第4話 亀まがいに会いに(1)
黄色かった空は歪な黄緑色になっていて、それはどうやら夕焼けらしかった。紫色の雲との色合いが酷すぎて、この世界のセンスを疑う。自然の色合いがここまで酷いなんて・・・、と。歩き続けているのも、ずーっと森の中。おかげで視界は空の色以外何も変わりやしない。そして疲労感も募るばかりだ。
「・・・まだか?」
「まだまだ。っていうか、そうだと思うよ」
ん?
俺は今のと同じ質問を、自分で言うのも恥ずかしいがもう五回くらいしてしまっている。けれども、「そうだと思う」なんて、今初めて聞いたぞ?こいつ、場所知ってんじゃないのか?
思ったことをそのまま質問すると、鷲尾は垂れた枝を持ち上げながら笑った。
「あいつは一っ所に居ない奴だからなぁ」
「待て。それじゃ行けないんじゃねぇのか?」
それに鷲尾の言ったところの契約違反であり、この世界じゃ犯罪のはずだ。すると鷲尾は持ち上げていただけの枝をパキリと折った。先っぽに付いた葉っぱをゆらゆらと振る。何がしたいのか、俺には分からない。
「何とも説明しにくいけど、俺の能力があれば行けるんだよ」
そう言えば、前もそんなこと言ってたっけ?
道すがら、ついでだからと鷲尾は自分の能力について詳しく教えてくれた。
鷲尾の能力は、いわば「勘が優れている」というのが相応しいようなものだった。鷲尾が知っている人物や物であれば、その人や物のある場所に行けるのだ。とはいえそれは例えばその人の居住空間だったりするわけで、日本でいえば「何とか公園」にいると言うところまでが解るのだそうだ。だから「何とか公園」の何処にいるかまでは解らないという。そんなんで、放浪癖のある「亀まがい」とやらを見つけられるのだろうか?
なんと言おうとも、とにかく今頼れるのは鷲尾の能力だけだ。俺もこいつを信じるしかない。・・・なんか、風船で空を飛んでるくらいに頼りない話だけど。
鷲尾は折った木の枝をゆらゆらと振りながら、不思議そうな顔で俺を見た。なんで落ち込んでいるのか分からないらしい。
その時だった。
「そっちのトランプどうだ?」
「大丈夫、もう戦えないってさ」
キャッキャッと笑う声とともに、そんな会話が聞こえてきた。鷲尾の顔が真面目になり、俺のシャツの襟をつかんで、木陰に潜んだ。初めて触った木の幹は冷たく、地球にあるようなあの温かな「木」の感じはなかった。
「なんだよ」
「しっ!静かに。死にたくなかったらしゃべるな」
死にたいわけがない。俺は必死に口を結び、息もままならないくらい緊張した。鷲尾は木に背中を付けたまま、後ろを見る。俺も好奇心に駆られて、同じように奥を見た。
そこにいたのは二人の男女だ。同じような格好をしているので、カップルだろうか?かなり仲睦まじいんだろうなぁと思い、単品の俺は少し羨ましく思う。メイド服と燕尾服の組み合わせや、こいつらと言い、男女ペアが普通なのかよ、この世界は。もしかして、鷲尾にもペアがいるのか?
無駄な思考にふける俺をよそに、鷲尾が呟いた。
「ディーとダムだ」
・・・ん?
