第4話 亀まがいに会いに(2)
結局言えなかったので、あきらめて少し血のにじむ部分に手を当てた。少しかゆい気もする。
「じゃあどうすんだよ!」
「呼ぶ」
は?
あまりにも端的だったもので、俺は頭がフリーズした。呼ぶ?そんなアレな・・・、単純な方法でいいの?
茫然としていると、鷲尾は草原に向かって仁王立ちになった。そして大声を放つ。
「ほーうきー!」
ほ・・・ほうき?亀まがいじゃないのか?
叫んでから数分後、草むらの一部がガサガサと揺れた。そこでゆらりと何かが立ち上がる。
現れたのは鷲尾と同世代の男でも、小学生でも、ましてやちっこいおじさんでもなかった。それは俺よりも大きい、鷲尾と同世代くらいの女性だった。
・・・くそっ、鷲尾もやっぱりペアかよ。
彼女は大きく伸びをしてから、くるりとこちらを向いた。
「ああ、おまえか、久しいな」
ずいぶんと逞しい物言いで。
彼女は草むらを掻き分けて、こっちまで来た。俺と鷲尾は悲しいかな顔半分違うけど、俺と彼女もその半分くらいの差がある。再三言うけど、俺だって「平均身長」はあるんだぞ!
「で、何の用だ?
・・・ししまる?
「ほうき」がそう呼んだ途端、鷲尾の顔が真っ赤になった。もしかして。
「あんたの名前、獅子丸っていうの?」
言い終わる前に、鷲尾が耳をふさいでギャーッと奇声をあげた。恥ずかしさに声を出したせいもあって、さっきよりも真っ赤になっている。
「どうだっていいだろ!ほうき、オレを名前で呼ぶなって言ってんだろがっ!」
「いいだろう?私は獅子丸という貴様の名前は好きだぞ?」
ギャーギャーと騒いでいる間に、俺は彼女を観察する。
髪形はなんていうんだろう。おかっぱっていうのかな?いや、今は違う名称なのかな?ちょっとそういうのには疎いからわからない。スタイルはモデルみたいにいいけど、失礼ながら胸はあんまないように見える。
一番驚いたのは、彼女の持ち物だった。腰にベルトのようなものをつけ、そこから立派な剣を持っていた。そして背中には、彼女の背中を覆い隠すほどの大きさの盾を背負っていたのだ。軍人か何かなのだろうか?
まったく痴話喧嘩が止まりそうにないので、俺はあえて空気を読まずに質問を割り込ませた。
「で、その人が亀まがいなのか?」
「ああ、そうだった。紹介がまだだったよな」
鷲尾は彼女の肩に手を置いて、俺の方に向き直った。言い合いで体力を消耗したようだ。バカらし。
「こいつは宝亀
ちなみに亀まがいと呼ばれている所以は、彼女が盾を背負っているせいだそうだ。まるで亀の甲羅のようだと、過去のアリスが笑ったのが原因らしい。考えてみればちょっと失礼な話な気もするのだが、まあ歴代の亀まがい達が気に入っていたというのだからいいのだろう。
しかし。ここで俺はあることを思い出す。
鷲尾との契約は、たしか「亀まがいのところまで連れて行く」のはずだ。そしてこの世界は「完全契約社会」。俺は亀まがいから情報を得るためには、代わりに何かを提供しなければならないということになる。鷲尾の時も困ったけど、あの時は「してほしいこと」が明確で、彼にも「困ったこと」があったからよかった。
でも、宝亀はどうだ?こんなところで何をしていたのかは知らないけど、見ても困っているようには見えない。しかも相手は頭がいいと聞く。俺みたいなバカにできるような条件ならいいけど、勉強チックなものは一切できないぞ!いや、運動神経だってお世辞にも良いとは言えないから、走る以外の条件もキツいかも・・・。
頭の中でぐるぐると困惑が回る中、鷲尾が俺を紹介した。
「宝亀、聞いて驚け!こいつが今回のアリス、
・・・今回の?
