第5話:新しい生活 4
道具屋が休日となったある日の朝食時、夏希からこんなお願いが口にされた。
「――調合をやってみたい、ですか?」
今までは明日香やジジに遠慮して店頭の仕事に専念していた夏希だが、二人の調合をこっそり見ている事には気づいていた。
「ほほほ。構いませんよ」
「ご迷惑になる事は承知しているのですが、ぜひ一度ご指導いただければ……って、え?」
「うふふ。構わないって、夏希ちゃん」
同じような反応をした事があると自分でも懐かしく思いながら、明日香は微笑んでいる。
目を白黒させている夏希に対して、ジジは柔和な笑みを浮かべながら口を開いた。
「アスカさんの時もそうでしたが、秘伝とかもありませんし、調合は師弟制度じゃから師匠がいなければ販売はできないからのう」
「……あ、ありがとうございます!」
椅子から立ち上がった夏希は腰を折って頭を下げる。
その姿に明日香とジジは微笑み、そして素材の確認を始めた。
「まずは素材集めから始めますか?」
「そうじゃなぁ……ナツキさんは聖女ですし、意図せずじゃが魔獣とも相対している。カフカの森であれば問題なかろう。アスカさんとイーライも一緒に行ってくれますかな?」
「もちろんです!」
「アスカが行くなら、俺も行かないとな」
「あの、いいんですか? 私の我がままに付き合ってもらって?」
「私も同じ道を歩んできたからね、全然大丈夫だよ!」
全く盛り上がらない力こぶを作った明日香を見て、夏希は驚いた表情から徐々にクスクスと笑いだした。
その表情を見て明日香とジジは笑い、イーライは黙々と準備を始める。
下級ポーションの素材の半分はカフカの森で採取でき、明日香もここから始めた。
その時のイーライはまだ騎士で、明日香は思い出すと懐かしさで嬉しくなってしまう。
笑いながら準備を進める明日香を見て夏希は首を傾げてしまうが、それでも嬉しそうな姿に彼女はカフカの森へ向かう事が楽しみで仕方なかった。
準備を進めながら護衛がイーライだけでは少ないだろうという事になり、明日香たちは冒険者ギルドに足を運んだ。
キャロラインとリザベラがいればと思っていたのだが、あいにくと今日はすでに別の依頼でマゼリアの外に出ていた。
「ど、どうしましょうか?」
「誰か別の冒険者に依頼を出すしかないかな?」
「まあ、ナツキは自衛ができるからこのままでもいいんだがな」
「はいはい、そう言うと思ってたよ。そうなると、やっぱり依頼を出すべきだが……」
当初の依頼料では新人冒険者しか雇えない。
キャロラインとリザベラも新人冒険者だが、彼女たちは顔見知りというだけでなく、イーライは将来性も買って共に行動する事を良しとしている。
将来性も皆無な新人冒険者を雇っても、下手をすれば逆に足手まといになりかねない。
どうしたものかと考えていると――とある人物が明日香たちに声を掛けてきた。
「おぉっ! あの時の嬢ちゃんじゃねぇか!」
「あなたは……あっ! カフカの森までの街道で冒険者さんを指揮していた人!」
アースドラゴンの騒動の時、冒険者を率いていたAランク冒険者だった。
「おうっ! 俺はジャズズだ、よろしくな!」
スキンヘッドの厳つい顔をしたジャズズが豪快に笑うと、初対面の夏希は口を開けたままポカンとしていた。
「さっきからキョロキョロしていたみたいだが、どうしたんだ?」
「あの、実は――」
せっかくだからとジャズズに事情を説明すると、彼はニヤリと笑ってこう口にした。
「それなら、俺が受けてやろうか? カフカの森への護衛依頼」
「えぇっ! でも、ジャズズさんはAランクなんですよね? 依頼料も安いですし、時間がもったいないんじゃないですか?」
「普通はそうだな! だが、命の恩人が困っているなら助けてやるのが筋ってもんだろう?」
「命の恩人って、私は特に何もしていませんよ?」
あまりにおだてられてしまうので遠慮していると、いいじゃないかと口にしながら依頼主窓口へ大股で歩いていく。
慌てて明日香たちも追い掛けていくと、受付嬢のリンスの姿があった。
「あら、アスカ様にイーライ様ではないですか」
「おうっ! こいつらの護衛依頼、俺が受けるぜ!」
「ジャズズ様がですか? ……本当に?」
「なんで怪しまれてるんだ?」
「……何を企んでいるんですか?」
「な、何も企んでねぇって」
ジト目を向けているリンスに対して、ジャズズは苦笑いを浮かべながら答えている。
「……あの、アスカ様たちはよろしいのですか?」
「えっと、まあ、イーライが良ければ?」
「俺は構わない。むしろ、Aランク冒険者がいてくれれば俺も楽ができるからな」
「おっ! よく言ったな、坊主!」
「……坊主じゃない」
「がはははは! いや、すまん、すまん!」
結局ジャズズが明日香たちの護衛依頼を受ける事となり、四人はそのままカフカの森へ向けて歩き出した。
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