子様的な感じだ。あ、騎士様か。
白の騎士は恭しくお辞儀をした。女子から見たらときめくのかもしれないけど、男の俺から見ると、すこし厭味ったらしい。
「寛大な配慮、感謝する。我が王もさぞ喜ばれるだろう」
「あの男の喜ばないことをしてみたいものだよ」
白の王はポジティブなのか?それとも笑い上戸だったりして。
白の騎士が首を上げると同時に、後ろからぞろぞろと兵士たちが現れた。柳崎についてきただけでもあれほどいたのに、まだこんなにいたのか。
戦意は本当にないようで、彼らはバラバラとくたばっている同僚を手早く運んで行く。どこに連れて行くのかとこっそり見れば、奥にトラックがあった。そりゃ人数足りないかもしれないけど、積み荷用トラックって。そこだけ妙にリアルかよ!
あ、そう言えば。
剣呑な眼差しで敵意ムンムンのお隣さんに、こっそりと尋ねる。
「なぁ、これって契約じゃねぇの?」
「ああ、もちろんタダとは言わん」
何故か白の騎士が答えてくれた。気付けば、奥から一人の兵士が巾着袋のようなものを持ってくるのが見える。白の王って日本家屋の中にいるんじゃない?
「『羊』が今最も求めているという、『クッキー』だ」
・・・クッキー?って、あのクッキーのこと?毛糸を黙々と編んでいた羊元から考えると、クッキーくらい作れそうなもんだけど。
少し悔しそうに、それでも欲しかったのだろう。羊元は兵士の手から巾着袋をふんだくった。中を見て鼻を鳴らす。
「本っ当にあたしゃあんたらが嫌いだよ!」
捨て台詞を残して、店の方へ引っ込んでいく。真正面から誰かに嫌いと言うのは凄い。が。
見送っていた視線を、騎士の方へ戻す。と、また笑っていたのだ。嫌いとか言われたのに!ぎょっと見ていると、相手は俺の方に向き直った。
「失礼した」
「ああ・・・いえ、お気になさらず」
「それは良かった」
爽やか、なのだろうか?俺には腹黒く見える。そう見える自分が歪んでいる気もするけども。騎士はそれだけ言うと、俺に背を向け、大勢の軍人たちと共に歩き出した。
「ちょ・・・あんた!」
呼び止めると振り返った。不思議そうな顔をしている。口に出さなくても言いたいことは解る。「何の用だ?」ってことだろう。
「羊元がひどい事言った。悪い」
俺が謝る筋合もないんだけど、一応ね。見ていて何もしてなかったわけだし。罪悪感は否めない。騎士は嗤った。笑ったんじゃなく、嗤ったんだ。
「羊元の部下か?」
「いや、一時的な協力者だけど・・・」
「協力者?」
「契約の」
「ああ、なるほどね」
「契約」の言葉の威力を知る。こういう面ではほんと便利だな、言葉一つで何でも理解してくれるって。白の騎士は再び体ごとこちらに向き直った。今までは見返っている体勢だったのである。
「ま、仲間のフォローを行うのは当然だろう」
仲間意識があれば、フォローも認可されるのか、この世界でも。ちょっとした共通項にほっとする。が、それも束の間。
「どうでもいい者に何を言われようと構わん」
さいですか。やっぱり俺には解らない感性だ。騎士は腕が立つだけじゃなく、精神も人並み外れて強いらしい。見習いたいものだね。柳崎の臭いに平然としているのも凄いと思う。
「他に用は?」
「あ、アリマセン」
おどおどと答えたことを嗤ったのか、フンと鼻を鳴らす。それから向きを変え、大軍を引き連れて白い森に溶けて行った。
時間が経ってからイライラし出す。さっきの、わざわざ笑う必要なくねぇか?イケメンって俺にとっては「いけすかないメンズ」って感じなんだよな。イケメン=性格悪いっていうの?願望が入ってるのくらい、百も承知だ。
∴∵∴∵∴
一群が去ってから、宝亀が走ってきた。あの大きな盾を背負ったまま、よくあの速さで走れるな。そんな感心をしていると、まさかの距離まで近づいてきて、肩を掴んでぶんぶんと揺する。酔う酔う。酔うからやめてくれ。
「有須っ、無事か?」
鼻先がぶつかってる気がしなくもない距離で見た顔は、不安か心配か解らないが青褪めていた。っていうか、二十センチ以内って、恋人距離の顔の近さじゃね?あ、そう思ったら少し恥ずかしくなってきた。
彼女の手から何とか逃れ、無事なことを告げる。途端その顔に色味が戻り、いつもの表情になった。うん、この方が宝亀っぽい。しっくりくるな。
そういえば、羊元もあの男を警戒してたな。来るだけで脅し、みたいなことを言ってた。
「なあ、そんなにあいつってやばい奴なのか?」
「やばいとか、そういう話ですらないなぁ」