俺が質問する前に、宝亀が感嘆の声を上げた。それからグイと顔を近付けて、俺を見てくる。こんなに近くまで女の人の顔が近付いてきたことなんてないもんだから、俺はつい目をそむけた。宝亀もあの懐中時計の女の子に負けないくらい、美人なのだ。すこしきつい印象を与えるタイプだけど、モデルみたいにホントに綺麗な面立ちをしてるし。質問とかも、もうぶっ飛ぶし。
「それは興味深い。私の持つ知識の中でも、まだまだアリスに関しては情報不足も否めないしな」
何だろう。今のセリフでなぜか気持ちがクールダウンした。なんか、男と話してるみたいだ・・・。
ぱっと距離を開けた宝亀は、また鷲尾の方に振り返った。
「アリスに会えたのは、確かに光栄だ。だが、まだ私の質問に答えてないぞ?」
「なんだっけ?」
「貴様がこのためだけに、私を呼び出すというデメリットは負わんだろう。とすれば、他に用があると考えるのが当然だ」
「・・・なんか、相変わらず堅っ苦しいなぁ」
友達だというものの、思っていたよりも仲が良いわけではないらしい。
大きくため息をついた鷲尾は、手を当ててかったるそうに首を回した。
「有須・・・だっけ?こいつに元の世界への帰り方を教えてやってくれ」
え?それだけ?ていうか、「アリス」って言っただけで、俺が異世界から来たとか、そういう肝心な情報省けんの?そんな便利な言葉だったの?
「ほうほう。今回のアリスもまた、やはり迷子なのだな」
そうだ。
それだ。
さっき一瞬飛び去った質問を慌てて引き戻した。
「その、今回のアリスってなんなんだ?」
俺の質問に鷲尾と宝亀はきょとんとした。それから二人が視線を合わせる。しばらくじっと見つめ合っていたが、ただ色気はなかった。原因は、宝亀の周りからたぶん怒りみたいなものが立ち上っていたせいだと思う。鷲尾は気まずさに口を固く結んでいるが、怖すぎるせいか視線がそらせないでいた。解るぞ!俺も教師とか、父親の雷を食らったときとかはそうなるし・・・。我ながら情けないけど。
しばらく沈黙していた宝亀が、やっと視線を動かした。同時に鷲尾が解放感から息を吐く。
「通りすがりに助けてもらったにも関わらず、そんな基礎知識すら与えていないとはな」
「いや、基礎知識ではないんじゃ・・・」と言いかけたが、宝亀に睨まれた鷲尾は口を閉じた。顔が斜め上に向いて、口笛を吹き始める。どこの曲だかわからないけど、民謡っぽい曲だ。
宝亀は俺の方に振り返った。怒られるのではと、心当たりもないのにドキリとする。
「ならば私が鷲尾に代わって答えよう。アリスに会わせてもらったという意味では、代わって教えるのも有りだろうしな」
いや、それだったら帰り方の方を教えてください。そう思ったけど、正直今宝亀に意見する勇気がなくて、「はい」としか言えなかった。
宝亀の説明はところどころわかりにくいところがあったので、鷲尾のフォローを入れつつ、俺なりにまとめてみた。
鷲尾が最初に言っていた通り、アリスと言うのはただの「能力」の名前なのだそうだ。能力についてはああだこうだと宝亀が説明してくれたけど、正直難しすぎてわかんなかった。鷲尾曰く実践した方が解りやすいという。ので、今回はそれを採用。
おっと、話が逸れた。えーっと・・・、どこまで話した?
そうだそうだ。宝亀達を含む能力者も、何年かに一度は生まれくるものだという。だから全然珍しいものでもないのだとか。まあ、その能力者は一人しかいなくて、特別な存在ではあるみたいなんだけど。
で、アリスも同じらしい。何年かに一度、俺みたいに異世界から能力者が迷い込むのだそうだ。そこから「今回のアリス」とか、「過去のアリス」っていう表現があるらしい。宝亀が帰り方を知っていたりするのも、だからなのだそうだ。
「・・・て、俺の前のアリスって、そんなに近代なの?」
「いや?私の記憶の限りでは、もう長らくは来ていないな。時の流れが平等とは言えないが・・・」
宝亀はあごに手を添えて、斜め下を見た。それからしばらくすると、俺の顔に視線を戻す。
「人を殺すことに躊躇いがなくて、驚いた記憶がある」
現実でも戦時中だったのかな。
・・・ちょっと待てよ?そういう資料って残ってるもんなのか?宝亀は頭がいいみたいだから、きっとそういうものを読めば覚えていてもおかしくない。放浪しているうちに発見したとか?
それを直接訪ねてみると、宝亀は平然と答えた。
「ないが?」
「ない?」
「ああ。大体、『資料』とは何なんだ?情報の事か?」
資料の概念すらなかった。まあ、情報っちゃあ情報なんだけど。
概念自体ないのなら、正直「資料」に代わるものを見たのかもしれない。けど、宝亀の目はかなり本気で、そう言うものに関心がないようだった。
じゃあ、何処でその情報を手に入れたんだ?
