第6話:異世界での生活 1

 マグノリア王国に召喚されてから七日が経過した。

 その間、明日香はこの世界の常識をリヒトから教えられていた。

 元々が仕事ばかりの生活をしていた明日香にとっては苦にもならない勉強量だったが、リヒトは時折休憩を挟みつつ、疲れてはいないかと声を掛けてくれた。


「……いやはや、アスカ様は本当に記憶力が素晴らしいのですね」

「そうですか? この程度なら誰でも覚えられると思いますよ?」


 明日香の基準は自分の周りにいた社畜の面々である。言われた仕事を残業止む無しで受けて、死ぬ気で片付けていく者たちだ。

 言われた事を一度、最低でも二度で覚えなければ時間がもったいないと嫌味を言われてしまう。そんな環境下で育った明日香の基準で他の者を比べるのは可哀想だった。


「その……ガクト様たちは物覚えが悪かったものですから……」

「あー……まあ、まだ子供ですからね、彼らは」


 文句を言われたとはいえ同郷の者たちだ。明日香の口からは自然と彼らを庇うような言葉が零れていた。


「あ! す、すみません。別にアスカ様の故郷を軽んじているわけでは……そうそう! ナツキ様は四人の中でも覚えが良いのです! アスカ様ほどではありませんが素晴らしいのです!」


 慌てた様子でフォローしたリヒトだったが、それも明日香はお見通しだった。


「あははー。まあ、彼らも頑張っている事でしょうし、大目に見てあげてくださいね」

「頑張って、ですか……まあ、そうですね、ははは」


 何やら疲れた様子を見せるリヒトを見て首を傾げた明日香だったが、彼は苦笑するだけですぐに表情を引き締めてこれからの事を口にした。


「……さて、アスカ様。本日は初めて城下を見ていただきます」


 リヒトの授業は本日をもって終了となり、明日香は初めて城の外に出る事になった。

 ただし、あくまでも観光程度に城下を見て回るだけで戻ってくる。それでも明日香にとっては記念すべき一日となる。


「今回は初めてという事もありますので、案内人兼護衛を付けさせていただきます」

「あのー、別に私だけでも構いませんけど?」

「いけません! 迷子になったらどうするのですか? 城下はとても広く、場所によっては入り組んでいる場所もあります。護衛は必ず付けさせていただきます!」

「……護衛が一番の目的なんですね?」

「もちろんです!」

「はっきり言っちゃったよ!」


 最終的には誤魔化す必要がないと思ったのか、リヒトははっきりと口にする。

 その様子に呆れた顔を浮かべた明日香だったが、自分を大事にしてくれている事は十分に伝わり、表情は自然と笑みに変わっていく。


「では、護衛兼案内人を紹介したいと思います」


 そう一言断りを入れたリヒトが廊下の方に声を掛けると、一人の騎士が執務室へ入って来た。


「失礼します」


 現れたのは美しい銀髪が鋭い目元を少し隠している男性騎士。背も高く明日香と比べると頭一つ分の差がある。


「イーライ・ヤングストンと申します」

「大和明日香です。本日はよろしくお願いいたします」

「いえ、任務ですのでお気遣いなく」


 イーライの口調は他人行儀なものであり、この世界に来てから初めてのものだった。

 何しろリヒトだけではなくアルですら気安く声を掛けてきたので、明日香としては数少ない仕事人間と出会った感覚を覚えていた。


「ではリヒト様、行ってきますね」

「行ってらっしゃい。イーライ、よろしく頼みましたよ」

「はっ!」


 硬い返事のイーライに付き添われながら、明日香は初めて城を後にする。


「……本当に、アスカ様には癒されますね」


 実のところ、リヒトもここ数日の間に何度も岳人たちと顔を合わせている。

 その時にアルの疲れ具合を理解したリヒトも明日香の笑顔に癒されていた。


「……はぁ。では私も行きますか、アル様と勇者様方のところへ」


 そして今日はリヒトにも予定が入っていた。アルと共に岳人たちの訓練を行うのだと。

 憂鬱でため息が止まらないリヒトは、しばらく明日香の余韻を堪能した後にゆっくりと歩き出したのだった。

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