その名なら聞いたことがある。何に出てきたんだっけ?思い出せない。
悩みこむ俺に気付くことなく、鷲尾は再び息をひそめる。男女が会話を始めた。
「どうする?このトランプ君」
「さあ?かずきはどうしたい?」
「かずきの思う通りでいいよ」
「僕はかずきに合わせるよ」
「あたしもそのつもりだよ。でもきっと、考えてることは一緒じゃない?」
俺の頭が混乱した。なんだ?どっちも「かずき」「かずき」って。二人のほかにもう一人、喋っていない第三者がいるのか?俺の頑張った思考を無視するように、男女が声を合わせて言った。
「赤の城に連れて行こう!」
「赤の城に連れて行こう!」
言った後、少しの沈黙を挟んで、二人は意見があったことではしゃぎだした。ホントのホントにバカップルのようだ。それから二人は何かを背負って姿を消した。
「はあー・・・」と勢いよく俺の口から息が出た。鷲尾の口からも、同じタイミングで安堵の息が漏れる。もともとずり落ちていた肩が、さらにずるりと下がった。
「バレなくて、ほんと良かった」
彼をよそに、俺はトランプが何なのか気になっていた。だってあいつら、トランプ相手に「戦えない」とか、君付けしたりとか、いろいろ違和感がある言葉を口にしてたし。
といっても、今さっきまで鷲尾が隠れるほどの相手がいたところに出る勇気はない。だから低木からそろりと覗き込んだ。
赤色の草むらに、異様な紫色が広がっている。何だ?あれ。なんかの粉末のようだ。砂かと思ってじっと見ていると、鷲尾が不思議そうな顔で俺を見ていた。
「・・・お前、ああいうのは平気なんだ?」
「ああいうの?日陰か?」
俺の発言を受けて、鷲尾は「ああ」と納得した。
「お前の世界じゃアレの色も違うのか」
色が違うと聞いて、背筋に悪寒が走る。
まさか。
流れ出る俺の冷や汗を見ながら、鷲尾が口を開いた。
「血だよ。あれは、ディーとダムに致命傷を負わされた、トランプの」
予感が当たってしまった。だって赤くないじゃん。液体でもないじゃん。紫のただの粉末じゃないか。いや、それよりじゃあトランプって・・・。
「人間・・・なのか?」
「は?」
「トランプって人間なのかよ!」
紫色から目を離せずに、鷲尾を怒鳴りつけてしまった。間抜けな声で聞き返してきたから、きっと今も驚いているんだろう。ちょっと間をおいて、鷲尾は気まずそうに声を出す。
「トランプっていうのは、赤に仕えてる一般兵の総称だ」
さらなる説明を要求したが、鷲尾は珍しく断った。彼曰く、亀まがいの方がその手の説明に長けている、とか。鷲尾はすっと立つと、何事もなかったかのように俺をまた案内し始める。
本当は公爵夫人の家に侵入した時に解っていた。でもやっぱり、信じたくなかったんだ。たとえば公爵サマが武器を集める趣味があるとか、逆に武器の売買を生計の足しにしてるとか、そんな逃げ道はいくらでもある気がしてた。
でも、ここでは確かに戦争が行われていた。何のためにやっているのかとか、そこに正義があるのかとか、そんなことは知らない。俺にとっては、人を平気で傷つけているこの世界の人たちが怖かった。
正直、今目の前を歩いている鷲尾すら怪しく思えた。こいつだって、きっと何人もの相手を傷つけてるに違いない。そう思うと、何となく開いてしまった鷲尾との距離を、全く埋めることが出来なかった。
それでも鷲尾は気にすることなく話しかけてきた。それでも水色の葉にときどきぶつかる茶色い頭を見るくらいで、俺がそれに答えることはない。当然鷲尾の言葉も減っていって、深緑に侵食される空のように、空気はどんどん重たくなっていった。
「アリス、今日はもう無理だ。一応休憩しよう」
鷲尾がそう声をかけてきたとき、空はもう綺麗な深緑だった。異様なほど真っ赤な月が、燦々と輝いている。疲労で恐怖心も忘れ、空を見て思わず零した。
「なんか・・・寝れそうにないな」
久々に返事をしたもんだから、鷲尾のテンションが上がったようだ。笑いながら、わざわざ俺のところまで戻ってくる。
「いろんなものの色が違うと、やっぱ落ちつかねぇよな」
「それもあるし、正直戦争中ってのもあるな」
また戦いネタを持ち出したことによって、鷲尾が少し気まずそうにした。しまったとは思ったものの、本心なので訂正しづらい。
しかしそこはさすが年上。鷲尾はすぐに持ち直して、空を指差した。
「大丈夫、夜は休戦だから」
「・・・休戦?」
「そ。赤が夜は寝たいって言って、白に契約を持ちだしたんだよ」
どうやら赤は健康に気を遣う人が指揮を取っているようだ。そしてそんな契約に乗った白もどうなんだよ。なんかホントにこの世界はよくわからない。
考え込む俺の頭を、鷲尾がぐりぐりと撫で回してくる。こいつのこの子供扱い、なんなんだろうな?俺ももう高校生なんだけど!