でも、さっきの思い出す動作は嘘じゃないと思う・・・となれば。
「失礼なことだとは解ってるんだけど・・・おいくつ?」
そう。宝亀自身が覚えているとしか考えられなかった。さっきも言った通り、宝亀は見た目こそ若い女性だ。しかしこの世界は半ば何でもアリ。しかも彼女は亀まがいと言うではないか。鶴は千年、亀は万年と長生きの象徴なのだから、宝亀が実はものすっごい年齢が上だったとしても、可笑しくない。ほら、亀の年齢って、ぱっと見ただけじゃわかんないじゃんか。アレみたいな感じかも。そもそも、でかい盾を背負っているだけで「亀まがい」と呼ばれるなんて、可笑しいじゃん!
「何が失礼なことか」と不思議がられた。この世界の常識ではなかったもよう。乾いた笑いをする俺に対し、宝亀は無い胸を張って答える。
「見ての通り、まだ二十代の若者だ」
何の落ちもない、見た目通りでした。
ってことは、あれ?やっぱりおかしい。
「じゃあなんでそんなこと知ってんだよ?」
「亀まがいの能力だからだ」
能力。またそれか。
どうやら、亀まがいの能力と言うのは、代々の亀まがいの記憶を受け継ぐというものらしい。そのため、まだ二十年ちょっとしか生きていないという宝亀にも、代々の亀まがいの何千年という記憶が収納されているらしい。意識して自由に思い出せるというのだから、パソコンのデータバンクって言った方が相応しい感じだ。羨ましい。
といっても、一瞬にして覚えられるとか、代々の亀まがいが素晴らしい記憶力を持っていたわけではなく、たまにうろ覚えだったり、記憶の飛んでいる代もあるのだと嘆いていた。そう言われれば、亀まがいが真面目な宝亀だった俺は、かなりラッキーである。
自分の運の良さに心を救われながら、俺は本題に入った。
「で、何をすれば、帰り方を教えてもらえるんだ?」
体力関係であれ!
体力関係であれ!
体力関係であれ!
そう願いながらの質問だった。しかし宝亀は、拍子抜けするほどけろりと答えた。
「なに、簡単な話だ」
そんなに簡単そうに言われたら、多くの人は逆に構えるだろう。まあ、俺が普通であればという前提だけど。
「ただお前の世界の事を教えてくれればいい」
・・・それだけ?
本当に簡単な話だった。だってこっちが教えてもらう情報は、並大抵の人では知り得ないようなもんだ。事実、鷲尾は知らなかったし。それなのに、俺から提供する話が、そんな当然な話でいいの?
待てよ。契約社会を舐めてはならない。若造が何言ってんだって言われたら、そりゃ俺だってそう思う。でも、若造だって若造なりにいろいろイメージってのがある。
で、俺が契約社会に持つイメージっていうのは、完全に裏社会みたいな感じ。借金の保証人のイメージ。契約が絶対なんて、怖い以外にないじゃんか!
「・・・求められる情報による」
「そうだな・・・。じゃあ、お前がこの世界に来て驚いたことを教えてくれればいい」
簡単な話には裏がある。定石だ。
「なんでそんな条件なんだ?」と聞けば、
「今回のアリスはずいぶんと警戒心の高い奴だな」と笑われた。いいじゃねぇの。知らん世界を無防備に歩くよか、「ビバ・警戒心!」だ、「警戒心万歳!」だ!
腹を抱えて「クックッ」と笑う宝亀を見て、隣にいた鷲尾が「かなり貴重な光景だぞ」とこっそりと呟いた。今までの口調とかから少しは想像できていたけど、やっぱりそういうやつなんだ、宝亀って。
そんなに笑うほどでもない話題で大笑した彼女は、いきなりスイッチが切り代わる。
「私はね、知識が欲しいんだ」
学者肌。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。もし意味が間違っていたら格好悪いな。
「そして、新しいことを成し遂げたい」
それも学者肌って言葉でいいのか?なんか生粋っぽい。
宝亀はくるりと回転し、俺たちに背中を向けた。そのまま雑草の波に向けて手を広げる。宝亀がやると見たこともないけど、宝塚感がすごい。素でこんなことしてるなら、それはそれですごいけどな!
「だからこそお前の知識がほしいんだよ!私は」
・・・はい?
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