第22話:好感度の謎 9
食事が終わり食器が下げられると、居住まいを正して明日香が口を開いた。
「最初に召喚された際、私のステータスはとても低く、特別な力はないと言っていましたよね?」
「はい。私が確認しましたから間違いないかと」
確認するようにリヒトへ声を掛け、彼ははっきりと頷いた。
「たぶん、その結果は間違いありません。魔法だって使えなかったし、筋力だってポーションが入った箱を持ち上げるのにも一苦労でしたから」
「魔法はもう使えるじゃないか」
「イーライが教えてくれたからね。でも、教えてくれる人がいなかったら無理だったよ」
苦笑いを浮かべながらそう口にした明日香は話を続ける。
「ですが、一つだけ私にも特別なものがあったんです」
「まさか! ですが、鑑定スクロールではそのような結果はなかったはず!」
「おそらくですが、あれは私自身のステータスを鑑定する魔導具だったんですよね?」
驚きの声をあげるリヒトとは違い、明日香は至って冷静に確認を進めていく。
「は、はい。その通りです」
「……実は、私が身に付けているものの中に、特別なものがあったんです」
「身に付けているもの、ですか?」
困惑顔を浮かべるリヒトがまじまじと見つめるが、特に気になるものは見つけられない。
アルや遠目からイーライも見てみたが、誰もそれらしいものを見つける事はできなかった。
「……は、恥ずかしいです」
「「「す、すまない!」」」
三人からの視線に耐えきれず明日香が呟くと、謝罪の声が揃って口にされた。
「……ご、ごほん! それでですね、その特別なものというのが、このメガネなんです」
「「「……メ、メガネ?」」」
今度はリヒトだけではなくアルやイーライも困惑してしまった。
外から見た限りではなんの変哲もない普通のメガネであり、これが特別なものである理由がどこにも見つけられない。
「私は目が悪くて、水浴びの時と寝る時以外はずっとメガネを掛けているんです。だから気づかなくって」
「気づかないって、何にだい?」
「目に映っているものが、この世界特有のものなのか、そうじゃないのか」
「……ど、どういう事なんだ、ヤマト様?」
困惑を口にしたアルを正面から見つめ、明日香は意を決してメガネの能力を伝えた。
「私のメガネには、鑑定機能が付いています。……たぶん、ですけど」
「「「……な、なんだってええええええええぇぇっ!?」」」
「ひゃあっ!」
まさか三人共に大声をあげるとは思っておらず、明日香は変な声を出してしまった。
しかし、明日香のメガネが本当に鑑定機能の付いたものだとすれば、それは国宝級の魔導具以上に価値の高いものだと理解している三人が驚かないはずはなかった。
「ヤマト様! もしそれが本当だとすれば、誰にも言わない方がいい!」
「この事は誰かに伝えましたか? ジジ様とかに言ってしまいましたか?」
「つ、伝えていません! 召喚に関わる事だと思ったから、まずはお二人にと思って!」
「「……そ、それはよかったぁ~」」
前のめりになって問い詰めてきた事もあり明日香が早口で答えると、腰を浮かしていた二人はドサッと全体重を預けるようにして腰掛けた。
壁際に立っていたイーライは動きこそしなかったが、その表情は驚きに染まっている。
「……あ、あの、これって、相当マズい感じですか?」
「……そうだね。人によってはヤマト様を殺してまでメガネを奪い取ろうとするかもしれない」
「そ、そんなに大事なんですか!」
若干体を震わせながら声を漏らすと、その理由をリヒトが説明した。
「鑑定というのは本来、鑑定スキル持ちの特権だったところがあるのです。自分がどのような力を持っているのかを知るために、鑑定スキル持ちに多額を支払っていたという話まであるくらいですからね」
「でも、私はリヒト様に魔導具で調べてもらいましたよね?」
「あれも言ってみれば、鑑定スキル持ちが作った魔導具なのです。使い捨てですからなくなれば再度購入しなければなりません。ですから、あちら側の利益につながっている事に変わりはないのです」
「鑑定スキル持ちの多くは国や上級貴族が囲っているんだが、結構な金額を支払っていると耳にした事がある。それがメガネ一本で済ませられると分かれば、是が非でも手に入れたいと思う者は少なくないはずだ」
途中からアルが説明を引き受けていたが、明日香はこの事実をどのように捉えればいいのか分からなくなっていた。
単に相手の好感度や名前が分かるだけのメガネである。これにそれだけの価値があるのかどうか、理解に苦しんでいるのだ。
「……その、鑑定スキルというのは、相手の名前や自分にとって良い悪いも分かるものですか?」
「名前やステータスは分かりますが、自分にとって良い悪いが分かるというのは聞いた事がありませんね」
「今の話だと、ヤマト様にはそういったものが見えているのか?」
「……は、はい」
そこで明日香は相手の名前の横に数字があり、それが高ければ自分にとって良い人物、マイナスであれば悪い人物なのだと説明した。
「でも、その事に気づいたのが三日前なので、何も検証とかができてないんです。さっきは鑑定機能って言いましたけど、それとはまた違うものかもしれませんけど……」
そう補足を付け足した明日香を見て、リヒトは勢いよく立ち上がった。
「素晴らしいですよ! アスカ様!」
「きゃあっ!」
「今の話が本当であれば、そのメガネは世界で唯一の魔導具という事になります! それも、国宝級の魔導具です!」
急に興奮して喋り出したリヒトに口を開けたまま固まってしまった明日香。
リヒトの隣ではアルがこめかみを押さえながらため息をついていた。
「アスカ様! ぜひとも一度私に掛けさせてもらえませんか!」
「え? い、いいですけど、度がきついですよ?」
「構いません! 私、貴重な魔導具には目がないのです!」
「……はぁ。すまない、ヤマト様。リヒトは元々、研究バカな人間だったのだ」
「アル様。それは研究者にとっての褒め言葉ですよ!」
握りこぶしを作りながらそう叫んだリヒトの変貌ぶりに、明日香は若干引き気味になりながらメガネを外して手渡した。
どことなく童心に帰ったかのような雰囲気でメガネを掛けたリヒトは――直後には真顔になって首を傾げてしまった。
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