「ま、とりあえず寝とけ。あいつも夜は動かないから、明日の朝のうちに見つかるって」
部活もやってない、バイトもやっていないという俺は、年上と会話することに慣れていない。それでも「兄貴がうざい」とか、「兄貴が面倒くさい」とか言ってた
何はともあれ、運動慣れしていない俺の体は疲れ切っていた。都合がいいとは思うけど、ここも鷲尾を信用しよう。体内時計のせいか、とにかく眠いには違いないし。そう思って、俺は眠りについた。
∴∵∴∵∴∵∴
「アリスー?起きろー?」
寝ているところを、羨ましい低音ボイスに起こされる。俺的には可愛らしいソプラノボイスで起こしてほしかった。どうせ周りには鷲尾しかいないんだから、聞いたところで甲高いテノールだろうけど。
不機嫌さと眠気を隠さないまま、一応身を起こした。自慢じゃないけど、結構朝には強い方だ。
「もう朝になったのか?」
「いや?」
・・・は?
返事を受けて空を見てみると、多少黄緑が顔を出していたが、まだまだ深緑の方が多かった。夜明けって感じか?とにかくまだ写真とかでみる「朝焼け」の感じはない。
朝には強いけどまだまだ寝たいので、じろりと鷲尾を睨みつけた。
「朝まで寝かせろ」
「朝まで寝てたら死んじゃうぞ?」
どうやら赤と白の休戦は、あくまで「夜の間」だけであり、朝焼けとともに再開するらしい。基本的には「味方じゃない者を見かけたら攻撃しろ」体制らしく、迂闊に寝ていたりなんかすると、見つかったときにすぐ狙われるという。ま、当然だよな、確かに。
仕方なく俺は鷲尾とともに歩き出す。
移動する間に空が黄緑色になり、俺が来た時と同じ黄色になった。夕焼けが赤い理由は太陽の色だからって聞いたことあるから、空の色の変化から、この世界の太陽の色は黄色なのだろう。ってことは、火の色も黄色なのか?
幸い誰に出くわすこともなくのんきに歩いていると、ふいに鷲尾が足を止めた。
「ここだ。ここに亀まがいがいるはずだ」
鷲尾の脇から覗き込む。「亀まがい」とかいうから、てっきり海にいるのかと思っていた。けれどもそれは違ったようだ。目の前には真っ赤な草原が広がっていた。俺がメイド服に追いかけられて転がり込んだ草原よりも、ずっと伸び放題になっている。そう考えるとちょっと海っぽいかも。色が色だけど・・・。
「で、亀まがいは何処に?」
「さあ?」
そうだった。こいつは「ここにいる」程度までしか解らないんだった。
でも、ここはあまりにも広すぎる。あんま日常生活じゃ使わないけど、「広大」ってこういう光景をきっと言うんだろうな、うん。だいたい育ちすぎとは言っても、普通に立っていれば人が埋もれることはない。平均身長程度の俺の、腰丈ってところだ。背筋がピンとしていて、シュッとした葉っぱが生えている。葦とか、稲とか、そういう系統なのかな?猫じゃらしっぽくもある。
ガサガサと草をかき分けてみる。やっぱり奥までぎっしりで、同じ植物が茂っていた。がっかりする俺を見て、鷲尾が後ろから疑問を投げかけてくる。
「・・・何してんの?」
「何って、捜してんだろ」
正直、いくら立派に長く成長している草とはいえ、この長さに埋もれるなんて考えにくいけど。鷲尾の友達が小学生ってこともないと思う。でもこの世界ならちっさいおじさんが「亀まがいじゃ」とか言って出てきても、可笑しくない気もする。
「いやいや、そんなんしても見つかんねぇって。危ないだけだから止めなさい」
鷲尾が肩をグイと引っ張った拍子に、ピッと思ったより鋭い葉っぱで手を切った。
「いって!」
「ほら、言わんこっちゃない」
あんたのせいだろ!
そう言えたら、心がすっきりしたんだろうか?
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