第4話:新しい生活 3
この日の夜、道具屋でイーライも一緒に食事を取り終わりお茶をしていると、裏口のドアがノックされた。
イーライが立ち上がり窓から様子を確認すると、すぐにドアを開ける。
「お待ちしておりました――殿下」
姿を見せたのは、第一王子のアルとその補佐官であるリヒト・バーグマンだった。
「何度もすみません、ジジ様」
「いやいや、儂としては間近でアルディアン様を見る事ができて、光栄に感じております」
「そう言っていただけるとありがたいです、ジジ殿」
こうしてアルが道具屋を訪れるのはこれが初めてではない。
ジジに全てを打ち明けるために必要な最後の条件が、これだったのだ。
「それでは、定期報告をさせていただきます」
城での出来事と明日香たちの身に起きた出来事の情報交換を週に一度、行う事になっている。
あくまでも定期報告であり、特別な事ではない。使いの者を走らせればそれで終わる事だ。
それにもかかわらず、わざわざアルが出向くのは、単に明日香の顔が見たいからだった。
実際に報告を行うのはリヒトであり、アルはただニコニコと笑いながら明日香を見つめているだけで、彼女もどうしたらいいのか分からずできるだけ視線を向けないようにしていた。
「――最後に、ガクト様たちについてです」
だが、リヒトから最後の報告であがった岳人たちの名前を聞いて、アルの表情が一気に引き締まった。
「ここからは私が説明しよう」
そう口にして立ち上がると、アルは一度咳ばらいをしてから報告を始めた。
「カミハラ様たちは、現在も一般兵士と共に業務を行っている。ミカミ様、シンドウ様は比較的指示に従って行動しているようだが、カミハラ様だけはいまだに反抗的な態度を取っている」
「まだ逆らっているんですか?」
「あぁ。事あるごとに上司と衝突し、叩きのめされては懲罰房に入れられての繰り返しだな」
「岳人君……」
「ナツキ様が気にする事ではありません。これは、ガクト様たちの問題なのですから」
「ありがとうございます、バーグマン様」
リヒトの言葉を受けて、夏希は大きく頷いた。
この定期報告が始まってすぐの頃、夏希は二人から謝罪を受けている。
それは、夏希の立場が悪かった事に気づけなかった、という謝罪だ。
岳人たちと一緒にいた頃の夏希と今の夏希を見ている二人にとって、非常に大きな過ちを犯してしまったと感じていた。
勇者召喚に明日香が巻き込まれたと知った時にも、リヒトは立場も関係なくすぐに謝罪をしてくれた。
二人の真摯な態度があってこそ、夏希も謝罪を受け止めただけでなく、自分から言えなかった弱さを理解して、今では二人に対しても笑みを浮かべられるようになったのだ。
「まだしばらくは様子を見るが、今後改善の余地なしとなれば、さすがに私も庇い切れなくなるかもしれないな」
「でも、100年に一度の天災級魔獣を討伐するためには、岳人君の力が必要なんですよね?」
「あぁ。だから私もできるだけ顔を出して声を掛けているのだが、逆効果のようでな……最近は報告を聞くだけになっているのだが、変わりはないようだ」
小さくため息をつきながら報告を終えたアルを見て、ジジはそっとお茶をテーブルに置いた。
「リヒト様もどうぞ。念のため、毒味をいたしましょうかな?」
「いや、頂こう。お気遣い感謝いたします、ジジ殿」
お茶を飲んで一息ついたアルは、次に明日香へ声を掛けた。
「こちらからの報告は以上です。では、アスカ様の報告をお願いできますか?」
「はい。……とは言っても、いつもと同じ事の繰り返しですけどね」
苦笑を浮かべながら始まった明日香の報告は、言葉通りで毎回同じものだった。
店頭での接客、調合とその練習、素材採取が業務であり、休みの日には夏希と共に城下へ繰り出して掘り出し物探しだ。
夏希の日常も同じようなもので、休みの日に明日香と行動を共にしていない時はジジと一緒にのんびりしている事が多く、平和なものである。
「ほほほ。平和が一番ですからな」
そんなジジの一言を聞いて、定期報告は終了となった。
だが、アルとリヒトはすぐに帰ろうとはせずに毎回のように時間ギリギリまで粘っていく。
これも全てが明日香の顔を見て癒されたいという思いがなせる業なのかもしれない。
「あの、アル様? そろそろ戻られた方がいいのでは?」
「むむむ、もうそんな時間か。仕方がない、帰るぞ、リヒト」
「はい、アル様」
この場にいる面々にはすでに気安い態度を取っているアルを見て、リヒトも彼の事を『殿下』ではなく『アル様』と呼んでいる。
その事にリヒトが気づいているのかはさておき、明日香は夏希やイーライだけではなく、ジジの事も信用してくれているのだと思い嬉しく思っていた。
「それでは皆さん、また来週伺います」
「アル様はお忙しいでしょう。別の方を使いで送ってくれてもいいんです――」
「また来週! 私が伺います!」
「私も一緒に伺いますので、よろしくお願いしますね。では、失礼いたします」
最後にリヒトまでまた来ると口にして、二人は去っていった。
「本当は暇なんじゃないかと疑ってしまうな」
「そうですね」
「ほほほ。アルディアン殿下はユーモアのあるお方ですなぁ」
「そうなのかなぁ?」
ジジの言葉には明日香だけではなく、夏希とイーライも内心で疑問を抱いていたものの言葉にする事はなく、ただ苦笑いを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます