第6話:新しい生活 5
カフカの森は以前の喧騒とは打って変わり、静寂が広がっていた。
時折、遠くの方で戦闘音が聞こえてくるが、それも長くは続かずに冒険者の勝どきが聞こえてくる。
元々がFランクの魔獣が多く、よくてEランクの魔獣しかいない。
勝どきをあげているのも新人冒険者であり、Eランク冒険者以上からはカフカの森で勝どきをあげるなどという事はなかった。
「さて、それじゃあ夏希ちゃん、採取を始めよっか!」
「よ、よろしくお願いします、明日香さん!」
ここでも腰を折って頭を下げた夏希を見て、明日香も気合いを入れ直す。
なんでも鑑定してしまうメガネがあるとはいえ、素材の特徴を伝えなければ自分以外の相手には分からないし、覚えられない。
言葉にする大切さを理解している明日香は、夏希の成長が自分に懸かっていると思っている。気合いの入れ方にも相当に力が入っていた。
「こっちは問題ない」
「あっちも大丈夫だぜ!」
「よーし、それじゃあ始めるぞー!」
「お、おぉー!」
拳を上に向けて声をあげると、遅れて夏希も腕を上げる。
ジャズズは大笑いしているが、イーライは呆れているのか右手で顔を覆っていた。
――しばらく採取を続けた後、休憩を取る事になった。
そして、この時になって初めてジャズズが依頼を受けた意味がはっきりしたのだ。
「――俺と、模擬戦ですか?」
ジャズズはイーライに模擬戦をしようと提案してきた。
「おうよ! 俺は強い奴が冒険者になるのが大歓迎でな、見込みがありそうな奴とは一度手合わせをお願いしているんだよ!」
「……それ、ほとんど断られないか?」
「いや、その通りなんだよ! 誰がAランク冒険者と手合わせなんかするかってな!」
笑い事ではない気もする。新人冒険者からすると、出る杭は打たれるではないがそのまま潰されてしまうのではないかと心配になってしまうのだろう。
その点、イーライは騎士団でしっかりと学んできているし、その実力の一端をジャズズも目にしている。
今回の依頼もイーライなら模擬戦を受けてくれるという勝算があったからこそなのだ。
「……分かりました」
「マジか! いやー、久しぶりに腕が鳴るぜ!」
「俺も冒険者たちの実力を肌で感じたいと思っていたので、好都合です」
「よっしゃー! 嬢ちゃんは確かポーションを持ってたよな!」
突然話を振られて驚いた明日香は、とりあえず腰のポーチからポーションを取り出して、ようやく気づいた。
「これです! ……って、怪我するくらいの模擬戦をやるつもりですか!?」
「いやいや、念のためだよ! 俺もさすがに将来有望な若手に怪我なんてさせねぇって!」
「それを恐れて他の冒険者は断ったんでしょうけどね」
「……だよなぁ。俺の武器、これだもんなぁ」
悲しそうに呟かれたジャズズに背中には、自らの身長よりも大きなウォーハンマーを背負っている。
カフカの森へ続く街道でソードウルフを一撃で粉砕した威力を持つウォーハンマーを見れば、新人冒険者であれば誰でも泣きながら逃げ出してしまうだろう。
「まあ、逃げちまうような奴はそこ止まりって事にしておこうぜ! 坊主は受けてくれた、ここが重要だな! がはは!」
「だから坊主じゃないって言ってるだろう」
「あぁ、すまんな、坊主!」
さすがにわざとだと思ったイーライは、小さく息を吐き出すと明日香たちから少し離れた場所で剣を抜いた。
その洗練された立ち姿にジャズズは口笛を吹くと、重量のあるウォーハンマーを右手だけで持ち上げる。
「よーし! 本気でやろうぜ!」
「後悔しないでくださいね!」
言い放つのと同時に動き出したイーライは真正面から剣を振り抜いた。
速度では上回っているはずの一撃だったが、ジャズズはイーライの動きを先読みしてウォーハンマーの頭を盾代わりに突き出して押し返す。
力負けしたイーライは大きく後退したが、今度は左右に動きながら間合いを詰めていく戦法へ切り替える。
片手から両手に持ち替えたジャズズは、冷静にイーライの動きを見ながら次の動きを予測し、その対策を頭の中で何通りも作り出していく。
フェイントを交えた駆け引きを行っているが、その全てをジャズズに看破されて近づけない。
「ちっ! ファイアアロー!」
「うおっ! 魔法かよ!」
埒が明かないと感じたイーライが火魔法のファイアアローを放つが、ジャズズの剛腕がウォーハンマーを力一杯で横に薙ぐと、まるで突風でも吹いたかのような風圧で消えてしまった。
「まさか、風圧だけで魔法を消すのかよ!?」
「油断大敵だぜえっ!」
「しまった!?」
あまりに予想外な展開のせいで隙を見せてしまったイーライは、見た目からは予想できない速度で間合いを詰めてきたジャズズに突き飛ばされてしまう。
バランスを崩してしまったイーライが体勢を立て直そうとしている間に、ウォーハンマーが頭上に振り下ろされた。
「イーライ!」
慌てたのは明日香だった。
ちょっとした怪我なら手持ちの下級ポーションで治せるだろう。
しかし、骨が砕けでもしたらすぐには治せなくなってしまう。
だが、明日香が心配したような事は起きなかった。
「……まいったな。ウォーハンマーを寸止めとか、できるんですね」
「がはは! まあ、これでもAランク冒険者だからな!」
直撃する僅か手前で止まっていたウォーハンマーを見つめながら、イーライはため息交じりにそう呟いた。
ジャズズは笑いながらウォーハンマーを持ち上げると、ドンと音を立てながら肩に担いだ。
「ってか、その若さであれだけ動けて魔法も使えるとか、騎士様ってのはすげぇんだな!」
「負けた相手にすごいとか、嫌味ですか?」
「ちげぇよ! 俺もあと一、二年したら抜かれると思っただけだ! がはは!」
笑いながら差し出された手を取ったイーライは、グイっと引っ張られて立ち上がる。
(……俺はまだまだ弱い。アスカを守るためにも、もっと強くならなければならないな)
ジャズズとの一戦は、イーライにとって非常に有益なものになったのだった。
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