第21話:好感度の謎 8

 翌朝、井戸水で顔を洗っていると後ろから聞き馴染んだ声が明日香の名前を呼んだ。


「アスカ」

「おはよう、イーライ。今日は早かったのね」


 顔を拭きながら挨拶をすると、イーライは苦い表情を浮かべていた。


「お前が殿下たちに早く会いたいって言ったんだろうが」

「報告があるからそれはそうだけど……え、もしかして、今からなの?」


 確かに今日で会えないか聞いて欲しいと頼んでいたが、すぐに会えるとは思っていなかった。

 今日であっても遅い時間や、最悪は数日掛かる事も覚悟していた。


「昨日帰ってから二人にアスカから報告があると伝えたら、今日の仕事をその日で片付けてしまってな。会えるならなるべく早く会いたいと言ってきたんだ」

「……な、何をやっているのよ、あの人たちは」


 やや呆れ気味にそう呟いた明日香だったが、早く会えるならそれに越した事もない。

 駆け足で店に戻った明日香がジジにすぐ出発する旨を伝えると、ほほほと笑いながら何かを包んだ紙を手渡してくれた。


「ジジさん、これは?」

「朝食の具材をパンで挟みました。これなら、歩きながらでも食べられるでしょう?」

「具材をパンで? ……サンドイッチの事かな?」

「サンドイッチ、ですかな?」

「ううん、なんでもありません。これ、頂いていきますね!」

「急で申し訳ありません、ジジさん」


 イーライが頭を下げると、ジジはこれも微笑みながら気にするなと口にして見送ってくれた。


 王城に到着するや否や、明日香は元々使っていた部屋に通された。

 パッと見渡しただけでも部屋を出た当時のままであり、それでいて掃除がきちんとされているのがすぐに分かった。

 しばらくしてイーライが戻ってくると、その後ろからアルとリヒトが笑顔で現れた。


「お久しぶりです、ヤマト様!」

「アスカ様、お元気でいられますか?」

「お久しぶりです、アル様。元気ですよ、リヒト様」


 二人の言葉に笑顔で返すと、ドアの向こうから続々とメイドが料理を運んできてくれた。


「……えっと、あの、これはいったい?」

「ヤマト様の報告を聞きながらの朝食をと思ってな!」

「私もです。アスカ様もぜひ」

「えっと、私は食べてきましたから、遠慮します」

「……殿下、バーグマン様。私は報告しましたよね?」

「「お前は毎日のように会っているからそう言えるのだ!」」


 困った顔でそう口にしたイーライに対して二人が声を荒げている。

 いったい何が起きたのか理解できない明日香だったが、これも好感度が成せる力なのかもしれないと苦笑いを浮かべるに止めた。


「あの、お時間が大丈夫なら先の朝食をいただいてください。私は待てますから」

「そ、そうか?」

「でしたら、いただきましょうか、アル様」

「イーライは食べないの? 朝ご飯、まだでしょ?」

「俺は護衛ですから問題ありません」


 イーライだけ声を掛けてもらえた事に嫉妬したのか、二人から鋭い視線が送られる。

 その態度にだけはムッとしてしまった明日香は、自分の前にある皿へいくつか料理を取り分けると立ち上がってイーライに差し出した。


「これ、食べてちょうだい」

「ヤ、ヤマト様!?」

「な、何をされているのですか!?」

「……う、受け取れない」

「受け取ってくれないなら、私があーんしてあげようか?」


 そう口にした明日香がフォークで取り分けた料理を刺すと、ゆっくりと持ち上げてイーライの口元へと運んでいく。


「「皿を受け取るんだ、イーライ!!」」


 フォークが口元へ到達する前に二人から怒号にも似た声でそう言われ、イーライは明日香にジト目を向けながら皿を受け取った。


「うふふ。よかったね、イーライ」

「……こっちはクビが飛ぶかどうかの瀬戸際だったけどな」

「そんな事は私が絶対にさせないわよ」

「……はぁ。俺はここで食べておくから早く戻れ。じゃないと、マジで俺のクビが飛ぶから」


 イーライの言葉に明日香が振り返ると、二人の視線がずっとイーライに突き刺さっていた。


「お二人も早く食べてくださいね。私の時間は今日一日ありますけど、お二人は違いますよね?」

「うっ! ……ま、まあ、確かにそうだな」

「……早く食べてしまいましょう、アル様」


 扱い方を何となく理解した明日香の一言により勢いよく食事を始めた二人を見て、イーライはこの中で一番強いのは彼女なのではないかと内心で思っていた。

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