第3話:新しい生活 2
ジジの道具屋で生活を始めてからの習慣に、素材採取がある。
素材採取の時には明日香からイーライに依頼を出して護衛をしてもらうのだが、別で時間が合えば依頼をお願いしている人物がいる。
「今日もよろしくお願いします、アスカさん、師匠!」
「よろしくお願いします、アスカさん、イーライさん」
「おい、キャロライン。師匠って呼び方は止めろと何度も言っているだろう」
「だって、師匠は私の師匠ですもの!」
「うふふ。いいじゃないのよ、イーライ!」
「それじゃあ、アスカさんが私の師匠?」
「うっ! ……リザベラちゃん、それはご勘弁を」
「人の事を言えないじゃないか」
明日香が初めて素材採取に向かった際に護衛を依頼したFランク冒険者のキャロラインとリザベラだ。
冒険者ギルドからジジに依頼されたもので、新人冒険者を育てるために二人へ依頼を出したという形になったのだが、その時に二人は大きな失敗をしている。
休憩中に魔獣の接近を見逃してしまい、護衛対象である明日香たちを危険に晒したのだ。
イーライの口添えもあって大事にはならなかったが、その時から二人は――特にキャロラインは彼に尊敬のまなざしを注いでいる。
リザベラも明日香が丁寧に、それも的確に採取を行う姿を見て彼女から学んでいる。
とはいえ、明日香の場合は魔導具化してしまったメガネの効果があってのものなので、胸を張って自慢できるものではなかった。
「今日はラクシアの森なんですね?」
「カフカの森じゃない?」
カフカの森はマゼリアの西に位置している森で、下級ポーションの素材が揃っている。
今回向かうラクシアの森は南に位置しており、取れる素材は中級ポーション、稀に上級ポーションの素材も採取できる場所になっていた。
「そうなの。中級ポーションの素材が少なくなってきていて、ジジさんに頼まれたんだ」
明日香としても初めて向かう場所なのだが、ジジからは一通り素材についても教えてもらい、さらにメガネを使えば素材を見分ける事も容易なので問題ないと送り出されていた。
「わ、私たちも初めての場所です!」
「でも、いつかは向かうと思って下調べは済んでいます」
「そうなんだ! 頼もしいね、イーライ!」
「最初の頃のようにならなければいいけどな」
「が、頑張ります!」
イーライの言葉にキャロラインが鼻息荒く言い返すと、明日香とリザベラは顔を見合わせて笑みを浮かべる。
そのまま冒険者ギルドを後にした明日香たちは、南に広がるラクシアの森へ向かうのだった。
ラクシアの森は、カフカの森と違って木々の背が低く、太陽の光が地面にも降り注ぎ心地よい陽気に包まれている。
時折、陽気に誘われて緊張を緩める冒険者がいたりするのだが、そういう冒険者から魔獣に襲われて命を落とすか、冒険者生命を絶たれる事になる。
下調べをしていると口にした通り、キャロラインとリザベラは暖かな陽気の中でも気を抜く事はなく、むしろイーライがいるからかより慎重に周囲の索敵を行いながら護衛を行っていた。
「この辺りは問題ありません!」
「アスカさん、素材はどうですか?」
「大丈夫そうね。この分なら、早く戻ってジジさんと夏希ちゃんの手伝いができそうだわ」
「素材採取が仕事なのに、戻ってからも仕事をするつもりなのか?」
「その方が二人も楽でしょう? イーライだって早く晩ご飯を食べられるわよ?」
明日香はクスクスと笑いながらも中級ポーションの素材を採取していく。
ラクシアの森で採取できる中級ポーションの素材は三つ。
上傷薬の素材にもなるサンフィラ草。
そのまま口にすると腹下しになる毒草のジャブロ草。
滋養強壮に効く果実でセルジュの実。
この三つとは別にこぶし大の魔力結晶か上魔力結晶、そして飲むのに適した水質の水が中級ポーションには必要となるのだが、残る二つはジジが準備してくれているので問題はない。
メガネの鑑定効果もあり、明日香は似た形の別の素材には目もくれず、的確に三つの素材を採取していく。
手際の良さに見て学ぼうとしていたリザベラはおろおろするばかりだ。
「あっ! ごめんね、リザベラちゃん」
「いいえ、私は構いません。しかし、本当にアスカさんの採取は早いですね」
「あ、あははー。ジジさんの指導が厳しいからかなー」
「でも、ラクシアの森には初めてくるんですよね?」
「そ、そうねー。でも、素材は嫌というほど、見せられていたからねー」
苦し紛れの言い訳だったが、リザベラは『なるほど』と口にしながら何度も頷いている。
少しばかり心が痛くなったのだが、鑑定が使える明日香専用のメガネ魔導具については秘密にしなければならないので、仕方がないと割り切る事にしていた。
「違う、そうじゃない」
「す、すみません、師匠!」
「だからそう呼ぶな!」
「ですが師匠!」
「だー、もう! 師匠、師匠、うるさいな!」
「そんな、師匠!」
キャロラインはイーライに師事して剣術を習っているのだが、事あるごとに師匠と口にするせいもありなかなか上手く進んでいない。
見ている方は面白いのだが、やっている方――特にイーライは頭を抱えそうになっているので少しだけかわいそうだなと思わなくもない。
とはいえ、なんだかんだでしっかりと教えているイーライを見ていると、明日香は感心してしまうのだった。
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