のんびりとした歩調にあった、悠長な口調で鷲尾が困惑する。金色の瞳が、切れ長の目の中をぐるぐると回っていた。何と解りやすいことか。
宝亀も答えに詰まっており、しかし答えてくれた。
「現段階で、最強の男だろうな」
かっこよすぎるだろ、そのフレーズ。誰もが憧れるワンフレーズじゃないか。
けれども、ざっくりとしすぎている気がする。
「つまり?」と、ダメもとで催促すると、閃いたらしい鷲尾が
「つまり、能力で右に出る者はいないってこと!」と、これまた解決しない返答をくれた。だから何なんだよ。
鷲尾と宝亀の回答がつぎはぎだったので、解り易く解説しようか。久々に。
まずはじめに、白の騎士はその名の通り白の王に仕えている男なのだそうだ。これがまた凄い忠誠心なんだそうで、能力名を「白の騎士」と改めたくらいらしい。ちなみにもともとは「ナイト」だったとか。だから白の王の命令であれば、感情を一切忘れて行動できる。任務執行のためなら、命だろうと掛けるらしい。すごいと感心するよりも、怖いとビビるレベルだけどな。
次に、能力を使わなくとも、異常なほどの身体能力を持っているらしい。まあ、運動神経抜群ってところ?さすがにオリンピック選手レベルまではいかないらしいけど、プロと言われる人々と同等レベルの実力がある、といっていいみたいだ。
極めつけは、当然ながらその能力だ。一体どんなものかと言えば、とてもざっくりしたものなわけだが、身体能力を向上させることができるそうだ。でもその身体能力の領域が半端ない。まさかの五感まで研ぎ澄ますことができるらしい。ただ、治癒力とか記憶力みたいなものは無理らしいけど。たしかに最強と言われるだろうな、それは。
「あれ?じゃあ、あのメイド服と同じ能力?」
「メイド服?」と呆然とされたが、鷲尾は解ってくれていた。
「いや、
・・・きじの?
「誰?」
「川澄?川澄は・・・」
「そうじゃなくて」
川澄は解る。メイド服の言葉でその名前が出てきたし。っていうか、そこまで俺だって馬鹿じゃない。
「ああ、雉野か。雉野は白の騎士の名前だよ」
「雉野
でもやっと解った。羊元が彼自身を凶器とみなした理由。
彼の言葉に従わなければ、戦闘になっていた。戦闘になっていれば、最強の男に敵わないだろう。宝亀や鷲尾も戦闘系の能力ではないし、きっと羊元もそうだろう。三人とも、慣れているだけだ。逆に俺は戦闘系の能力を持ってはいるものの、戦闘慣れしていないから自慢じゃないけど立ち回りは下手だ。今まで優位に戦闘していたのも相手が非能力者だから。能力者にはとても敵わないだろう。
「で、あんたらはこれからどうするんだい?」
振り返ると、編み棒を店に置いてきたらしい羊元が立っていた。いつ出てきたんだか。そう言えば、武器を取りにこの店に来たんだ。で、それは何かの対策だった気が・・・
「ああ、有須は許可証をもらいに行かねば」
・・・あれ?
「『有須は』って・・・、お前らは?」
「申し訳ないが、我々は同行できない」
気まずいのだろう。宝亀は視線を逸らす。鷲尾はというと、あははと乾いた笑いを見せてきた。こいつには誠意がないのか?
バカな俺のために長々と説明してくれたので、またまたまとめてみよう。
完全に忘れていたが、宝亀は両王が喉から手が出るほど欲しがっている存在だ。思い出せば、だからこそ鷲尾も捕まっていたんだんだった。彼の能力があれば、俺と同じよう宝亀にたどり着くことができる。
そしてそんな二人を俺は従属させてしまったのだ。ちなみに従属破棄というのは、主従双方が破棄を認めた場合という。
しかしこれには例外がある。
主従どちらかが死亡した場合だ。この場合、承諾だのなんだの、面倒くさい手続きがない。
つまりこう長々と何を言いたかったのかというと。
宝亀が俺に仕えていると解ったならば、命を狙われるかもしれないということだ。いや、かもしれないどころじゃない、確信に近い要素が強いという。ファンタジーが、一気にアクションになったら、俺は生きられる自信がない。
ってかそんなに怖い状況になるのに、なんであんな敵のど真ん中でそんな宣言してくれてんだよ!後でこっそりやってくれればよかったじゃねぇの?!
とか思っても仕方ない。もはや俺はたった一人で戦争をしている大将のところへ赴き、屈強かと思われる相手と交渉、場合によっては説得し、許可証をもらわないといけないわけだ。この、勉強もできなければ、機転も利かない人間が、一人で。
「・・・すっげぇ不安になってきた」
本当に帰れるのか?
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